430話 地雷
「…………」
その言葉の続きをマドゼラは発さない。
沈黙するスイ。俺の情報を隠そうとしてくれているのか。
「最近、あちこちで魔物が狂暴化したという噂をきくもんでねぇ。アタイには関係ないと放っておいたけど――まさか、アンタ達、それに関係してるのかい」
「さぁ……国のことはよくわかりませんから……」
「ほう? アンタみたいな優等生の剣士ちゃんは、国にどっぷり管理されていると思ったんだがねぇ」
そう言うマドゼラが見せた笑みは、どこか嫌味な色が混じっている。
――どうも雲行きが怪しい。
「えと、私は……」
「アンタ、スイだろ? 噂は耳にしてる。レベル90に史上最年少で到達した凄腕の剣士だってね。アタイの盗賊団もお世話になったらしいからねぇ。チェックはしていたんだよ」
「…………」
その言葉をきいて、スイの視線が鋭く変わった。
スイは、過去にドルトレット盗賊団に襲われたことがあるときいている。
そのせいだろうか。スイの目には、敵意の色がにじみ出ている。
「でもアタイを恨むのは違うんじゃないのかい。アンタを襲ったのは、別にアタイの指示でもなんでもない。それに、アンタにちょっかいを出した奴は全員、完璧に返り討ちされたときいたんだけどねぇ。結果的には何もされなかったんじゃないのかい。そこまでアタイを恨む必要もないだろう」
「…………」
スイは答えない。
呆れたように笑うマドゼラ。
「まぁ、アタイも放置していたし、責めるなとは言わないけどねぇ。このメイドもそうだが、まさかここまで追ってくるとは思わなかったよ」
「別に私のことは関係ないです。貴方には、ラーガルフリョウトルムリンのことをききたかっただけですから」
「そうかい。なら、アンタがそんな目をしているのは別の理由か。天才少女がそんな汚れた目をしているのは」
「汚れた目……?」
「自分で気づいていないのかい。その目――天才とは程遠い、半端な力しかない弱者の目だ」
「っ――貴方になにが分かるというんですかっ!」
その時だった。
スイの目が大きく見開く。
「私のこと、何も知らないじゃないですかっ! 貴方はっ!!」
どこか悲痛さを帯びたスイの声。
泣きつくように訴えるスイを前に、マドゼラが唖然と立ち尽くす。
「おい、スイ……?」
「わけわからないこと探ろうとしないでっ! よりによってリーダーの前でっ!!」
スイに声をかけてみるが――気づかれない。
ユミフィとセナも、呆気にとられた様子でスイのことを見つめている。
「スイッ! どうしたんだよっ!」
「……う」
肩に手をかけると、スイが若干涙目になりながら振り向いてきた。
何かをこらえるように手を震わせて唇をかみしめるスイ。
「……クク、アッハハハハハハハハ! アハハハハッ!!」
ふと、唐突に聞こえてきたのはマドゼラの笑い声だ。
びくりとスイが体を震わせる。
「なんだい。え? さぞお堅い天才少女かと思いきや……クク、なんだこのざまは。それにこの男もっ! まるで見えていないじゃないかっ! アッハハハハッ」
――え、俺?
何か指をさされて笑われているのだが。
見えてないというのは――どういうことだ?
「おや、幻聴でしょうか。今、マスターを愚弄する言葉がきこえたのですが」
と、リステルが凍りつくような声でマドゼラに問いかける。
だが、マドゼラは呆れたように笑い続けるだけだ。
「愚弄? アッハハハ、別にそんなんじゃないよ。なんだ、アンタも分からないのか?」
「愚問です。私はマスターに愛を誓った身。この半端者の考えることなどお見通しです」
スイを顎でさしながらリステルが吐き捨てるように答える。
「ぐっ……うぅっ……!」
涙目になりながら肩を震わせるスイ。
「ハッハハハハハ! いやぁ、きついきつい。青少年の抱えるゴタゴタを直視できるほど、純朴な年齢じゃないんだぞ、アタイは」
「マ、マドゼラッ……!」
「クククッ……まぁ気分を害したのなら謝るさ。しかし……ハハハッ、きいてた話と全然違うなっ! 男嫌いじゃなかったのか。アッハハハ」
「このっ……! だ、誰のせいでっ……」
剣の柄に手を伸ばすスイ。
だがそれを抜くことはなく、スイのただ小刻みに震え続けているだけだ。
そんな彼女を見つめていると、後ろのセナが小さくため息をついて俺の肩に手を置いた。
「……これは師匠が悪いな」
「えっ、俺!? なんで!?」
「いや……なんかさ。なんとなく分からないか?」
「……」
マドゼラはゲラゲラ笑っているし、ベッドの上の青年もなんか苦笑いを浮かべているし。
リステルは殺気を放って、スイは、ちらちらと俺に視線を移してはうつむいて――
「えと……スイの気持ち、よくわからない……でも、私……スイの気持ち、わかる……」
そんなカオスな空気の中、ユミフィも言いにくそうに声をあげてきた。
「えと……うーん……?」
さすがにそこまで言われると、もしかして――という心当たりがわいてくる。
でも、それを自分で認めるのはなかなか勇気がいることだった。
「で、でも――」
「いいからっ! マドゼラッ、話を戻しますよ!」
「あぁ? まぁいいけど。でも、質問してたのはこっちだぞ。お前さん、ラーガルフリョウトルムリンを召喚する奴と会ったのか?」
「そ、それは――」
あからさまに動揺するスイ。
……どうも雲行きが怪しそうだ。
今のスイに話し役を任せるのは酷だろう。俺も頑張らなければ。
「お、おいおい。とりあえず――」
「マドゼラ・ドルトレット! ここにいるのは分かっています! 直ちに降伏し、出てきなさいっ!!」