442話 襲撃開始
コウリュウに乗り、ラグナクア砂漠の空を移動してから、どのぐらいの時間が経っただろうか。
代り映えしなかった光景の中で、建物らしきものが地平線のあたりに見えてきた。
「ハハッ、凄い凄い。アレ、もうエクツァーじゃないか」
そう言いながら、マドゼラが軽く俺の肩を叩く。
マドゼラの言う通り、コウリュウの移動速度は驚異的だ。
比較するのも馬鹿馬鹿しいが、やはりラクダとはレベルが違う。
「……そうですね。ジャンに会えるといいんですけど……」
ただ、それでもどうしても長い時間が経ったように感じてしまう
こうしている間にも、スイに何が起きているか分からないのだ。
禍々しいアインベルの姿が脳裏によぎる。もし、ジャンがアインベルをあんな姿に変えたのだとしたら。
――クソッ、落ち着け……!
焦っても仕方ない。
スイだって相当な実力者だ。
それに、アインベルはともかく、大陸の英雄と呼ばれる彼女に、国の機関であるギルドの人間がそこまで敵対する理由なんて――。
……いや、これも希望的な考えだ。現に、ジャンは俺達を敵とみなし、アインベルを使ってスイを拉致した。楽観的になることはできない。
「エクツァーギルドの場所は分かっているのかい」
「あぁ。最初にエクツァーに行ったとき、立ち寄ったんだ」
そんなことを考えていると、後ろのマドゼラとセナの会話がきこえてきた。
自分の会話をきかれていることに気づいたのか。
マドゼラが俺に視線を移してくる。
「なるほどねぇ……で、そこに突撃するつもりなのかい」
「そうですね……」
――そういえば。
勢いつけてエクツァーを目指したものの、エクツァーの中で、どの場所にスイがいるかまでは考えていなかった。
というか、検討がついていない。彼がギルドマスターであることを考えれば、エクツァーギルドか……?
「師匠。あの場所に……スイを拘束できるような場所ってあるのかな?」
「あー……たしかに、ちょっと違うような気もするな。地下とかあるかもしれないし、詳しくは分からないけど……」
だが、セナの言葉で、自分の考えが安直だったことに気づかされる。
違うと言い切ることもできないが――かといって確信を持てるはずもない。
――結局、手詰まりなのか……
最悪、エクツァーの街を占領するしかないか。
だが、それでスイを取り戻したとして……そんなことをした後、スイはどうなるんだ……?
そんな堂々巡りを頭の中でしていると、マドゼラがからかうように笑い始めてきた。
「ハハハ、やはり若いねぇ。ここまで強大な力を扱いながら、その実、何も考えていないとは」
そうマドゼラが言った瞬間、ジャキッという音がきこえてきた。
……リステルが、無言で銃をつきつけている。
あまりにも明確に殺意を顔を出しているリステルに、少しの間、俺は絶句してしまった。
「お、おい。リステル……」
「なに。気にしていないさ。毎度のことだからねぇ」
だが、当のマドゼラは全く気にした様子がない。
こめかみに銃口を突き付けられているにも拘わらず、リステルが引き金をひくことはないと確信しているようだ。
「……やめろ。リステル。彼女の言う通りだ。俺は何も考えていなかった。エクツァーに移動することだけ考えて……」
「マスター、ですがそれは……」
俺を気遣っているのか、リステルは眉をひそめる。
だが――そのまま何もせず銃を下した。
舌打ちをしながら、マドゼラを一瞥する。
「……感謝しなさい」
「はいよ。ありがとさん」
余裕めいた笑みをみせながら、マドゼラが俺の方に歩いてきた。
そのまま、彼女はコウリュウの角の一部をつかみ、エクツァーを細目で見つめる。
「突撃するところにあてがないなら、奴隷館を攻めるといい」
「奴隷館……ですか?」
その単語には聞き覚えがある。
エクツァーに来た時、一番目立っていた建物だ。
「あそこは、エクツァーの経済の核だからねぇ。あそこを襲撃したら、スイがそこにいなくてもジャンが出てくるだろう。スイ解放への交渉のカードになるんじゃないか。……ま、そしたらアンタも名実ともに大犯罪者だけどねぇ」
「なるほど……」
やはりそうするしかないか。
後のことを考えれば、スイに迷惑がかかるかもしれない。
でも――その時には、俺が守ればいい。そう、今度こそ……
「――で、そろそろのようだけど。初撃はどうするんだい、大将」
ぐしゃぐしゃと、髪がかき乱される。
マドゼラの言う通り、コウリュウは、エクツァーの街の近くまで移動していた。
下の様子はよく見えないが――豆粒みたいな大きさで、人がこちらを見上げているのは分かる。
「そうですね……とりあえず、陽動は仕掛けてみますか。――コウリュウ!」
――咆哮。
俺の呼びかけに対し、コウリュウは、その雄叫びを周囲に轟かせることで応えてきた。
単なる音波では説明できない、体を裂くような風。
空間に体を直接揺さぶられているかのような、異様な浮遊感……
「す、すご……」
「っ……」
セナとユミフィの顔からは血の気が引いている。
俺自身も、胸が締め付けられるような緊張感に体が震えている。
ここまで大々的に、コウリュウの姿を見せつけたのだ。
もう後には引けない――
「地表へ襲撃しますか。マスター」
そんな俺の腕に、そっと手を添えてくるリステル。
優しい仕草とは裏腹に、その目つきは異様に鋭い。
「そうだな。――ソウルサモン」
……大丈夫だ。
俺には、頼れる仲間がいる。
とにかく、ここからはやれることを淡々とやるだけだ。
「頼む。皆を下に降ろしてあげてくれ」
呼び出したキンググリフォンとディーヴァペガサスは、俺が指示するより前に、既に皆の傍に立って、自分に乗ることを促していた。
――さすが、頼りになる。
「俺は、街の人たちの目を引いておく。皆は、先に奴隷館に侵入しておいてくれるか」
「かしこまりました。マスターのお怒りは、この銃で示してみせましょう」
そう言いながら、アストラを撫でるリステル。
「皆……無理はするなよ」
「分かってる。もう少し信用しろよな」
「……ジャン、許さない。スイ、絶対、助ける!」
セナもユミフィも、それぞれ士気は十分なようだ。
一度、エクツァーの街を見る。
……あれは、ジャンと一緒に来ていた騎士団だろうか。
こちらに向けて、何か大砲のようなものを向けている。
「よし。なら――コウリュウ、敵の目をひくぞ! 皆は、先に奴隷館へ侵入してくれっ!」