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426話 レイグッド

 すっかり日が落ちた頃、俺達の目に、ようやく人里らしきものが見えてきた。

 同時に、今まで視界を埋め尽くしていた砂が徐々に減ってきてくる。

 砂漠の端にたどり着いたということだろう。

 その先にあるのは、雄大なる山々だ。


 ――ハーフェス山脈。

 俺達が今いる国であるエクスゼイド帝国は、この山脈により向こう側のワルドガーン王国と分断されている。

 ……ふと、スイの背中に目が映った。

 この華奢な少女が、あの山々を超えて旅をしていたなんて、なかなか想像することができないのだが……


「お兄ちゃん。門……」


 背後から、ユミフィが俺の服を掴んで話しかけてきた。

 山に気を取られすぎていたせいだろう。

 いつのまにか、俺達はレイグッドの門の近くまで来ていたようだ。



「おぉ! お待ちしておりましたっ! エイドル……む?」



 と、俺達が門をくぐろうとした時、近くの小屋から一人の男が小走りでやってきた。

 見たところ、初老といったところか。緑のバンダナをまとい、よれよれの汚れた服を着ている。

 その男は、俺達の顔を見るや否や大きくため息をつく。


「おや……失礼。勘違いであったようだ……」


 着て早々、人の失望する表情をみることになろうとは。

 結構気まずいが、無視して進むのも気が引けるのでとりあえず挨拶でもしてみることにする。


「こんばんは。えと……ここは、レイグッドですよね?」

「いかにも。旅人がここに来るとは、なかなかに珍しい……」


 そう言って男が俺のことを見上げてくる。

 同時に、ユミフィが俺の背中に抱き着いてきた。

 彼のことを警戒しているのだろうか。


「大丈夫だぞ、ユミフィ。別に敵じゃない」

「……分かってる。けど……」


 おずおずと男の方を見るユミフィ。

 その視線をたどってみると――たしかに男が腰に剣を携えているのが確認できる。

 だが別に彼から敵意は感じられない。


「あの……もしかしてですけど。さっき、エイドルフって言いかけましたか?」


 と、スイが男に向かって声をかけた。

 すると男は、大きく目を見開いてスイに答える。


「おや、お知り合いですかな。もしや、あなた方が薬を……!?」

「薬……ですか。すいません。きいたことのある名前ですのできいてみただけで……」

「さ、左様でございますか……ふぅ……」


 大きく方を落とす彼に、セナが苦笑いを浮かべて俺の方を見てきた。

 随分と騒がしい人だが何か事情があるに違いない。


「あの……何かあったのですか? 薬って……」

「ご存じではないのかな。レイグッドは数年程前から、病が流行しているのです」

「っ――」


 病、という言葉に皆が顔を強張らせる。


「高熱が続き、謎の黒い痣が体中に浮かんだ後、やがて死を迎えるという……『黒紋病』というものですが……」

「黒紋病……あれ……?」


 怪訝な声をあげるスイ。

 奥歯にものが挟まったような表情を浮かべている。


「十年ほど前に、王都で流行した病ときいております。条件は不明ですが伝染もするらしく……旅人が訪れることなど、もうないかと思っておりました……」

「それを知っていれば私達も来なかったことでしょう。マスター。本当に先に進むのですか?」


 そう言いながらリステルが俺の方を見上げてきた。

 ややきつい言い方だったが――リステルの言う通りだ。

 そんな伝染病もあるなら、俺だけじゃなく皆に危険が及んでしまう。


「そうでしょうね……ただ、エイドルフというお方が黒紋病の特効薬を扱っているのです。定期的に薬を提供しにきてくださいますので……」

「そうだったんですか……」


 眉をひそめるスイ。

 その目には、言葉だけではない同情の色が込められている。

 それを感じ取ったのか、男は少し微笑んで頭を軽く下げてきた。


「旅人様は、ハーフェスを超えるおつもりかな。であれば問題はないでしょうが……ここに長居することはすすめられませんぞ。黒紋病のことをご存じなかったのであればなおさらだ」

「ご心配なく。マドゼラとやらに会えれば、即帰りますので。少々この街を探索するだけです」


 さらりと髪をなびかせて冷たく言い払うリステル。

 その瞬間、男の目の色が明らかに変わった。


「……マドゼラ? まさか、貴方達は……」

「?」


 男の様子に対して、怪訝に首を傾げるリステル。

 すると男は、いきなり俺達に背を向けて走り出した。


「皆! 追手だ! マドゼラ様のもとへ、向かおうとしているぞ!!」

「は……?」


 唐突な男の行動に呆気にとられる俺達。

 展開についていけず呆然としていると、俺達はあっという間に槍を持った男達に囲まれてしまった。


「ばかなっ……なぜ、マドゼラ様がここにいることが分かった!」

「おのれっ! 国の犬どもがっ!! 我らがいる限り、ここは通さんっ!!」

「どういうことですか、これは?」


 若干呆れたような声色でリステルが声をあげる。

 俺の後ろではユミフィが小刻みに震えているだけだ。

 小さくため息をつきながら答えるスイ。


「……マドゼラは、義賊としても有名です。もしかしたら、彼女に恩がある人達なのかもしれませんね……」

「マジか。戦うしかないのかよ」


 剣を抜くスイを見て、セナも強張った顔で短剣を抜く。

 周囲の男達の顔に緊張がはしった。


「とりあえずリステル。ここは私に任せてください。貴方に任せると、この人たちを殺しかねない」

「失敬な。お優しいマスターの前で、そんなことなどいたしません。私のまいた種ぐらい、自分で刈り取りますとも」


 そう言うと、リステルはつま先でなんどか地面をたたいた。

 その後、余裕を見せつけるように微笑みながら男達に対して手招きをし始める。



「しねええっ! 犬どもおおおっ!!」



 男達が槍を持ち、一斉におそいかかってきても。

 やはり、俺達の乗っているラクダにとっては他人事のようで、彼らは微動だにしなかった。



 †



 ――それから、一分も経たない頃。


「さて。本来であれば、マスターを犬などと形容したその口に弾丸を詰め込むのがスジというものではございますが」


 俺達を囲んできた男達を一瞬の間に地に伏せさせたリステル。

 男達だけではなく、スイやユミフィ、セナ達も何が起きたのか分からないと言いたげに呆然と口を開いたままだ。

 ……無理もない。レベル200の彼女の動きをしっかりと認識できる者は、この場にはいないだろう。


「貴方達には役割がございます。マドゼラがどこにいるのか、吐きなさい」

「くっ……」


 リステルの脅しに返ってくるのは、苦悶に満ちた呻き声だけだ。

 圧倒的な力の差を目の当たりにしても、誰も声をあげようとしない。

 マドゼラという者は、それだけ人望が厚いということなのだろうか。


「……リステル。そこまでにしよう。俺達の目的は危害を与えることじゃない」

「はい」


 俺がそう言うのが分かっていたのだろう。

 あっさりとリステルは俺の斜め後ろの位置まで引き下がる。


「仕方ない。皆、手分けしてこの街を探していこう」



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― 新着の感想 ―
[良い点] 何度見ても面白い作品です。 前半の主人公の煮え切らなさから緩やかながらしっかり成長していく。敵だから殺す思想にアッサリならないのも情があって良いです。 特に「カミーラ戦」の流れとバトルは圧…
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