427話 姉弟
質素な木造の家の中。その一室にあるベッドには、20前後の若い青年が上半身を起こして寝ていた。
その青年の体は、かなり細く、やつれているといっていいほどだ。
顔にはタトゥーのような黒い魔法陣のような紋様が浮かび上がっている。
「具合はどうだい。カイン」
そんな彼に、顔に十字の傷をつけた赤髪の女性が声をかけた。
赤いロングコートを着こなし、派手な網タイツを着こなすその女は、ベッドに横わたる青年と組み合わせるにはあまりに不釣り合いな印象を纏っている。
その女は、ベッドの近くに置いてあるテーブルに水の入ったグラスを置き、傍の椅子にゆっくりと腰をかけた。
「大丈夫だよ。今はそこまでだるくない」
そう言いながら、カインと呼ばれた青年が笑みを浮かべるも、その笑みはどこか儚げだ。
そんな彼の表情を見て、女は深くため息をつく。
「……本当か。もう顔に黒紋が出ているんだ。そろそろ……のんびりはしてられなくなるぞ」
「うん……でも、大丈夫だよ。また薬がくるんだろう」
「…………」
女が無言でカインを見つめる。
そしてそのまま彼の額に手をのばし――
「僕に触るのはやめなよ。うつってしまうかも――」
「ハン、アンタと一緒にするんじゃないよ。アタイはそんなヤワじゃない」
手を払おうとしてきたカインの手を逆に払って、女は、カインの額に手を当てる。
その瞬間、女の目が大きく見開いた。
「やはり……この異常な熱は下がらないか……」
「そうだけど……これでも僕は症状が軽い方だからね。もっと重篤な人がたくさんいる。その人たちが最初に薬を使わないと」
「ハン……さっさと死んじまえばいいのにねぇ。そしたらアンタに薬がまわる」
「姉さん」
カインの目が鋭くなる。
弱弱しい体つきからは想像もつかないほど覇気に満ちた眼力をこめて。
しばらくの間、沈黙が続いた後、女は諦めたようにため息をついてカインから手を離した。
「……ハァ。姉弟だってのに、なんでこうも考え方が似ないかねぇ。時々悲しくなるよ」
「嘘だ。姉さんだって、好きでそんなこと言ってるわけじゃないんだろ」
「最初から好きとか嫌いとか、そんなんで動くガラじゃないよ。アタイは」
そう言って、女は、カインから視線をそらす。
「……ねぇ。姉さんは、まだ盗賊なんてやっているのかい」
「フン。アタイはただ自由を求めているだけさ。国がどうアタイのことを呼んでいるかはしらないがね」
「自由か……」
カインが複雑そうに顔をしかめる。
「アンタは言ったね。『僕が病気になったのは運命なんだろう』って。でも、アタイはそんなこと認めない」
女は、そんなカインの目を見て、強く言い切る。
「国の価値観? 運命の導き? そんなものクソくらえだ。アタイは自由になってやるのさ。そしたら勝手に周りに人がついてきた。それだけのことさ」
「姉さん……でも……ぼくは心配だよ。あんな傷だらけになって帰ってくるなんて……ねぇ、姉さん。本当に大丈夫なの?」
「ん? どうした。アタイに出ていけと言いたいのかい」
「そんなわけじゃないかっ! 真面目に答えてほしいっ……!」
か細い声が、一瞬だけ凛としたものへ変化する。
一瞬、女の動きが止まった。
「ねぇ……姉さんは、いつになったら『自由』になれるんだい?」
「さぁね。国が滅んでくれれば、多少はマシになるかもねぇ」
自嘲気味に微笑む女。
それを見たカインは、再び大きなため息をついた。
そんな時――
「おやおやおや。さすが盗賊団の親玉といったところでしょうか。視野が広い」
その部屋の扉の方から、愛らしい少女の声が響く。
それを聞いた瞬間、女の顔が凍り付いた。
「っ――!?」
振り返るやいなや、銃を構え声の主へ向ける。
扉の近くに立っているのは、メイド服を身にまとう、美しい金髪をサイドテールにまとめた少女。
「マスターッ! いましたよ。こっちですっ!」
「お、お前はっ――」
「あぁ、動かないでください。ご存じですよね? 私がここに着た以上、貴方は従うしかない」
そう言って、金髪の少女は不敵に微笑む。
「姉さんっ……これは……」
「くっ……このっ――!」
女が引き金をひこうとしたその瞬間、その頬から血が流れた。
何をされたのか分からない――そんな表情で頬をぬぐい、自分の血を見つめる女。
「『動かないでください』――と、申し上げたはずですが? お聞き逃しになられましたか。想像の上をゆく無能さゆえ、驚きを禁じえません」
改めて少女の方に視線を移し、自分の怪我の原因が少女の放った弾丸によるものだと、ようやく気付く。
少女は、女の目にうつらないほどの速さで銃を構え、引き金を先にひいていた。
「次は外しません。容赦なく、殺しますよ?」
少女は、淡々とそう言いながらカインに銃口を向ける。
「キサマッ――! カインは関係ないだろうがっ!!」
「おっしゃる通り。無関係な人を生かすも殺すも、貴女がお決めになってくださって結構。私は粛々と執行するのみです」
「くっ――」
唇をかみしめて、銃を下げる女。
それを見て、少女も銃を下げ、穏やかな笑みを浮かべた。
――そう、不気味なほどに。穏やかな。
「賢明なご判断です。しばし、そのままお待ちください」
「姉さん……?」
呆気にとられたカイン様子のカインが視線を送るも、女は何も答えない。
そんな緊迫した雰囲気の中、部屋の外から何人かの足音がきこえてきた。
「リステル。いるのか?」
まず姿を現したのは、黒のロングコートを着た魔術師風の青年。
そして、その青年のコートにしがみつく、耳当てをした銀髪の少女。
続いて青い髪の少女が二人、つきそうにように部屋に入ってきた。
「……マドゼラ・ドルトレットです。間違いありません」
藍色のマントを羽織った、剣士の少女が女を指さす。
目を細めて、部屋に入ってきた者達を見つめる女。
「――ほう。アンタにみたいなひんまがった女にもお友達がいたんだねぇ。意外だったよ」