438話 激励
「師匠、師匠!」
ふと、腕をゆさぶられたことで我に返る。
「スイがっ! スイがっ!!」
そう何度も叫んで、俺のことを見上げているのはセナだった。
ユミフィも、どうしていいのか分からないのだろう。震えながら俺の服を掴んでいる。
「マスター……申し訳ございませんっ! 私のために……私のせいでっ!」
少しの時間をおいて、リステルが悲痛な声を上げてきた。
その瞳からは、今にもあふれ出しそうな涙がうかびあがっている。
手に持ったボロボロの銃を強く握りしめ何度も頭を下げてくる。
……どうやら、先の戦闘の結果が、よほどこたえたようだ。
らしくもなく、その声はかなり弱々しい。
――落ち着け……俺が動揺してどうする……
起きてしまったことは仕方ない。
それを悔いても、嘆いても、状況は全く改善しない。
今、俺がやることは――この状況から、どうするかを考えることだ。
「落ち着けリステル。らしくないぞ。お前は最強の従者だろ」
「っ……は、はい……」
声をかけると、リステルは僅かとはいえ落ち着きを取り戻したようだった。
ぎゅっと唇をかみしめてはいるものの、取り乱したような声は押し殺せている。
……彼女はそんなつもりはないだろうが、俺の代わりに混乱した様子を見せてくれたおかげで、逆に冷静になってきた。
「とにかく落ち着こう。アイツらの戻るところなんて、一つしかない」
「エクツァー……だよな?」
「あぁ。急いで追いかけよう。アインベルさんのこともあるからな」
探るような声で話しかけてくるセナに、強くうなずいて答える。
アインベルのことも含め――奴らには問い詰めなければならないことが山ほどある。
無論、エクツァーに戻って彼らに会える保障などない。
だが、ジャンはエクツァーのギルドマスターだ。会えないにしても、何かしらの手がかりは得られるはず。
「どうやら……アタイのせいで迷惑をかけたみたいだね」
ばつが悪そうに話しかけてくるマドゼラ。
だが、このトラブルについて、彼女のせいだと責めるのは酷だろう。
むしろ俺達の方が彼女の家に押しかけてきたわけだし。
「いえ、そんなことはありません。あと、黒紋病のことですが……試したいことがあります。さっきの弟さんにもう一度会わせていただけますか」
ともかく、まずは黒紋病のことについて知ることの方が先だろう。
マドゼラの話していたことが真実で、俺達の予想が正しかったとすれば――
「……ふふ。断ったらそこのメイドに殺されそうだねぇ」
「…………」
ふと、マドゼラがそう言いながら、からかうようにリステルを見つめる。
「なんだい、一度競り負けただけでしおれるなんて。アンタ、そういうキャラだったのかい」
「っ……」
泣きそうな顔になりながら俯くリステル。
すると、マドゼラは一瞬目を見開いた後、手を振り上げた。
「いい加減にしな! クソガキッ!!」
バチン――と、鋭い音が俺の耳を貫いた。
呆気にとられた表情で頬に手を当てるリステル。
何が起きたのか理解できないと言いたげに、マドゼラを見上げている。
「アタイに勝っておきながら、その体たらくはなんだいっ! あまり失望させるんじゃないよっ!」
――それは、彼女なりの励ましなのだろう。
声色も、語気も、とにかく強く、荒々しかったが――どこか、優しさに満ちた声だった。
それを察したのか、リステルが悔しそうに顔をゆがませる。
「……うるさいっ! 貴方ごときが、私に触れないでいただけますかっ!!」
マドゼラを突き返して目をそらすリステル。
その声は震えてはいるものの、しっかりと覇気が込められていた。
そんな彼女を見て、マドゼラがふっと笑う。
「マスター。失礼をいたしました。……私はこちらでお待ちしておりますので」
「……大丈夫か?」
「集中をします。エクツァーに移動したら、戦うことになるでしょうから」
そう言いながら、まっすぐと俺の方を見てくるリステル。
たしかに、レベル200の彼女が一緒に戦ってくれるのは、とてつもなく心強い。
だが、彼女をもってしても、エクリとかいう、あの少女と戦って無事ですむとは言い切れないだろう。
……思わず、戦慄する。
――俺達は、一体どんな奴を敵にまわしてるんだ……?
「じゃあオレ達もここで待ってるよ」
「お兄ちゃん、任せて」
ふと、セナとユミフィの声で我に返る。
見れば、二人ともリステルの横にそっと寄り添っていた。
彼女達なりに、リステルのことを心配しているということか。
「……あぁ。じゃあ少しだけ頼むぞ」
セナもユミフィも、見た目に比べてずっと精神的には大人だ。
彼女達なら動揺したリステルのことも任せて大丈夫だろう。
とにかく、今は俺のすべきことをしなければ。
†
「……アンタ、随分慕われているんだねぇ」
「え?」
ひとまず皆と別れ、マドゼラの家に入った後、不意にマドゼラがそんなことを言ってきた。
「あの子達にさ。自覚はないのかい」
「…………」
――ない、といえば嘘になる。
マドゼラの言う通り、皆は俺を慕ってくれている。こんなこと、自分で認めるのは自意識過剰っぽくて気がひけるのだが。
「……悪かったね」
「え?」
と、次にかけられたマドゼラの声に、頓狂な声が出てしまった。
豪快な見た目に似合わない、少ししょんぼりとした声だったから。
「あの男の狙いは間違いなくアタイだった。でも、さらわれたのはアンタの女だったろ」
「俺の女って……別にスイとはそういう関係じゃ……」
マドゼラの言葉をきいて、つい顔に熱を感じた。
同時に、ふとアイネのことを思い出してしまった。
アイネとは付き合っている――んだよな、確かに。
お互いに想いを確かめてから、すぐに別れてしまったから実感がわかない。
と、言葉を詰まらせている俺に対して、マドゼラは、からかうように笑いながら声をかけてきた。
「はいはい。そうなんだろうよ。……で、カインに何をするつもりなんだい?」
「えと、それは……」
もし、黒紋病の正体が、俺の予想通り、呪術師のスキルであるフェラティーバイアビスによって引き起こされる黒紋の呪いそのものであれば――俺はそれを治すことができるはずだ。
だが、確信もない中で下手な期待を持たせるのも酷だろう。
自信がないわけではないのだが――うまく言葉が出てこない。
「……まぁいい。多分、アンタなら悪いようにはしないだろう」
「ありがとうございます……」
若干呆れたようなため息をつくマドゼラ。
我ながらこの口下手っぷりはどうにかならないものか。
そう思いながら、さっき俺達がいた部屋に入る。