450話 従者の誇り
銃を構えなおすリステル。
それを見て、デルマーは、再び気色の悪い笑みを浮かべた。
「……そうか。残念だ。チミみたいな失敗作が、どうしたらこんなに強くなれるのか――その秘密を知りたかったんだけれどなぁ」
「大丈夫、エクリは強い。エクリだけで……皆、倒せル。あのコの強さなんて、いラない」
そう言いながら、エクリが少しだけ不満そうに唇を尖らせる。
「ふ……何を。その怪我でこれ以上――」
「クリアドライブ」
「っ――!?」
と、リステルは言葉を切らせて横へ跳ぶ。
その直後、リステルの居た場所を白い光線が横切った。
「この……まだスキルを隠していましたか……」
……エクリは、その場所から一歩も動いていない。
その代わり、エクリは手のひらに集めた光を巨大な弓の形に変化させ、矢のように光線を飛ばしてきたのだ。
そして――
「ホワイトホール」
光でできた弓が、一つの点のように収束していく。
急速に輝きを増していく光。
直視し続ければ失明しそうなほどの煌めきを放つそれは、リステルの本能へ訴えかけてくる。
――次の攻撃は、直撃したら死ぬと。
「おしまイ。アナタ、これデ絶対、消えル」
穴の空いた右手を力強く開き、上に掲げる。
恒星のように凄まじい光を放つそれを上にして、エクリが冷ややかに声を放つ。
それを見て、リステルは――
「……それで」
僅かに声を震わせた。
今、自分が見ている光がいかなるものか。
リステルには分かっている。いや、分かって『しまって』いる。
そのスキルは、リステルが培ってきた経験の中で最強の威力を誇ることが。
それを使える者――すなわち、エクリのレベルが、200を……
リステルを上回っていることが。
「それで勝ったつもりですかあああああああああっ!」
だが、リステルの覇気は衰えない。
間違いなく、エクリは必殺のスキルで勝負を決めに来ている。
であれば、自分も――
「我が従者の誇りにかけ、勝利をこの手に! 受けてみなさい――ワンショットキル!!」
己の持つ――最強のスキルで応じるのみ。
恐れはない。リステルの手には、不敗をもたらす武器が握られているのだから。
「ッ――こノ威力ッ!!」
螺旋を描く青白い光。
エクリに向かって放たれたそれは、風圧で地面すらも抉りながら進んでいく。
「でも……エクリもっ! テアアアアアアアアアアッ!!」
掛け声とともに、エクリが前に手を振り下ろす。
収束していた光が、爆発するように前方へ。
一気に拡散したそれは、極大の光線と変化する。
リステルだけでなく、エクリの前方にある全ての物を覆いつくすように。
「はああああああああっ!!」
しかし、リステルの放つ螺旋の光は、エクリの光線に飲み込まれない。
真っ向からぶつかりあるエクリの光とリステルの光。
「うおおおっ――!?」
離れた位置にいるデルマーの体が後方へ吹っ飛ばされる。
二人の攻撃がぶつかりあったことの衝撃波だ。
だが、エクリが彼を助ける余裕などあるはずがない。
少しでもエネルギーを反らせば競り負けてしまうことは目に見えていた。
「ヅゥッ!? なんデ、前と威力ガ……」
「アストラはマスターの信頼の――愛の証! これを持って戦う以上――敗北はありえないっ! 絶対に!!」
震える足を一歩前へ踏み出すリステル。
その瞬間、エクリの放った光線がやや押し返された。
「グッ……こノぉおおおオオ!」
だがそれも一瞬のこと。
エクリも一歩前へ足を踏み出し、リステルの弾丸を押し返す。
「なんデ……なンで、こんなニしぶトイ……!」
「それはこちらの台詞ですっ――! 非常に不快です……! 『愛』を持たない貴方が……!! この私と互角などっ!!」
一歩も引かないリステル。
エネルギーを放つ銃を支えながら、光の嵐を受け止める。
「エクリは……エクリは、パパの子!! アイを知らないのは――そっチ! 捨てラレたのは、ソっち!!」
「ふざけ――!! うううっ!?」
限界が近い。
これ以上長引かせることは不可能だ。
それを察したリステルは――
「マスタアアアアアアアアアアア!! 私に――私に、力を!!」
「っ――!?」
「はああああああああああああっ!!」
絶叫に近い掛け声と共に、リステルが最後の力を振り絞る。
その瞬間――
「っ――うああああああっ!?」
「ギッ――ングゥ!?」
二人の体があっけなく宙を舞う。
真っ白な光線と青の螺旋が交じり合い――爆発。
視界全てを埋め尽くす多量の光。
それらが勢いを失うまで数十秒程の時間を要した。
「ハッ……あ、あぐっ……」
「ぐっ……つ……」
――沈黙。
リステルとエクリ。二人の小さなうめき声しか、その空間には聞こえてこない。
呆気にとられた様子でそれを見つめるデルマー。
「フッ……た、たいしたことないです……ね……ごふっ……」
先に立ち上がったのはリステルだった。
身にまとうメイド服は無残に切り裂かれ、露出した肌は痛々しい傷がいくつもついている。
銃は無事だが、それを支えていた腕は見るも無残なほどに血まみれになっている。
「まだ、まだ……エクリ、負けてナイ……」
対するエクリの被害も甚大だ。
何とか立ち上がるも、右手がだらりと垂れており全く力が入っていない。
それどころか、ちょっとつついただけで倒れ込んでしまいそうなほど足も震えている。
「……いや、驚いたな」
そんな二人を見て、デルマーが拍手を繰り返す。
ふざけた様子はない。ただただ、真摯に、称えるように。
デルマーがゆっくりと言葉を続ける。
「凄い、凄すぎるよ。一体何をしたらそんなに強くなるんだ?」
「決まってます……マスターの愛情が……私をっ……かはっ!?」
だが、その言葉にリステルは答えられない。
体勢を崩して、地面にその身を打ち付けるリステル。
「うグッ……」
それとほぼ同時に、エクリが倒れ込む。
再び立ち上がろうともがき続ける。
「ひゅ……うぐっ、まだ……わ、私は……マスターの……ぜっ、ごふっ……」
「かっ……ゲホッ、ぐっ……うぐっ……」
血を吐きながら悶え苦しむ二人。
両者が戦闘不能なのは、誰の目から見ても明らかだ。
「……ん、ん、んー……まさか本当にエクリと互角とはなぁ」
「互角なんテ、違ウ……エクリの方が……!」
「強いだろうね。でも、今の不完全な状態で全てを出すことは許可できないな。ここで君を失いたくはないからね」
そう言いながら、倒れ込むエクリの手を掴み、強引に立ち上がらせるデルマー。
リステルは、何かを言いたげに体を震わせるも、唇をかみしめるだけで何も言わない。
「そろそろこの空間も維持が難しくなってきたか。仕方ない、ぼきゅはここで逃げるとしよう。エクリが戦えないのに噂のバハムート使いとなんて、戦いたくないからね」
「ま、まちなさい……私はっ……」
立ち上がろうと手のひらを地面に突き立てるリステル。
アストラは、未だ力強く彼女の手に握られている。
「私はまだ……戦え……っ……」
だが、その声も虚しく――
デルマーとエクリの姿は、既にリステルの視界から消えていた。