42話 鑑定水晶
部屋の中に移動すると、俺はさっきの言葉がただの謙遜だったということを思い知らされた。
奥側にはベッドが机と綺麗に並べられており部屋の壁を囲うように本棚が設置されている。
アーロンの部屋は私室であるとともに仕事場でもあるらしく、大量のファイリングされた資料が本棚に置かれている。
しかし、どれも綺麗に……というか完璧に揃えられており一目で全体が見渡せる。
それだけではなく、この空間だけやけに全体的に色が明るいのだ。
丹念に掃除をされている事が良くわかる。外からみればこの建物はかなり古いことが素人でも分かるのだが、この部屋の床の木は新築のような印象だ。
傷もなく、鏡のように光を反射するこの部屋に足を踏み入れることに対し体が拒絶反応を示す。
「……うっはー! 綺麗っすね!」
という俺の葛藤をバカにするかのようにアイネがどかどかと部屋に入り込んでいった。
大丈夫なのかとアーロンに視線を移すが全く気にしている様子がない。
いらっしゃい、と手招きしているだけだ。
──それはそれで、なんか怖いのだが。
「……さて、一応きいておくけど貴方自分のレベルに心当たりとかある?」
「え? 心当たりですか?」
俺がアーロンの部屋に足を踏み入れるとアーロンがそう問いかけてきた。
机の前にある椅子に座り引き出しをあけて何かを探している。
「う~ん……もしかしたらというのは……でも……」
確かに、一応それらしきものはある。しかしそれを答えてよいものなのだろうか。
「あれ? 何か心当たりがあるのですか?」
「分からなかった、とさっきは言ってたはずだが?」
スイとアインベルが俺の漏らした言葉にくいついてきた。
──少し面倒なことになったな。
「いや、その……確実じゃないし、なんか、全然違うかもしれないし……」
「別にいいわ。使う鑑定水晶を決めるだけだもの。全然違ってもいいから言ってごらんなさい」
ははは、と軽く笑うアーロン。鑑定水晶とかまた意味の分からない単語がでてきたが俺のレベルを調べるのはアーロンなのだ。
別に違ったら違ったで、困ることがある訳でもない。せいぜいちょっとした恥をかくだけだ。
俺は思い切って口を開く。
「……分かりました。200です」
景色が止まった。
というか、時間が止まっているように見える。
十秒ぐらい誰も動かず、誰も声をあげなかった。
「は?」
ぐいっとアーロンの上半身が左に傾く。
半笑いになった表情の中で冷め切った目をするアーロンがすごく不気味に感じた。
「いやいやいや、200って貴方。バカじゃないの?」
95レベルで英雄と呼ばれる世界で自分のレベルを200なんて言ったのだ。
そりゃあ確かに痛いヤツ扱いされるだろう。予想はしていた。
……していたのだが、実際に空気がそうなるのを体感するのは割とキツかった。
「や、やっぱりそうですよね……」
俺は俯いてそう返事をすることぐらいしかできない。
200なんて馬鹿正直に答えず控え目にレベルを申告しておけばこんな空気にならずに済んだかもしれないと思い返すが後の祭りだ。
と、そんな俺をみかねてか、スイがフォローをしてきてくれた。
「……いえ、ありえるかもしれません。彼は完全無詠唱が使えます」
「なんですって……? 本当なの?」
スイの言葉にアーロンの表情がこわばる。
それを見て俺は思いついた。
アーロンも軽傷には見えるものの傷を負っている。その治癒も兼ねて無詠唱を実践すれば俺の言葉にも真実味を感じてくれるかもしれない。
「えぇ……その、これですよね?」
善は急げ。俺はヒールをアーロンにかけた。
エメラルドグリーンの光がアーロンの体を包み込んでいく。
「ちょっ! 嘘でしょう!?」
包帯をしているから傷の治り具合はよく分からない。
しかし彼が相当驚いている様子から傷の痛みは消えているのではないだろうかと察することはできた。
「あははっ、なんか新入りさんの魔法みて驚く人見るの気持ちいいっす」
「アイネだけだよ、そんな呑気な反応してるの……」
──いや、なんか俺も少し気持ちいいぞ。
今まで自分が何かをやったことで誰かにこんなに驚いてもらえたのは初めてだ。
俺自身も何がどうなっているのかよく分からないところがあるからズルをしている気がするが……というか、まさしくズルしているのだが。
「……分かったわ。それならちょっと大変だけど、私が持っている最大の鑑定水晶で貴方をみてあげる」
アーロンの目つきが鋭くなる。
金髪ツインテールとしましまのニーソックスという奇妙な見た目を差し引いてもその本気が伝わってきた気がしたと思えた感じがした。
と、アーロンが机の下から黒いケースを取り出す。
アーロンはそれを机の奥に置くとそのケースを開ける。
すると、中から巨大な水晶玉が姿を現した。直径は四十センチメートル程だろうか。
ここまで巨大な水晶玉を俺は見たことが無い。
「うわ、なんですかこれ……」
「うふふ、アナライズされるのは初めて?」
アーロンが舌なめずりをしながらこちらに視線を移してくる。
俺は首を縦に振って無言で答えた。というか声が出てこなかった。
「鑑定水晶っていうのはね、その名の通り触れた者のレベルを鑑定してくれる水晶のことよ。大きければ大きいほど正確にその人のレベルが把握できるの。それだけ鑑定するのも大変なんだけど……まぁいいわ。ほら、手をかざしてごらんなさい」
アーロンが俺に手招きをしてくる。小指から順番に一本ずつ指をおりまげるそのやりかたに、何か本能的に警戒心を呼び起こされてしまった。
だが他意はないことは流石に分かる。スイもアイネもアインベルもこの場にいるのだ。
──いや、そういう問題ではないか。
心の中で反射的にアーロンを警戒してしまうことにどこか後ろめたさを感じつつ、俺はその水晶玉の上で手をかざした。
すると、水晶玉の中心部から水晶玉全体が虹色に輝き始める。
「──これはっ!?」