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439話 治癒

「姉さん……よかった、無事だったんだね……凄い音がしたから、何事かと……」



 ベッドに横わたる青年。――マドゼラの弟だ。

 上半身を起こし、俺のことを見つめてくる。


「……他の方達は?」

「外で待っています。俺もすぐ外に行くので」

「そうだったのか。怪我もなさそうで、なにより」


 そう言って微笑んでくるカイン。

 ……こう言ってはなんだが、マドゼラの弟とは思えないほどに優し気な表情だ。


「……それで、僕に何か用かな」

「はい。一つだけ、魔法をかけさせてください」

「魔法? どういうことかな」

「えと……すいません、かけちゃいますね」


 俺が使う魔法は、別にダメージを与えるものではない。

 とりあえず手を前にかざし、カインに向かってその魔法を放つ。


「ホーリーブレッシング」

「えっ――」


 ホーリーブレッシングは、対象者のステータスを強化するとともに、呪術師のスキル等によってかかった呪いを解除することができる、修道士のスキルだ。

 淡い青の光と、エメラルドグリーンの光の粒子が対象者を包み込んでいき――


「これはっ……!?」


 カインの顔や露出している腕に浮かび上がっている黒い紋様が消えていく。

 どうやら俺の予想は当たっていたらしい。


「……やはり。病気じゃなかったんですね」

「…………」


 完全に紋様が消え去ってから十数秒。

 カインも――そしてマドゼラも。全く言葉を発しなかった。


「今のは、一体……?」


 ようやく出されたのは、絞り出すようなカインの声。


「修道士の魔法です。『呪い』を解除するためのね」

「まさか……」


 彼には状況が読み込めていないようだ。

 無理もない。普通であれば、そんなこと思いつくはずもないだろう。

 だが、これで確定してしまった。


「マドゼラさん。貴方の読みは当たっていたようです」


 誰が、どうやったのかは分からないが、黒紋病は人為的に引き起こされたものだ。

 そしてマドゼラの言う通り、黒紋病の薬を扱うジャンと、エイドルフとかいう男は――


「ホーリーブレッシングだと……そのスキルをなぜアンタが使える……?」


 ふと、マドゼラが不意に話を始める。

 じっと俺を見つめながら、ゆっくりと言葉を紡ぐマドゼラ。


「それはレベル80の修道士ですら習得する者が限られるほどの最上位魔法のはず……それに、記録でもその魔法じゃ黒紋病は治せなかったと……」

「修道士のレベルの問題だと思います。フェラティーバイアビス――黒紋病の呪いをかけるスキルの習得には、レベルは130が必要ですからね」

「…………」


 無言になるマドゼラ。

 だが、それほど驚いた様子は見せていなかった。

 ……彼女は、以前、リステルと戦ったことがあるといっていた。

 であれば、なんとなく俺のレベルも相当に高いことぐらいは予想できているだろう。


「じゃ、俺はこれで失礼します。行かなきゃいけないところがあるので」


 それはともかく、俺にはやらなければならないことがある。

 スイにアインベル――何がなんでも、あの二人を連れ戻さなければ。


「待って!!」


 と、部屋を出ようとした俺に対し、カインが声をかけてきた。

 振り返ると、カインはベッドから身を乗り出し、震えながらも俺に向かって近づいてくる姿が目に入ってくる。


「待ってくださいっ! 貴方は――治せるのですかっ! 黒紋病を!」

「まぁ……そうですね……そういうことになります」

「なら、お願いしますっ! この村には、僕よりも苦しんでいる人がいてっ――!」


 ――なるほど。

 彼の言わんとしたいことは分かった。

 たしかに、この村にあの呪いで苦しんでいる人が他にもいるのなら――カインの気持ちはもっともだ。

 それでも、この村の人々に一人ずつ会ってホーリーブレッシングをかけていくというのは、かなりの時間がかかることだろう。

 さすがに、今の状況でそこまで悠長なことはできない。


「……俺は今から助けなきゃいけない人がいる」

「っ……」

「時間がないんです。すぐに俺は行かなきゃいけない」


 そう言い切ると、カインは悲痛な表情を浮かべた。

 なにかを飲み込むように喉を鳴らし、うつむくカイン。


「そう……ですか……なら、仕方――」

「だから、貴方から説得しておいてください。これから起こることは、秘密にしてほしいって」

「えっ――」


 ――だが。

 俺が村の人たちに一人ずつ会うことが不可能だったとしても。

 一度に、この村全ての人々に回復魔法をかけることができたとしたら――どうだろう。


 ゲームの世界では、プレイヤーには、そんなことができるスキルは与えられていなかった。

 だが、今の俺ならそれができる可能性がある。

 どのみち、エクツァーまで迅速に移動しなければならない。出し惜しみしている余裕はない。



 ――もう、逃げている場合じゃないんだ。自分の持っている、この強大な力から生じる責任から。



「アンタ、何する気だい……?」


 若干顔を強張らせてつつ、話しかけてくるマドゼラ。

 らしくもないその表情に、俺はふっと笑いながら答える。


「俺には、一度にこの村の人にかかった呪いを解くスキルを使うことができません。それに、すぐにエクツァーへ皆を連れていくこともできない……だから力を借りようと思います」

「力を借りる……? どういうことだ」

「とにかく――マドゼラさん。ありがとうございました。俺はこれから、皆とエクツァーへ行ってきます。貴方達にはこれ以上迷惑をかけないので安心してください」


 説明する時間も惜しい。

 そのまま部屋を出ようとすると、マドゼラが扉の前に立ちふさがってきた。


「待ちなっ! アタイも連れていけ。それぐらいはいいだろ」

「えっ……俺はこのまま、エクツァーに行くんですよ?」


 マドゼラは国から追われている立場のはず。

 そんなリスクを負って俺達に協力する理由など、彼女にはないはずだが――


「分かってる。アタイだって、あの野郎には問い詰めたいことがある。黒紋病にヤツが関わってるなら、アタイも一発、ぶちかましてやらんと気がすまないからねぇ!」


 ――なるほど。

 たしかに、マドゼラの気持ちも分かる。

 今はどうあれ、さっきまで弟が苦しんでいたのだ。真実を追求したくなるのは当然だろう。


「さっきの戦いを見て……凄まじい奴が相手なのは分かった。でもね、真っ向から叩き潰すだけが勝負の方法じゃない。――特に、人質を取られている時にはねぇ」

「…………」


 人質――

 スイがどういう状況になっているのかは不明だが、たしかにマドゼラの言う通り、そう扱われるのは必至だろう。

 それに、エクツァーに突撃したとしても、転移を繰り返されたら、もうスイを取り戻す方法なんて――



「ほれ、彼女が待ってるんだろ。アタイも相当イライラしてるからねぇ。遠慮せず、力を借りなっ!」


 そう言いながら、マドゼラが俺の肩を軽くたたく。

 ――よくない。すぐに悪い結果を考えてしまうのは、俺のダメなところだ。

 まがりなりにも俺はパーティのリーダーなのだから。


「……分かりました。お願いします」


 一度、マドゼラに振り返り、カインに軽くお辞儀をして。

 俺は、その部屋から飛び出した。


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