449話 最期の警告
「……ふふっ」
デルマーの言葉に、リステルは見下すようにあざ笑う。
「正直に申し上げまして、心底呆れかえっております。その汚らわしい目で私の何を見たのでしょう? 更には、その醜い声で私の心の内をさも察したかのように語るなど笑止千万」
髪を靡かせながら手を掲げるリステル。
その手に握りしめたのはアストラだ。
「アストラを構えた私が負けるはずがありません。この銃はマスターの信頼の証にて愛情の証! 特に御覧に入れましょう――最強の従者の戦いを!」
自分が負けることなど微塵も想定していない。
それでいて、一切の傲慢も、油断もない。
気高く、不敵に微笑むリステル。
「……それ、分かル。ハッタり」
そんなリステルを前にしても、エクリは非常に淡々としていた。
出来の悪い学芸会でも見ているかのような、冷めた表情で。
「では試してごらんなさい。あなた方がいかに思いあがっているのか――僭越ながら、このリステルが教えて差し上げましょう」
そう言って、リステルはエクリに対して手招きをする。
小さくため息をつくと、肩から手を離して腰を落とすエクリ。
「アースドライブ」
血に濡れたその手から、黄色い光が放たれる。
現れたのは、岩でできた巨大な斧。
リステルの放つ弾丸を薙ぎ払いながら、エクリが再び距離を詰めてくる。
「ロックブレイク!」
と思いきや、エクリの持つ岩の斧が破裂した。
その破片がリステルを襲うも、リステルの弾丸がそれをはじき返す。
突進してきたエクリの突きを受け流して横に跳び、距離をとるリステル。
「んっふふふ。防戦一方じゃないか。リステル」
そんな中、満面の笑みを浮かべながら、デルマーが口を挟んできた。
リステルは振り返らない。
エクリの攻撃を牽制しながら、なんとか距離をとろうとする。
「ぼきゅもチミが傷つくのを見るのは忍びない。どうだい、そんなに意地を張っていないで、ぼきゅと一緒に行かないかい? 今の君なら魔族としても十分に生きていけるだろう」
「ふん……もはや返事をする気にもなりませんね。さぁ、次です。さっさとかかってきなさい。私に勝てるつもりでいるのなら」
「反抗的だなぁ。――エクリ」
デルマーの視線を受け、エクリが小さく頷く。
ゆっくりと手を前にかざして、一歩前へ。
「ファイアドラ――」
「レッドアウト!」
だが、エクリがスキルを発動させる前に、リステルの放つ赤い弾丸がその手を穿つ。
エクリの手の周辺で具現化しかけた炎が一気に霧散。
「フリーズ――」
「ブルーアウト!」
続くエクリのスキルも、青い弾丸によって不発に終わる。
僅かに顔をしかめながらリステルを睨むエクリ。
「ナッ、なんデ――」
「トワイストリガーッ!!」
その瞬間、リステルの放つ二連の弾丸が、エクリの額に命中した。
金属がぶつかりあうような音とともにエクリの体が後方に半回転する。
「かっ――」
大きく弾かれたエクリの体が地面に叩きつけられると、小さな悲鳴がエクリの口から漏れた。
呆気にとられた様子でそれを見つめるデルマー。
「随分と強力なスキルですが……使われる属性が分かっているのであれば対処は簡単です。炎、水、風、地の順番になっているのはただの癖ですか? もしそうでないとするならば……なんて使い勝手の悪いスキルなんでしょうね?」
そう言いながら、皮肉たっぷりに微笑むリステル。
レッドアウト、ブルーアウトは銃士のスキル。
それぞれ威力こそ通常攻撃より低いものの、レッドアウトは炎属性、ブルーアウトは水属性のスキルを無効化する効果がある。
リステルは気づいていた。エクリの使うドライブスキルの属性の順番に規則があることに。
「…………」
額の血をぬぐいながら立ち上がるエクリ。
一見すると感情のこもっていない目。
だが――
「プリズマアサルト」
抑揚の無い声色でも伝わる、明確な殺意。
ドライブスキルではない。アウト系列のスキルは属性を合わせなければ攻撃を無効化できないため、さっきのようにはいかない。
だが、リステルは不敵に笑みを浮かべたままだ。
「ふふっ……それは既に見ていますよ。――クリティカルパス!」
「っ――」
突進してくるエクリの右手を弾丸が貫く。
完璧にエクリの軌道を読み切っている。
「カハッ――!?」
「エクリ……?」
エクリの手に集まっていた火花が消えていく。
呆気にとられた様子で、エクリに声をかけるデルマー。
「さぁ覚悟はいいですかっ。アルティマブラストッ!」
両手でアストラを構えなおし、引き金を引くリステル。
直後に放たれたのは、火竜の咆哮を連想させるような轟音と炎。
「イージスプロテクションッ!」
目を大きく見開いて、エクリが叫ぶ。
血だらけの手を前にかざし、ゲートを展開。
黒い盾が、リステルの放った炎を受け止める。
「これも耐え抜きますか……」
「づっ……」
二人の肩は、若干上下に揺れている。
互いに攻撃することなく、数秒程の沈黙が流れた。
「――パパ」
そんな中、エクリが呟くように声をあげる。
「ん、ん、んー……そうだね。仕方ない。できればリステルとは新しい関係をこれから築いていきたいと思っていたけど……それも無理そうだ。使っていいよ、エクリ」
「うン……エクリ、仕留めル。これで……かなラず!」
神妙な面持ちで話す二人を見て、リステルが僅かに眉をひそめる。
「……何の話ですか」
「気にしなくていいよ。でも……そうだな。一応、『最期』にきいておこうか。ぼきゅの娘になるつもりはないかい?」
不気味に口角をあげながら、デルマーが問いかける。
これは質問ではなく――警告だ。
これを断ったら、お前は死ぬというメッセージ。
だが、リステルの出した答えは当然――
「お断りです! 私はマスターの――最強にして最愛の従者なのですから!!」