459話 襲撃開始 スイside
「はぁ……? 何をバカげたことを。バハムートを召喚なんて……そんな人間がいるはずないでしょう」
私の混乱なんてよそに、ジャンはデルマーと話を続けている。
とにかく、今私が出来ることは彼らの会話に注意を向けて少しでも情報を得ることだ。
なんとか心を平静にして、彼らの言葉に耳を傾ける。
「だよねぇ。ぼきゅも生で見たわけじゃないし、そんなことあるはずないと思ってるよ。でも、ぼきゅの娘がボロボロになりながら真顔で言うんだもん。信じちゃうよねぇ」
「……仮に、それが本当だとしたら、どうするんですか。『ビジネス』のことがバレたら、貴方が一番まずいことになりますよ?」
――ビジネス。
ジャンがいうその言葉の意味は分からない。
でも……なにか、とてつもなく嫌な悪寒が体にはしる。
確証はないけれど、マドゼラの話していたことと照らし合わせていくと――
「んっふふふ……そうかなぁ……? ま、いいや。とりあえず……スイ、だっけ? とりあえずこのコをぼきゅの娘にしないといけないからね」
「っ――」
ふと、唐突にデルマーがしゃがみこんで私の顔を見上げてきた。
ぞわり、と体中に鳥肌がはしる。
「なっ……なにをするつもりですか!」
「ん……あぁ、そうかそうか。ごめんねぇ。そうだよねぇ、思春期だからねぇ、変なことされないかって心配になるよね? 大丈夫だよぉ。エッチなことはしないから」
「なっ――はぁ!?」
一気に顔に熱がのぼるのを感じた。
反射的に手足に力が入る。……だめだ、やっぱりうまく動かせない。
というか、本気で力を入れようとしたら彼らに何をされるか分からないっ――!
「大丈夫! 大丈夫だよ!! よく誤解されるんだけどさぁ、ぼきゅは、君にひどいことなんてしない。さっきも言った通り力を与えるだけさ。……こいつでね」
「それは――」
デルマーが見せてきたのは、黒いクリスタルだ。
――先の師匠の姿が脳裏をよぎる。
この男がヴェロニカの仲間だというのなら――ヴェロニカの召喚獣に捕食された師匠をあんな姿に変えたのは、この男しか考えられない。
「安心して。ただ――新しいマナを体の中に取り込むだけさ。んっふふふ……」
不気味な笑みを浮かべて黒いクリスタルを私に近づけてくるデルマー。
そのクリスタルから、黒いオーラが空間に滲むようにあふれだしてきて――
「つっ――このっ!!」
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン
その時だった。
まるで雷がこの場に落ちたような轟音が響いてきたのは。
「……へ?」
それはデルマーも予想外だったのだろう。
尻餅をつき、呆けたように半笑いになって固まっている。
「くっ……」
これは――地震だろうか。
私を拘束する拘束具も、まるで人が痙攣しているかのように震えている。
小刻みに震える視界。この程度で私が酔うはずもないけれど、それでも心地は最悪だ。
「マスター! マスターッ!!」
「レイツェル! 何が起きたっ!!」
私の視界の外から、慌てた様子の足音がきこえてくる。
空間の振動がおさまった頃、荒れた息をおさえながらレイツェルが声を発してきた。
「りゅ、龍が……!」
「は?」
「龍が! とてつもなく巨大な龍が!! 空にっ!!」
「竜だと!? まさか――」
ジャンの声色が深刻なものに変化する。
それをきいて、デルマーはゆっくり立ち上がると、私の視界の外へ消えていった。
「……ふーん、竜かぁ。バハムートってやつかなぁ。怖い怖い」
「まさか……本当にあいつらが? くそっ! まだあれから二時間しか経ってないぞっ! 転移を使わずどうやってここまでっ!!」
「マスター……ど、どうしますか? あ、あんな……神みたいな……」
レイツェルの声には、恐怖の感情が明らかににじみ出ている。
神みたいなリュウ――間違いない。『彼』だ。
「何が起きたかしらないが――迎え撃つぞ、レイツェル! エクツァーの平和を護れ!!」
「は……はいっ!!」
震えてはいたものの、レイツェルの声がさっきよりも引き締まったものに変化した。
それに続くように、デルマーがゆっくりと話し始める。
「……ふむぅ。お楽しみはお預けかぁ。とりあえずエクリ、アインベル。敵がくるかもしれないから……殺してくれないかな」
「うン。エクリ、頑張ル!」
「ゴォオオオオオオオオオオ……」
そんなやり取りの後、皆がここから離れていく足音がきこえてきた。
一分も経つと、さっきまでの騒がしさがうそのように、シンと周囲の空気が沈黙で張り詰めていく。
「……リーダー、やっぱり、助けに来てくれたんだ……」
人の気配を全く感じなくなった瞬間、ついそんな言葉を漏らしてしまった。
さっきまで胸を支配していた不安感が消えている。
それはそうだろう。リーダーがここに着て、ジャン達がそれを迎撃しにいったのであれば、もう戦闘での勝利は確定しているようなものだ。
でも――
「じっとそれを待ってるだけじゃダメ……! 私だって……!!」
だからといって、ここでずっと拘束されているわけにはいかない。
私が自分でできることを考えることを放棄して、ただ助けてもらうのを待つだけなんて――そんなことをする自分を私は許せない。
「私はただ、リーダーに『護られる相手』じゃない! 私は、もっと彼と、対等なっ……!!」
手足に力をこめる。
さっきまでは、ジャン達がいたからできなかったことだ。
彼らは、明らかに油断した。
「うあああああああああああああっ!!!」
こんな拘束具では、私を縛り続けることはできない。
例え、手足に食い込んだ拘束具が私の肌を裂こうが、そんなものは関係ない。
彼の力には程遠いけれども――私も、大陸の英雄なんて称号をつけられた身。
「解け……ろぉおおおおっ!!」
そう私が叫んだ瞬間。
金属が裂かれた音がした。