440話 アストラ
「…………」
リステルは、片手に握った銃を見つめ続けていた。
そんな彼女の傍らで、ユミフィとセナが見守るように立っている。
「……なんですか、さっきから私のことを見て。何か御用でも?」
露骨に嫌そうな顔で二人に視線を移すリステル。
だが、二人の表情は穏やかなものだった。
「……大丈夫?」
「はい……?」
おそるおそるといった感じで話しかけてくるユミフィに対し、リステルが怪訝な声を返す。
「リステルのせいじゃないって。最後のはしかたねーよ。銃がそうなっちゃったらさ……」
「仕方ない、ですって……? ハッ――まさか、この私を励ましているつもりですか? 随分と屈辱的なことをしてくださいますね」
「リステル……」
「自分、責めるの、やめて……」
リステルが皮肉を言っても、二人の表情は崩れない。
真摯な表情のまま、じっとリステルを見つめているだけだ。
そんな二人の視線を受け、リステルが唇をかみしめる。
「……仕方ないで済まされますかっ! 私は――私が負けるなど、あってはならなかったっ!」
吐き出すように、リステルが言葉を放つ。
「マスターが私の傷を癒した隙をつかれて、スイはつれていかれたのですっ!! この状況は、私のミスが生み出したっ――! そのうえ、敵に競り負けるなどっ――!!」
「リステル、お前……」
目を丸くするセナに、リステルがたたみかける。
「勘違いしないでくださいっ! スイなど、私にとってはどうでもいい存在。ですが――彼女は、マスターが信頼を置く者! マスターが愛する者っ!! その者をむざむざと連れていかれるなど――私はマスターを悲しませてしまったっ!!」
「っ…………」
絶句するユミフィとセナ。
同時に、二人も表情を暗くした。
『彼』を悲しませた。――その通りだ。でも、それはリステルのせいではない。
いや……仮に、リステルのせいだとしても、リステルが一番悪いわけではない。
――だって、リステルより『自分達』の方が圧倒的に弱いのだからっ……!
「ですが――ですがっ! 思いつかないのですっ! 冷静になって考えてもっ! 武器を失った私が、あのエクリに勝てる方法がっ!!」
半ば泣き叫ぶようなリステルの声。
何かをこらえるように、唇をぎゅっと結んで声を詰まらせるユミフィとセナ。
と、そんな時だった。
「……なら、コイツを使えばいいんじゃないかねぇ」
†
「っ!?」
不意に、マドゼラが声をあげた。
びくりと体を震わせる三人の体は、今までその存在に気づいていなかったことを如実にあらわしている。
「マスター……い、いつの間に……」
俺の方に振り返ったリステルの視線は、まるで親とはぐれた幼子のように泳いでいる。
やはり、まだ完全には冷静さを取り戻せていないようだ。
「あー……今戻ってきたところだけど」
「……そうですか。それで、もう出発されるのですか」
姿勢を正し、改めて俺のことを見つめてくるリステル。
先ほどまでの動揺を意図的に隠しているのだろう。不自然なぐらい表情が事務的だ。
「これ、話をきかんか。コイツを受け取りな」
「はい……?」
そんなリステルに対し、マドゼラが古びた銃を投げた。
不意になげられたそれをあっさりとキャッチすると、リステルは面倒そうに視線をおろした。
だが――
「こ……コレは……!」
次の瞬間、リステルの目の色が変わる。
一体何を渡したのか。一歩だけ前に進み、俺もそれを見ようとすると――
「あぁ、そいつはな――」
「『アストラ』ではないですかっ! なぜ貴方がこれをっ!!」
――アストラ……!?
その名前を俺は知っている。
レベル200の銃士だけが装備することができる最強の銃。
ゲームで俺がリステルに装備させていた武器だ。
「……なんだ、知っているのかい?」
「知っているも何も、コレはっ……」
当然、リステルもそのことに気づいたのだろう。
ぱくぱくと口を動かし、銃とマドゼラ――そして俺のことを交互に見つめている。
「そうさ、そいつはいわくつきの武器でねぇ。封魔の極大結界が現れる前――魔王の侵攻があったという時代から遺された古代の武器さ」
「魔王……? 古代? なんの話ですか? これは、マスターが……」
ふと、そこでリステルは言葉を切らせる。
アストラは、ゲームでも銃士の最強装備として扱われていた、超級のレア武器だ。
俺がリステルに渡したと話したら、厄介なことになると予想したのだろう。
――しかし、まさかアストラがこの世界にもあるなんて……
俺は、ゲームでの最強装備を殆ど持っていない。特別なボスを倒さないといけなかったりするし、運も必要になってくるから、ソロプレイでは手に入らないようなものだったのだ。
それでも、俺はずっとアシストNPCとしてリステルを使っていた。だから彼女には、愛着があり、最強の武器をプレゼントしたくて……かなり無茶をしてソロ狩りを続け、マネーを積み上げてトッププレイヤーから買い取ったのだ。
最強武器と言われる中で、唯一俺がゲームで持っていたもの――それが、アストラ。
と、そんなことを思い出していると、マドゼラが苦笑いを浮かべながら話しかけてきた。
「なんだい。中途半端な知識しかないのかい? まぁ……実際、おとぎ話みたいなもんだし、所詮は骨董品みたいなもんだからねぇ。しかたないか」
「……もったいぶっているのですか? 早く説明をしなさい」
「そんなつもりじゃないさ。ただ、そいつは神の力が宿っているとか言われるシロモノでねぇ。コスいことしてる貴族から奪ってきたのはいいものの、アタイには全く使えなかった」
「でしょうね。アストラが要求するレベルは200ですから」
「……は?」
あっさりといい放つリステルに、マドゼラが頓狂な声を返す。
「これはマスターが、私に与えてくれた最高の武器。貴方のような蛮人が触れていいものではないのです。あぁ……最っ悪ですっ!」
言葉とは裏腹に、リステルの頬は少しだけ緩んでいる。
そんな彼女を見て、マドゼラは豪快に笑いはじめた。
「あっははははははっ! その調子なら大丈夫そうだねぇ。随分と現金なこった」
「あら、これはこれは、怖気がはしるような不快な眼差しを向けてくださいまして誠にありがとうございます」
「はははははは」
「うふふふふふ」
顔は笑っているが一触即発――とも見えるけど一周回って仲が良い……のだろうか。
なにはともあれ、アストラが手に入ったのはかなり心強い。
マドゼラがそれを入手した経緯については――まぁ、ふれないでおこう。
「お兄ちゃん」
ふと、ユミフィが俺のすそを引っ張って、注意を促してきた。
――分かっている。とにかく、俺達は急がなければならないのだ。
「……そうだな。じゃあ、ここでやるべきことをすませておくか」
そうだとしても、レイグッドにかけられた呪いは解いておくべきだろう。
召喚クリスタルを取り出し、天を仰ぐ。
「あら、マスター。それは……」
「あん……? アンタ、何する気だい?」
リステルとマドゼラが怪訝な顔を向けていた。
それにこたえるためにも、俺はスキルの名を口にする。
「ソウルサモン! 出でよ、コウリュウ!!」