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428話 リステルとマドゼラ

 俺がその部屋に入った時には、既に一触即発といった空気が周囲を支配していた。

 レイグッドの中に入った後、急にリステルが気配を感じると言って走り出したのを追ってきたのだが――


「……貴方がマドゼラですか」


 顔に十字傷をつけた赤髪の女性に向かって、そう問いかける。

 目の前の女性は、盗賊団のリーダーのイメージ通りといった感じの人だ。


「そうだが、なんだい。アンタがこのメイドのマスターかい」

「そうですけど……リステル……」


 とりあえず、リステルに視線を送る。

 一歩下がるリステル。だが、その視線はマドゼラから全く反らしていない。

 それどころか、恐ろしくその目は明らかにマドゼラに対する敵意の色が宿っていた。

 

「ご安心を。この女に戦う意思などございません。所詮、ただの負け犬です」

「っ――!」


 リステルの言葉に、マドゼラの眉がぴくりと動く。

 しかし、挑発に露骨にのるほど直情的な性格というわけではなさそうだ。

 じっとリステルのことを睨んだまま、マドゼラは動かない。


「姉さん。この人たちは?」

「さぁ。アタイを捕まえにきた奴らじゃないか」

「……」


 やや怯えた様子で、ベッドに横わたる青年がこちらを見つめてくる。

 無理もない。いきなり多人数に家の中に入られて歓迎される人なんていない。

 彼に対して申し訳ない気持ちもあり、彼の顔を見つめていると――ふと、その顔に黒い紋様が浮かんでいるが確認できた。


「君は……もしかして……」


 さっき聞いた、黒い痣が浮かんだ後、死に至るという流行り病。

 それが頭をよぎった瞬間、青年はこくりと首を縦に振る。


「うん。僕は黒紋病にかかっている。あまり近づかないほうがいい」


 見た目どおりの弱々しい声ではあるものの、その声にはたしかな敵意がこめられている。

 病を盾に俺達を脅そうとしているのだろうか。


「それは……」


 ――だが。

 そんな脅しは俺にはきかない。

 というか、俺だからこそきかない。


 あの黒い紋様には見覚えがある。

 あれがレイグッドに広まる伝染病なのだとしたら。

 そして、その特効薬をエイドルフが扱っているのだとしたら――


 いや……ともかく、今はマドゼラに対して最初の目的を伝えることが先決だろう。


「いきなり押しかけて申し訳ありません。ただ、俺はちょっと貴方にききたいことがあって……」

「なんだい。アタイを殺す気かい? でも、足掻きぐらいは、アタイだってさせてもらうからねぇ」


 そう言いながら、マドゼラはあからさまに拳を握りしめる。

 明確に向けられる敵意と殺意。

 すぐさま、リステルが俺の前へ。


「なるほど。さぞかし愉快な遊戯をご披露いただけるのでしょうね。僭越ながら、私もお手伝い差し上げたく存じます。貴方の鮮血をこの部屋に散らすことでね」


 彼女の言葉どおり、今にも血が舞い散りそうな切迫した雰囲気が周囲を支配する。

 今にも引き金を引きそうなリステル。

 そんな彼女の肩に手を置いて、俺は、おそるおそると声を出した。


「リステル。ここは刺激しないでくれ……頼む……」

「マスターのご意向は承知しております。ですが、この者が本気を出して不意をついてきたら、マスターの仲間が傷つく可能性がございます」

「えっ――」


 声色から、リステルが建前ではなく本気でそう思っていることは明らかだ。

 だからこそ、リステルのその言葉は俺にとって意外なものだった。

 まさか彼女が俺ではなく、後ろの三人を護ろうとしていたとは。

 ――だが、まぁそれも当然なのだろう。俺が皆に傷ついてほしくないと思っている以上、その通りに行動する。それが自分を最強の従者であり、俺が最愛する者だと誇る彼女の在り方だということか。


「……アンタは何者だい。並の強さじゃなさそうだね」


 そう言って、マドゼラは俺のことをじっと見つめてきた。


「えっと。俺は――」


 ともかく、いきなり人の家に侵入したのはこちらの方だ。

 さすがに名前ぐらい名乗っておかなければ話をきくことはできないだろう。

 そう思って、俺は自分の名前を名乗る。


「はーん……聞きなれない名前だねぇ。でも偽名ってわけでもなさそうだ」

「はい。俺達は貴方と戦いにきたわけじゃありません。貴方にちょっとした質問をしにきただけです」

「そんな物騒な従者を連れてかい。一応きいてやる。どんな質問だ?」

「ラーガルフリョウトルムリンという魔物を知っていますか」

「あ――?」


 と、俺の質問をきくと、マドゼラは怪訝に首を傾げた。


「……なんだ? そんなことを知ってどうするてんだ」


 マドゼラの表情から、急速に警戒の色が抜けていく。

 こちらの意図を探っているのだろう。

 そんな雰囲気を察したのか、スイが懸命に訴える。


「私達は今、その魔物のことを調べています。貴方はその魔物を倒したことがあるときいたので……知っていることがあれば教えていただけないでしょうか。どんな些細なことでもいいんです。少しでも情報が知りたくて……」

「…………」


 リステルの事務的な言葉遣いとは違う、スイの真摯な声色。

 仲間の俺から見ても、リステルとスイの態度には大きなギャップがある。

 だから、マドゼラが唖然とした顔を見せてきた時、なんとも言えない気持ちになった。


「姉さん……多分、この人たちは敵じゃないよ」

「あ……?」


 と、ベッドに横わたる青年が口を挟んできた。

 見るからに戦闘能力のなさそうな青年だが、放つ雰囲気はやけに堂々としている。


「あのメイドさんはともかく……少なくとも、彼らには敵意はないよ」

「…………」


 言われなくても分かっている。

 そう言いたげに、マドゼラは複雑そうな表情で俺のことを見つめていた。

 そんな中――


「おねが……」


 ユミフィの震えた声が、静まり返った空間に響く。

 その顔は、恐怖の色が全く隠しきれていない。

 それなのに、ユミフィは、いつの間にか俺のコートの後ろから完全に身を出していた。


「お願い……します。お兄ちゃんの、お願い……きいて……」

「ふむ……」


 ユミフィの態度を見て、目を細めるマドゼラ。

 一つため息をついた後、ゆっくりと視線を俺に移してくる。


「子供を使って――なんて考えてなさそうだね。他の女の目を見ればわかる。確かにアンタは信用されているんだろうよ。……そのメイド以外にもね」


 そう言って、マドゼラが苦笑する。

 その表情は、盗賊団のリーダーとは思えないような優しさに満ちたものだった。


「……分かった。とりあえず知ってることは話してやる」


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