434話 最悪の再会
「……君が見たその記録。いったいどこにあるんだい?」
静かに、威厳に満ちた声が響く。
ジャンの視線は、心臓を突き刺すような、おそろしく鋭いものだった。
「私には君がただの妄想を語っているようにしかみえない。全く理解できない、全く根拠のない妄想をね」
僅かに眉をひそめた後、マドゼラが淡々と言葉を返す。
「……その記録は魔術具と一体化していた水晶に記録されていた。持ち出そうとしたが、それをやると記録が消去される仕組みになっていたからねぇ」
「ほぅ。随分と苦しい言い訳をするじゃないか」
「よく言うねぇ。決定的な証拠をアタイが得る前に捕らえに来たんだろう?」
「言いがかりも甚だしいな。さて――犯罪者の弁解もここまできけば十分だろう。レイツェル」
うすら笑いを浮かべた後、ジャンの視線がレイツェルへ移る。
一瞬、体を震わせるレイツェル。
投げ飛ばされた黒いクリスタルを受け取り、困惑した表情を浮かべている。
――なんとなく、彼女も感じたのではないのだろうか。
自分が仕えている者が、途方もない闇に足をつっこんでいることに。
「は、はい……」
だが、彼女の立場でそれを口にできるはずがない。
レイツェルは、手に持った黒いクリスタルを掲げて――
――って、それはまずいっ!
「うぁっ――!」
半ば反射的に、俺はファイアボルトを使う。
一つの赤い光の矢がレイツェルの持つ黒いクリスタルを打ち抜いた。
「レイツェル様っ! このっ――」
当然、手加減はしているからレイツェルは無事だ。
だが、あからさまに攻撃の意思を見せた俺に対して、周囲の騎士達が剣を振り上げる。
「やめなさい。君達は、ただ壁になっているだけでいい。逃げ道を封鎖するためだけの壁、それだけを考えれば十分だ」
「っ――」
そんな彼らを一言でおさめ、ジャンがニヤリと笑った。
「それにしても、おかしいな。私は君に邪魔をされるような理由はないと思うのだがね。――それとも、君も犯罪者になるつもりかい? 私がマドゼラを捕らえることは、れっきとした公務なんだけどな」
「それは……」
今までマドゼラがどんな盗みをしてきたのか、俺は何も知らない。
それでも、今この場において最大の敵はジャンだ。
そして、その直感は俺だけではなく――皆が全員感じていること。
「警告しよう。次はない。いつの間に詠唱したのか知らないが……フフ、この私に、二度不意打ちが通じると思わないほうがいいよ」
不気味な笑みを浮かべるジャン。
そして――
「これはっ――」
ジャンがポケットに手を入れる。
その瞬間、黒い輝きが彼の手元から放たれた。
同時にジャンの腕から、黒い魔法陣が出現する。
「さぁ、きたまえ。新たなる闇の眷属――深淵の力を纏いし、最強の拳闘士よ」
強烈な光で、思わず目を瞑る。
今までに何度かみた転移の光。
その中から現れたのは――
「コォオオオオオオオオッ……」
魔法陣の中央に、2メートル近くありそうな巨漢が出現する。
頭にある黒の猫耳に似合わない、はちきれそうな筋肉。
渋い無精髭をはやした男がゆっくりとこちらを向いた。
「なっ――まさかっ!?」
真っ先に届いてきたのは、スイの悲鳴のような声。
同時に、胸を貫くような衝撃を感じた。
今、目の前に現れたこの人物は――
「アインベル……さん……?」
あまりの衝撃に、思考が停止する。
禍々しいオーラを纏い、理性を感じない虚ろな目。
俺の知っている彼とはあまりに違うその姿に絶句していると、ジャンのため息がきこえてきた。
「……ハハハ。やはりこれはかなりマナをくうね。帰りの転移の分もある。あまり乱発はできないな」
飄々とした表情だが、たしかな疲労がその顔には表れている。
口ぶりからして、あの男がアインベルを転移させたということか。
しかし、なぜアインベルが――
俺は彼の死に際を直接見たわけではない。
だが、彼はたしかに死んだはずでは……
「師匠! 師匠!? 生きていたんですかっ!!」
張り裂けるようなスイの声。
だが、スイはアインベルに駆け寄ろうとはしなかった。
彼の放つ雰囲気――それがあまりに異様なものだったから。
「ウァアアアアアアアアアアアアアッ!」
拒絶なのか。威嚇なのか。
アインベルの雄たけびに、スイが体を震わせる。
「レンキ……ケン……」
足を踏み出し、腰を落とすアインベル。
拳に青白い光を宿し、殺意に満ちた瞳で俺達を睨みつけてきた。
「師匠! 一体何があったんですかっ!! 師匠!!」
「ゴォオオオオオオオオオオ!」
「師匠っ!!」
スイの必死に呼びかけにも、アインベルは全く反応しない。
それどころか、余計に殺意を増して拳を振り上げてきた。
――まずいっ!
さすがのスイも、豹変したアインベルを前に激しく動揺しているようだ。
セナもユミフィも、あのスピードには対応できない。
いつまでも動揺しているわけにはいかない。ここは俺が――
「バカですか! 貴方はっ!!」
――魔法でアインベルを食い止めようとしたのだが。
それより先にリステルがアインベルの拳を受け止めた。
圧倒的な体格差をものともせずに、クロスした腕で押し返す。
「ここまで明確に殺意を向けられているのですっ! 無防備に立ち尽くす人がありますかっ!!」
「で、でも――」
「マスター! ここは私にお任せをっ! こんな雑兵、一撃で倒してみせましょうっ! ワンショット――」
アインベルの拳を受け流して、構えた銃をアインベルの額に向けるリステル。
それを見て、瞬時に察した。
――止めなければ、アインベルが殺されてしまうっ!
「リステルッ! その人はっ!!」