445話 強行突破
その姿を見て、ユミフィが眉をひそめる。
すると、マドゼラがユミフィの肩を軽く叩いてきた。
「行くしかないねぇ。事情は知らんが、相手は真っ向から勝負する気みたいだからねぇ……」
「……分かってる」
ユミフィの声は、見た目から信じられないほど厳かな雰囲気に満ちていた。
ふと、ピリピリとした緊張感の漂う中、リステルが一歩を踏み出す。
「貴方達はそこにいてもかまいませんよ。近くにいても足手まといになりそうですから」
答えをきくこともなく螺旋階段を下りていくリステル。
そう言われたからというわけではないが、ユミフィとセナは、すぐに彼女を追いかけることはしなかった。
周囲を確認し、改めて自分達を睨んでいるレイツェル達を見る。
その後で、何かを確認したように頷くと二人は視線を交わした。
「大丈夫。レイツェルのマナの感じなら……私達でも、戦える。アインベル、引き受けてくれるなら……レイツェル、倒す」
「他に気配も感じないし、オレ達がついていっても大丈夫そうだな。行こうか」
「うん」
そう言いながら螺旋階段を下りていこうとする二人。
そんな彼女達を見て、マドゼラは目を丸くしていた。
「……どうしたの、マドゼラ?」
自分達についてこないマドゼラに対し、ユミフィが怪訝な顔を向ける。
それに対して苦笑いを返すマドゼラ。
「いや……年の割に、随分と落ち着いていると思ってねぇ。単なる向こう見ずじゃないんだな」
「それはそう。無理、しない。お兄ちゃん、悲しむから」
「スイを助けるのに、オレ達がやられたら意味ないだろ」
「はぁ……人は見かけによらないねぇ……」
複雑な顔をみせたまま、マドゼラも螺旋階段に足をかける。
すると、ユミフィは僅かに口角をあげながらマドゼラに話しかけた。
「そう? でも、マドゼラ、同じ」
「あん?」
「盗賊で犯罪者だってスイが言ってたからさ。もっと荒々しいヤツだと思ってたぜ。意外にオレ達というか……リステルのこと、よく見てるよな」
そうセナが言うと、マドゼラは困ったような感じで笑う。
「ハンッ……あのリステルって女に負けたせいでヤキが回ったかねぇ。これでも、大陸の英雄様と肩を並べている自覚があるんだけどねぇ……」
「知ってる。だから、頼りにした。アインベルの相手、任せる」
淡泊にそう言って階段を下りていくユミフィ。
そんな彼女の後姿を見て、マドゼラはもう一度苦笑した。
「……ほんと、得体の知れないガキどもだよ」
†
「お前さんがここにいるってことは……スイって嬢ちゃんは、この先かい」
全員が螺旋階段を下り終え、広場に立ったところで、マドゼラがレイツェルに向かって声をかける。
「さぁ。それは私の知るところではございません」
決して、張り上げたような声ではなく、むしろ静かで落ち着いたレイツェルの声。
それでも、その声は周囲によく響く。
それは、周囲の壁の反響のせいか。それとも――
「これはこれは。みえみえな嘘をおつきになるのですね。この期に及んでそんな言葉が通用するとお思いになられているなんて……その奇想天外な発想力、感服いたします」
そんなレイツェルに対し、真顔で皮肉を放つリステル。
対するレイツェルも表情を崩さない。
「どうもありがとうございます。それはさておき、ここを通すわけにはまいりません」
「戦うおつもりですか」
「無論。貴方が意思を変えないのであれば、ですが」
「つまり、貴方はそのような命令されているということですね」
「…………」
リステルの問いかけに、レイツェルは答えない。
無言で腰を落とし、構えをとっているだけだ。
「どうやら答える気がなさそうで。私達を相手に勝てるおつもりですか」
「私だけでは無理でしょう。ですが――」
僅かに視線を横に移すレイツェル。
その先には、不気味な呼吸音を漏らすアインベルの姿。
「オォオオオオオ……」
アインベルの体には、既に練気がかかっていた。
両足を前後に力強く広げ、左腕を前方に。
後方の腰の横へ備えた右拳は、殺戮衝動をこらえているかのように震えている。
「アレはマスターのお知り合いなのですか」
「……うん。お兄ちゃん、信頼してる、人……」
「ふむ……とてもそう見えませんが。私達を殺す気しかなさそうですよ」
「本当はあんな人じゃないんだ。初対面のオレにも色々優しくしてくれたし」
リステルにそう答えながら、ユミフィとセナがマドゼラに視線を移す。
無言で頷き、短剣を構えるマドゼラ。
「なんだいリステル。アンタはヤツのことを知らないのかい」
「そうですね。しかし……これはやりにくいですね。ただアレを叩き潰すだけでは、マスターが悲しむでしょう」
言葉とは裏腹に、リステルの表情はやる気に満ちている。
今にも相手に殴りかかりそうな殺気だ。
それをアインベルも察知したのか、彼の表情もより一層険しくなる。
そんな一触即発といった雰囲気の中――
「リステル。アンタ……先に行きな」
「はい?」
マドゼラの言葉に、リステルが頓狂な声を出す。
そんなリステルを叱咤するように、マドゼラがすぐさま言葉を続けた。
「ここで足止めされてる時間が惜しい。それに、アンタしかエクリに勝てないだろうしねぇ。ヤツもこの先にいると考えると……選択肢は無いよ」
「…………」
訝し気な視線をマドゼラに向けるリステル。
その視線は、端的ながらも直球に、マドゼラに問いかけていた。
――貴方は、アインベルに勝てるのか?
「……アタイもね。そこらへんの冒険者とは違うんだよ」
声に出してきかれるまでもなく、マドゼラがそう答える。
それに続くように無言で武器を構えるユミフィとセナ。
「行かせませんよ。誰一人として。ここから先は通させ――」
「聞いていません。失礼します」
レイツェルが言い終わるより前に、リステルが瞬時に銃を構えて引き金を引く。
その直後、レイツェルとアインベルの背後にあるゲートが塵のように粉砕された。
「なっ――!?」
あまりにもあっけなく散ったゲート。
その破片がレイツェル達を襲う中、追撃を仕掛けるようにリステルが突進をしかける。
「させません! アインベルッ!」
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
迎え撃つアインベル。
だが――
「フォースバレット!」
「フォースショット」
「スパイラルカットッ!」
矢が、弾丸が、短剣が。
アインベルの行動を阻んでいく。
その間に、リステルはあっけなくアインベルの横を通り過ぎゲートの先へ走っていく。
「ウゴォオオオオオオオオオ!! ラァアアアアアアアアアアッ!!」
リステルの後を追いかけようとするアインベル。
しかし、アインベルのスピードでは追いつけないことは明らかだ。
それを察知したレイツェルが、懐からスクロールを取り出す。
あらかじめ魔力が込められたあそのアイテムは、スキル名以外の詠唱を省略して魔法を発動することができる。
「ディレイ――」
「ッ――」
だが、スキル名の詠唱すら終わる前に、そのスクロールに穴が開く。
その原因がリステルの放った弾丸だと気づくのに、レイツェルは数秒を要した。
「嘘っ……こっちを見ないでっ……?」
その隙は、絶好の好機だった。
「せあっ!」
「っ!?」
レイツェルの背後に、ユミフィの拳が迫る。
続くセナの蹴り。
バックステップで回避するも、レイツェルは驚きを隠せない。
「徒手空拳!? この子、弓士じゃ――な、なんで……」
「すっ――らぁああああっ!」
「うぐっ――!?」
小さな体からは想像もできないほどに素早く突き付けられる、ユミフィの掌底。
レイツェルの腹部を抉り撃ち、彼女の体を後方へ弾き飛ばす。
「な――なんですかこれはっ……!」
弾き飛ばされたレイツェルは、一度地面に倒れ込むが、素早く体を回転させて立ち上がる。
ユミフィが使ったのはスキルではない。ただの通常攻撃だ。
だからこそ、ユミフィの体術に、レイツェルは驚きを隠せない。
「アイネ、教えてくれた。素手、攻撃の仕方っ……!」
「こ、このっ……」
追撃を仕掛けてくるユミフィを迎え撃とうと、レイツェルが新たなスクロールを取り出す。
しかし――
「おっと、それは使わせないぜ」
「うっ――」
そのスクロールも、封じられる。
セナの短剣を間一髪でかわすレイツェル。
だが、肝心の呪術が発動できない。
セナの短剣で切り裂かれるスクロール。
「……アインベル!」
援護を求めるレイツェル。
しかし――
「ガァアアアアア!」
「シャアアアアアアアアッ!」
アインベルには、マドゼラの猛攻が仕掛けられていた。
小型のボウガンに、投げナイフ、銃――様々な武器を駆使して、巨躯の肉体を刻んでいく。
「うおおおおおおおおっ!!」
「このっ――甘くみないでくださいっ!」
追撃を仕掛けるセナの頬に対し、裏拳を放つレイツェル。
「ぐあっ――」
そのカウンターは強烈だった。
セナの頭が大きく後方にはじき飛び、後頭部が地面に直撃する。
「いづっ……ぐぐっ……」
「セナ! 立て直しっ!」
すかさずユミフィが矢を放ち、レイツェルの動きを牽制。
その間に、セナが立ち上がり、改めて武器を構えなおす。
「さすがですね……その年齢で、そこまでの強さを得るなんて……」
二人の連携を見て、レイツェルの顔が歪む。
先ほど見せていた事務的な表情とは一変、荒々しく目を見開き、叫んだ。
「ですが――私も負けるわけにはいかないのです。これ以上、何人たりとも、ここは通しません!!」