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435話 エクリ

「っ――!」


 と、俺の声をきいてリステルが動きを止めた。

 その隙をついてアインベルが掌底をリステルにねじ込ませる。


「ゴォオオオオオオオハァアアアアアアアアア! ハァッケェエエエエエエエエエエ!!」

「うぐっ――!? ああああああああっ!?」


 アインベルの拳を包み込む青白い光。

 それがリステルの体を串刺しにするように貫通した。


「リステルッ!!」


 あっけなく吹っ飛ばされるリステル。

 さっき俺達が出てきたマドゼラの家の窓を貫通し、中へ吹っ飛ばされていった。

 耳をつんざくようなガラスの割れる音の後、聞こえてきたのは小さなうめき声。


「かっ……はっ……」

「大丈夫かっ、リステル! おい!!」


 彼女のところへ向かうため、窓へ駆け寄る。

 中の様子をうかがうと、お腹をおさえてうずくまるリステルの姿が見えた。


「ぐっ――ごほっ!? しくじりました。拳闘士のスキルは防御を貫通するっ――この私がダメージをっ……うぐっ」

「っ――! すまない、リステルッ! 本当にごめんっ!」


 俺が声をかけなければ、リステルがダメージを受けることはなかっただろうに――

 だが、リステルは優しく微笑みながら俺を見上げてきた。


「マスター……私は大丈夫です。お見苦しいところを……それよりも、戦いをっ……!」


 まだまだ戦えそうな様子だが、それでも相当のダメージを受けたのがみてとれる。

 リステルのレベルは200。直撃とはいえ、彼女にここまでのダメージを負わせるとは。

 とにかく、早くヒールをかけてリステルを痛みから解放してあげないと――


「ウグァアアアアアアアアアア!」

「しまっ――」


 ふと、獣の雄叫びのような声が背後から聞こえてきた。

 その直後に聞こえてきたのは小さな悲鳴。――そして、胸が締め付けられるような声。


「ゴオアアアアアアアアアアアア!!」

「かっ――!?」


 ――迂闊だった。

 いくらリステルがダメージを受けたとはいえ、あんなにも禍々しいオーラを放つアインベルを相手に目線をそらしてしまうのは。

 だが、それに気づいた時には、既に――


「づっ――リーダー! リーダァアアアアアッ!」

「スイッ!!」


 スイの肩には、アインベルの手がかけられていた。

 その手にあるのは――黒いクリスタル。


「ガァアアアアアアアアアアアアアッ!!」

「や、やめ……やめてっ! 師――」


 悲痛なスイの声が、転移の光に包まれてあっけなく消える。

 アインベルも同じく姿を消していた。

 残ったのは一瞬の静寂。



 ――そして、胸糞悪くなるようなジャンの薄ら笑い。



「キッ――貴様ァァアアアアアアアッ!! スイをどこへやったあああああっ!!」



 自分でも何を言っているのか分からなくなるぐらい。

 その光景が現実のものと思えなくなるぐらい。

 その声が自分のものだと信じられなくなるぐらい。


 全身の血液が一気に頭に集中してくるような感覚のまま――俺は叫んだ。


「……よし。まぁ上出来だろう。とりあえずスイの身柄は確保できたようだからね。後はマドゼラをどうするか……」


 だが、ジャンはそんな俺に見向きもしない。

 マドゼラも何も言葉を発さず、ただジャンを睨みつけている。隙を見せないようにしているのだろう。

 その横で、らしくもなくおどおどとした態度をとっているのはレイツェルだった。

 そんな彼女に対し、ジャンが苦笑いを浮かべながら話しかける。


「どうしたんだいレイツェル。随分と暗い顔をしているじゃないか」

「い、いえ……私は……」

「私達には更なる手札がある。もう一人の眷属を呼びたまえ。まだマドゼラを捕らえていない以上、ここで手札を切るのは仕方ない。だが……頼めるね? 私も過度に疲れたくはないんだ」

「……はい。では、エクリを呼びます」

「エクリ……?」


 不意に出てきた名前のせいか。

 それともスイを連れ去れた怒りのせいか。

 俺は、ジャンとレイツェルの手元に意識がいっていなかった。


「マスターッ!」


 俺をかばうように前に出るリステル。

 俺の横で武器を構えるセナとユミフィ。

 その行動の意味を理解した時には、既に黒い魔法陣が展開されていた。


 ――まだ、だれか転移してくるのか……?



「……エクリ、呼ばれタ? 敵、いるノ?」



 極度に高まる緊張感の中、放たれたのは間の抜けた愛らしい声だった。

 アインベルと比べると、あまりに小さく、儚げな少女。

 翡翠のような緑の髪に、紺色の大きな丸い帽子。

 レザーのように美しい光沢を放つ黒のワンピース。

 そして一番特徴的なのは、悪魔の翼のように左右に広がっているマントだ。


「その通りだ。あの、ふてぶてしい女を捕まえなさい。あの人が私達の敵なんだ」

「うん。パパから言われタ。エクリ、ちゃんと言うこと、聞くヨ。殺ス必要、ある?」

「はは。そこは君の裁量に任せよう。ただ、一応私は国の人間だからね。少なくとも表立って司法の判断を待たずに勝手に人を殺すことはできないのだ。そこに配慮してくれると嬉しいんだけれどもね。まぁ――『そうなってしまった』なら、後始末は考えておくよ」


 冷ややかに笑うジャンの声からは、たしかな悪意が込められている。

 他方――


「分かっタ。じゃあ、あのヒト、捕まえル」


 彼女が――エクリが放つのは、なんの悪意も感じさせない純粋な声。

 ただただ純粋に、褒められることを求めようとする無邪気で幼い子供の声。



「タスク1――敵対者ノ捕獲。エクリ、実行すル」



 だからこそ、その不気味さは凄まじいものがあった。


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