454話 王族紋
「フォースショット!」
ユミフィが矢を放つ。
その矢が纏う青白い光は、いつもの彼女が放つ矢のそれよりも、さらに強く輝いている。
「ウゥオオオオオオ!」
放たれた矢がアインベルに命中。
直後に響くのは、アインベルの苦悶の声。
「シャドウバックイリュージョン」
「ガァッ!?」
そこに、アインベルの背後をとったセナが続く。
セナの形をした黒い幻影がアインベルを襲い、その動きを封じた。
さっきまでとは別人のような動きの切れの良さを見せる二人。
それを見て、マドゼラがごくりと喉を鳴らす。
「……そういえば」
二人とはまだ出会って間もない。穏やかに自己紹介をしあう余裕なんてなかった。
リステルやスイ、そして圧倒的な力を持つ『彼』のことに気をとられていたせいで、その発想すら出てこなかった。
だが――彼女達が名前を呼ばれていたシーンに心当たりはある。たしかコウリュウに乗るときだ。
濃い青の髪に薄い褐色を帯びた肌の少女はセナと呼ばれていた。
そして、銀髪の耳当てをした少女の方は――
『よし、シルヴィのことを頼んだぞ。俺は自力でいく』
状況から見て、あの時彼が言っていた『シルヴィ』は、その少女のことで間違いないだろう。
だが――ついさっき。アインベルにサクリファイスチャージがかけられた直後のことだ。
セナはシルヴィに対してなんと言っていた?
『二手に分かれるぞ、ユミフィッ!』
この余裕のない状況だ。
口が滑ってしまったのだろう。彼女の本名を。
そう、彼女はシルヴィという偽名を使っていた。
そして、ユミフィという名前――きいたことがある。
やたら報酬が高く設定されている人探しのクエストがあるとして、盗賊団の部下たちが噂していたのだ。ユミフィというエルフの少女のことを。
そんな彼女が偽名を使っているとしたら、それはもう――
「間違いない……こいつら、本物の王族っ――」
ユミフィとセナの動きは、先に見せたものよりも抜群に良くなっている。
その原因が、彼女達の額に浮かび上がった紋様にあることは、マドゼラでなくても察することはできただろう。
「今だ、ユミフィッ!」
「シングルシュート」
アインベルを羽織絞めにしていたセナが、ユミフィの攻撃に合わせてジャンプする。
ユミフィの気力が込められ、青白く輝いた矢がアインベルの体に直撃。
しかし、鋼鉄の如き肉体の前に、その矢はあっけなくバウンドしてしまう。
「ダブルトリップ」
だが、それはユミフィにとっても想定内だった。
空中にはじけ飛んだ矢に向けて手をかざし――握りしめる。
すると、空中で回転していた矢が、まるで直接ユミフィの手で握られたかのように停止した。
そのまま、アインベルに向けて弓を向け、矢を放つ仕草をするユミフィ。
「ウォオオオ!!」
シングルシュートで放たれた矢が、さらに青白く輝き始め、アインベルを襲う。
大きく腕を振り払って、これを弾き返すアインベル。
「まだまだっ!」
はじき返された矢に手を伸ばし、もう一度握りしめる動作をするユミフィ。
一度放った矢を使いまわすこのスキルは、一本の矢に気力が重ね掛けされるため、徐々に威力を増していく。
「トリプルアクセスッ!」
もう一度、矢を構える動作をするユミフィ。
それに合わせて、弾かれた矢がピタリと停止する。
「この連撃スキル……まさか……」
マドゼラは、そんなユミフィの行動を目を見開いて見つめていた。
弓士に限らず、武器を使った攻撃スキルは、原則として直接その武器を所持していなければ使うことができない。
スキル使用者の気力を武器に込める際には、その武器に触れる必要があるからだ。
ユミフィが今使っている弓士のスキルは、その例外の一つだ。
最初に放つ矢に、後から直接手でふれずとも気力を込められるように気力の通り道となるゲートを作っておく。そして、実際に矢が飛んだ方向に合わせて気力を重ね掛けし、矢を遠隔操作する。
――これは、並大抵の技術でできることではない。気力の放出につき、相当な精度が要求されるスキルだ。加えて、気力が重ね掛けされるほど、凝縮された気力を抑え込む操作も必要になってくる。
「クアッドアドトゥ――」
「ガァアアアアアアッ!」
四度、気力を重ね掛けされた矢が放つ輝きは、アインベルの練気の輝きよりも強い。
――アインベルの腕に、穴が空いた。
「クインテッドディサイド!!」
血に濡れた矢が、更に強く輝く。
矢の形は、光のせいでもはや目視することができない。
極小ながらも、さながら恒星のごとく輝く光の塊が、アインベルに放たれる。
「ォオオオオオオオオオオオオオッ!!」
光に飲み込まれたアインベル。
獣のような声ながら、それが苦痛を意味するものであることは明らかだ。
「エクスキューションッ!」
その輝きの中にセナが突進し、大きく短剣を縦に切る。
それに切り裂かれるように、ユミフィが放った矢の光が霧散し、衝撃波によってアインベルの体が吹き飛んで行った。
だが――
「ウォオオオオオオオオ!!」
それでも、アインベルは倒れない。
片腕に穴が空き、体の正中線に短剣でつけられた傷とは思えない切り傷を受けながらも、アインベルが放つ覇気と狂気は全く衰えていない。
「威力、足りないっ……!」
「マジかよっ!? 今の、完璧だっただろっ――!」
「ロクレエエエエエエエエエエエエエエエエンッ!!!」
大きく足を前後に開き、うつむきながら拳を引く。
僅かな間の後、一直線にセナのもとへ。
「カイゴウショオオオオオオオオオオオオオオ!」