433話 罪の動機
「えっ――!?」
思わず、息をのんだ。
ここでスイの名前が出てくることなんて予想は全くしていなかった。
「どういうことだ? スイが……」
「…………」
スイに視線を移す。
どこかくらい顔つきで俺のことを見返してくるスイ。
「……なんとなくですけど……幼い頃の記憶に心当たりがあります。黒い紋様……はっきりとは覚えていないですが、たしかに私の体にそんな痣みたいなものがあったような……凄く苦しかった記憶が。それと、私を見た両親の青ざめた顔……悩んでいる姿……本当にうっすらと、ですけど……」
眉をひそめて、絞り出すように言葉を紡ぐスイ。
それを補足するように、マドゼラが口を開く。
「『スイ・フレイナ』――というより、フレイナ家は高名な貴族だった。彼女の父親は由緒正しい血筋に生まれ、人格者として周囲から慕われていた『ユグルス・フレイナ』。母親は、貴族出身ではないものの、凄腕の剣士として巷で名を馳せていた『レイ・アンヴァール』。この二人の結婚は、当時多くの人に祝福されたらしいねぇ」
一見、関係ない話だが、ジャンはマドゼラの言葉を遮らない。
不気味なほどに強く、鋭く輝く瞳で、マドゼラのことを睨んだままだ。
「だが、周囲からの信頼も厚く、順風満帆に幸せな家庭を築いていたはずの二人が誰も想像しなかったような大犯罪を起こした。王都の倉庫から秘宝を盗み出すという横領事件――記録には、秘宝の中身についてはっきりとは記録されていなかったが、封魔の極大結界にかかわる重要な秘宝だったようだねぇ」
「……マドゼラ。一応きいておくが君の話は、何か関係があるのかい? そこにいるスイの両親が犯罪者だった。それが何か今の状況と関係あるのかい?」
「大ありなんだよ。スイの両親がなぜ犯罪なんてしなければならなかったのか。その理由が問題だ」
どこか怯えたような目つきで、スイがマドゼラのことを見つめている。
……ふと、以前トワと話したことを思い出した。
『スイちゃんの親って貴族だったんでしょ。そんなにお金に困るものなの? なんで王の財産を横領なんて超級のリスク、背負う必要があるわけ?』
シュルージュにきたばかりのころ、トワが指摘した疑問点。
あの時――トワは『醜い人間のにおい』が分かると言っていた。
トワには人の悪意を嗅覚で判断する能力があるという。だが――今思い返してみると、あの時の言葉はそういう意味で言っていたわけじゃないとも感じる。
トワは言っていた。
あの時のスイとの会話を――トワが指摘した疑問のことを覚えておいた方が良いと。
その答えが今、マドゼラの口からきけるというのか――!
「ユグルスも、レイもね。口をそろえてこう言ったそうだ。『スイをどうしても助けたかった』と」
「えっ――?」
不意に、スイに視線を移すマドゼラ。
息をのむスイを前に、マドゼラが真顔で話す。
「スイの親はね、ある人物から黒紋病の症状をやわらげる薬をもらったらしい。丁度その時、王都には黒紋病が流行していた。死に至る者を多く見てきたこともあり――二人の焦りは相当なものだったらしい。でも、その薬を使うことでスイは延命することができたらしいねぇ」
「薬……ですか……?」
黒紋病。薬。
この二つの単語に関係する人物は――?
その答えにたどり着いたのだろうか。
スイの表情が一気に青ざめる。
「そしてその人物は二人の信用を得た後に続けてこう言ったらしい。『黒紋病を完治させる特効薬が完成した。だが、これを渡すためには条件がある』と」
「それが……秘宝を盗み出すこと……?」
スイの声に、マドゼラが首を縦に振る。
「動機はどうあれ、スイの親がやったことは国を混乱させる大犯罪だ。その責任をとる形で……二人は自首し――しかるべき罰を受けたらしいねぇ。詳しい内容は記録されていなかったが。ともあれ、二人の両親は、その人物からの依頼を見事達成したというわけだ」
「…………」
皆、言葉を発しない。
レイツェルや周囲の騎士団達は、何のことかさっぱりのはずだ。
それでも、スイやマドゼラ――そしてジャンの放つ異様な雰囲気は、誰がみても明らかだ。
「さて。ここで一つ、問題が残る。スイの両親が誰かに唆されて犯罪に及んだのだとしたら……黒紋病の薬を持ってきたそいつは何者なんだ? そいつこそ、横領事件の真の黒幕なはずなのに、全く記録されていないんだよ」
「……おいおい。まさかその黒幕が私だとでもいうつもりかい?」
「さてね。だけどね、丁度その時から大金を稼ぎだして、商人間で有名になった奴がいる。『エイドルフ』っていうんだけど、話をきいたことはないかい?」
「っ――!」
ユミフィとセナが慌てた様子で俺のことを見つめてくる。
――分かっている。その名前は、前にミハからもきいている。
ついこの間、一回だけ顔を見たあの男。
その男の因縁が、まさかスイにまで繋がっているなんて……
「きいていないはずがないだろ。だってねぇ――ほら、アンタらは扱っているんだろ? 黒紋病の特効薬を」
「…………」
無言を貫くジャン。
そんなジャンに、僅かな疑いの視線を見せるレイツェル。
勝ち誇ったように笑みを浮かべるマドゼラ。
「ジャン・サーヴァルト。アンタのことも調べさせてもらったよ。アンタは調薬師としてギルドに登録されている。――でも、アンタの本当のクラスは調薬師じゃない。――呪術師だ。アンタの本当の専門は、『呪い』だね?」
「…………何が言いたいんだい?」
その声をきいた時、俺に鳥肌が立った。
周りの騎士達も、明らかにひいている。
「忘れたのかい? ならもう一度質問してやるよ」
一歩、前に踏み出すマドゼラ。
そのまま、ゆっくりと彼女はジャンに問いかける。
「黒紋病は――本当に『病気』なのかい?」