452話 命削りの呪術
「くはっ……づっ……」
マドゼラがアインベルと攻防を繰り広げている間――既に、ユミフィとセナはレイツェルを追い詰めていた。
足元に落ちたターバンをつかみ、レイツェルが歯を食いしばる。
「ここまでだ。もう抵抗はするな」
「……私達、殺さない。スイを助ける、それだけ」
その首元には、セナの短剣とユミフィの矢先が突き付けられている。
――勝負あり。ユミフィとセナがその気になれば、いつでもレイツェルの命を奪うことができる体勢だ。
「くっ……嘘でしょう……? 私もレベル60の呪術師です。いくら接近戦とはいえ……ここまで何もできないなんて……」
膝をつき、肩で息をしながら、二人を見上げるレイツェル。
「悪いな。オレ達も相当鍛えられてるんだ。特に接近戦に関しては、強い拳闘士と特訓しててさ」
「貴方、アイネより遅い。二人がかりなら――楽勝」
冷徹な視線を送るユミフィとセナ。
その威圧感は、とても十代前半の少女が出せるようなものではない。
そんな二人を見て、一瞬、レイツェルは投げやりになったように笑った。
「ははっ……とんでもない子供達です……これではマスターも勝てないでしょう……」
「分かったなら、スイ、返して」
「それとアインベルさんもな。お前の命令なら、戦いをやめさせることもできるだろ」
「ハハ……買いかぶりですよ。私にあの男を操る力はありません」
そう言って、力なく肩を落とすレイツェル。
そのままレイツェルは、ゆっくりと両手をあげた。
分かりやすい降伏のポーズだ。そも、武器を突き付けられているこの状況で、レイツェルが戦うことは不可能だろう。
――そう、レイツェルが戦うことは。
「サクリファイスチャージッ!」
「えっ――」
完全に無防備な状態からの、スキル名の詠唱。
それをレイツェルが行った瞬間、レイツェルの体を黒いオーラが纏い始めた。
「お前っ、何をっ――」
「ただでは……まだ……っ……」
セナが強く短剣を押し付けようとした瞬間、レイツェルがそのまま倒れ込んだ。
――動かない。
完全に拍子抜けした表情で、レイツェルを見つめるユミフィとセナ。
「え……今、何し――」
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
次の瞬間だった。
二人の背後から咆哮が轟く。人のものとは思えないような、おぞましい、低い声で。
その主であるアインベルは、宙に展開されたスパイダーウェブを力ずくで破っていた。
「ぐっ……ぅ……」
獰猛な動きを見せるアインベルとは対照的にレイツェルは全く動かない。
しゃがみこんでレイツェルを揺するセナ。
「お、おいっ、レイツェ――っ!?」
ふと、セナが息を呑んだ。
レイツェルが来ている服の裏側――そこに、びっしりと文字が書かれているのを見つけたからだ。
「嘘だろ……服に呪文が……」
「……服、そのもの……スクロール、なってる……だから、無詠唱で……」
後からそれに気づいたユミフィも言葉を詰まらせる。
だが、しばらくすると、唐突にユミフィが大きく目を見開いた。
「マナ、尽きてるっ! 死んでるっ!?」
「なっ――嘘だろっ!?」
ユミフィに言われて、慌ててレイツェルの口元に手を近づけるセナ。
……息が当たらない。間違いなく、レイツェルは息をしていない。
「で、でも……なんで……オレ達、何もしてな――」
「おいガキどもっ! 後ろだっ、よけろっ!!」
そのマドゼラの声をきいた瞬間、ユミフィとセナは反発するかのようにそれぞれ後方へ跳んだ。
直後、さっきまで二人がいた場所に青白い光の弾丸が通り過ぎていく。
「オォオオオオオ……」
――気功弾。拳闘士が持つ、数少ない遠距離攻撃の手段だ。
拳闘士の真骨頂は、近距離戦闘でこそ発揮される。だから、気功弾は、拳闘士の中でも威力が控えめなスキルだ。
……だが、ユミフィもセナもすぐに気づく。
今の気功弾に命中していれば、自分達の命はなかったであろうことに。
「おい、アレって……」
「アインベルの雰囲気……変わった……?」
もともと二人は、アインベルが格上であること等、ちゃんと認識していた。
だが、今のアインベルは雰囲気が明らかに違う。
レイツェルを包み込んでいた黒い光を体の中に吸収したその肉体は、先ほどまでよりも筋肉がより膨張している。
ただでさえ巨漢だったアインベルが――もはや、人であることを疑うほどに、更にその体を大きくさせている。
「おいガキ共! 注意しろ、こいつ、さっきよりも強くなってるぞ!」
「っ――レイツェルッ!」
その原因がレイツェルにあることは明らかだった。
サクリファイスチャージというスキルの存在について、ユミフィもセナも認識はしていない。
だが、こうも変わりはてたアインベルの姿を見れば、その効力は簡単に想像がついてしまう。
「ガァアアアアアアアアアッ! キコォオオオオオオオダアアアアアアアアア!!」
あまりに大振りな構えだが、攻め込めるはずがない。
そんなことをしたら、あの圧倒的な量と質を誇る気功弾に飲み込まれてしまうだろう。
「二手に分かれるぞ、ユミフィッ!」
「うんっ!」
であれば、最善手はアインベルの狙いを分散させることだ。
セナに返事をした時には、既にユミフィはセナと反対の方向へ駆け始めている。
「ウラァアアアアアアアアアアアッ!」
「っ――!」
アインベルの気功弾が放たれる。
狙われたのはユミフィだ。
間一髪で回避する。
あまりに直線的な攻撃ゆえに、読みやすいのが幸いした。
しかし、読みだけで対応できるほど、アインベルの攻撃は甘くない。
すぐに追撃の拳がユミフィを襲う――
「おいアンタ、捕まりなっ!」