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443話 侵入

 エクツァーの奴隷館は、表面から見れば、いかにも貴族が住んでいそうな屋敷となっている。一見しただけでは、その内部が牢獄であるとは誰も思わないだろう。

 それは、奴隷を買う者の中に奴隷商人だけではなく地位ある者もいるためだ。とくに性奴隷は、直接見て奴隷を買う者が多く、貴族も寄ることがある。

 そんな来客たちを迎え入れるために、奴隷館の正門は豪勢なものになっていた。


 だが、奴隷館の入り口はもう一つある。

 奴隷に堕とされた者が入るには、あまりにも不釣り合いな正門とは別に――その身分にふさわしい、みすぼらしい、腐った木の門が。

 四人がたどり着いたのは、その裏門だった。


「おーおー、派手にやってるなぁ……」


 コウリュウの――いや、『彼』のもとに戻っていく召喚獣を見送りながら、マドゼラが天を仰いで苦笑する。

 強烈な閃光に盛る爆炎、荒ぶる氷嵐――あれが『彼』の陽動だと分かっていなければ、彼女達もこの世の終わりと思ったことだろう。

 龍に抗うために放たれる大量の矢は、塵のように消し飛び、大砲の衝撃音も虚しく聞こえてしまう。


「こっから先、私達だけ。気を付けて……」

「ハッ、分かり切ったことはいちいち確認するじゃないねぇ。もともとアタイだって、アイツの召喚獣に頼りっきりのつもりなんてないからねぇ」


 ユミフィの忠告をマドゼラが鼻で笑う。

 召喚獣は、自らを召喚した者から離れては活動できない。建物内へ侵入し『彼』の認識から外れた瞬間、彼らは光の粒子となって消えてしまうことだろう。

それに、コウリュウほどではないにせよ、あの召喚獣達を連れていくのは目立ちすぎる。

 せっかくの陽動も、それでは台無しだ。


「さっき奴隷館に入っていったレイツェルを見かけました。あそこまで慌てた様子であの建物に入っていったってことは……あそこに、この状況を報告すべき人――つまり、ジャンがいるということでしょうか」


 裏門から少しだけ頭を敷地内に入れて、リステルがつぶやく。


「マドゼラの読み、当たってた……?」

「とうだろうねぇ。とりあえず中を覗いてみないと分からないさね」

「では、まずは私が参ります」


 皆の反応を確認することもなく、リステルが敷地内に入る。

 ――人の姿は無い。やはり、上空のコウリュウへの対応に、戦力が集中しているのだろう。

 

「行けそうです。早くこちらへ」

「どれどれ……」


 裏門から入ったものの、四人が入った場所は、正面玄関だった。

 しかし、中には誰もいない。


「あれ。誰もいない……どうして?」

「そりゃ……師匠の龍を見たら逃げるんじゃね?」

「残念です。一人でも残っていれば、レイツェルがどこに行ったのか聞き出せたのですが」

「分からないぜ。もしかしたら、隠れているだけかもしれないし」


 そう言いながら周囲を見渡してみるものの、人が隠れている様子もない。

 少なくとも、玄関口には誰もいないことで間違いなさそうだ。


「さっさと奥に行くよ。こうなったら片っ端から探すしかないだろうからねぇ」


 走り出すマドゼラの後をリステルが眉をひそめて追いかける。

 それに続くユミフィとセナ。

 受付カウンターと思われるところを乗り越えて、後ろの扉に手をかける。


「鍵……かかってる。こっちからじゃ、無理……」


 そう言いながら表情を曇らせるユミフィ。

 すると、リステルはニヤリと笑ってアストラを取り出した。


「無理? ならばこじ開けます。アストラの試運転にもなりますしね」

「やめときな。せっかくリーダーが陽動してくれてるんだ。わざわざこっちが目立つ必要はないだろう。人が戻ってくるかもしれないぞ」

「っ……まぁ、それはそうですが。それ以外に手立てがあるとでも?」

「当たり前だろ」


 そう言いながら、マドゼラが一つ、針を取り出した。

 それを見て、リステルが察したようにため息をつく。


「ここはアタイに任せな。アンロックは盗賊の基本スキルだからねぇ」

「……卑しいスキルを。蛮族にはふさわしいですね」

「そう羨ましがるんじゃないよ。どれどれ……」


 リステルの煽りをあっさりと受け流しながら、マドゼラがカギ穴に針を差し込んだ。

 その直後、青白い光が針を包み込んでいく。


「……なるほど。そこそこ複雑な構造だねぇ。一つ目の扉からこれとは……」

「なんですか。大口はたいて弱音ですか。全く貴方は――」

「はいはい。説教は後できいてやるさね。いよっ――」


 小さな掛け声と共に、マドゼラの針がさらに奥に入り込む。

 すると、ガチャンという音とともに、あっけなく扉が開いた。


「お、おぉー……凄ぇ……」

「マドゼラ、凄い……」

「……ふん」


 セナとユミフィとは異なり、不貞腐れたような息をはくリステル。

 すると、マドゼラは苦笑しながらリステルの後ろへ回り込んだ。


「さて、前はアンタに任せるかねぇ」

「え?」


 そんな彼女に対して、リステルが目を丸くしていると、マドゼラがからかうように笑いだした。


「『え?』じゃないだろう。この中で一番強いのはアンタだ。敵の強さを考えるなら、アンタが先頭にたってもらわなきゃ困るんでねぇ」

「…………いいでしょう。今は、黙っておくとします」


 少しだけ悔しそうに顔をしかめるリステル。

 だが、すぐに表情を戻すと、扉の向こうへと走り出した。


「――行きますよっ!」


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