425話 退屈
翌日。
俺達は、旧カーデリーを出発し、砂漠を西に向かっていた。
ハーフェスのふもとにあるレイグッド。そこにいるであろうマドゼラに会いに行くために。
「~♪」
ひたすら続く砂の中、リステルの嬉しそうな鼻歌が響く。
……昨日、俺がリステルに『補給』をしたせいだろうか。
「凄いな、あいつ……」
「ん。全然疲れてなさそう……」
ユミフィとセナは、そんなリステルのことを半ば呆れたように見つめている。
リステル以外は、今までと同じようにラクダに乗っているのだが――リステルは、自らの足でずっとこの砂漠を走っていた。
もう、かれこれ数時間は走り続けている。
「? どうかされましたか」
自分に向けられた視線に気づいたのか、リステルが若干不快そうに二人に視線を返す。
「いや……なんで、大丈夫なんだ?」
「……大変恐縮ですがご質問の意図が分かりかねます」
「いくらなんでも体力ありすぎだろ。一体どうなってるんだよ……」
「はぁ、体力? それは……ふふ、そうかもしれませんね」
一瞬だけ俺をちらりと見て意味ありげに微笑むリステル。
――あれは本当にエネルギー補給としての意味があるのだろうか。
俺に出会うまで、まともな荷物も持たずこんな砂漠を歩いていたのだとすれば、あんなことをする必要性なんてなかった気がするのだが……
「私はホムンクルスです。エネルギーの補給さえできれば半永久的に行動が可能です。人間に比べれば燃費は良いと思いますよ」
「ホムンクルスですか……そんな存在、きいたこともないです……」
ぼそり、とスイがつぶやく声がきこえてきた。
――おそらく誰にも聞かせるつもりもなかったのだろう。
スイはラクダに乗って前を向いたままだ。
旧エクツァーを出てからというものの、俺は彼女の背中しか見ることができていない。
「それにしても、このラクダ達の遅さはどういうことですか。移動のために使うのであれば、この私がマスターを抱きかかえて走りますが」
そう言って露骨にため息をつくリステル。
後半部分は――おそらく冗談ではないのだろう。
放っておいたら、リステルは本気で俺を抱きかかえて走り出しかねない。
そして、その方が早く移動できそうなのもタチが悪かった。
「あ、あー……ほら、ユミフィが一人だと乗れないからさ……気持ちだけ受け取っておくよ……」
「なるほど。さすがマスター。本当にお優しい……」
「そうでもないよ……うん……」
キラキラと尊敬の眼差しを送ってくるリステル。
その表情はとても愛らしいのだが――背筋がぞくりとするほどに、こそばゆい眼差しだ。
とてもまともに目を合わせてなどいられない。
「それにしても殺風景な景色が続きますね、マスター。ご退屈ではございませんか」
「あぁ。大丈夫だ……」
「む。これは深刻ですね……」
俺が若干上の空で返事をしたせいだろうか。
リステルが一気に眉ひそめる。
そんな彼女に、セナが怪訝な表情で声をかけた。
「深刻? 何言ってるんだ?」
「貴方には分からないのですかっ! ことの重大さがっ!」
不意に張り上げられたリステルの声で、周囲の空気が凍り付く。
しばし硬直した後に、セナがおそるおそるといった感じで言葉を続けてきた。
「……は? おま、何言って――」
「我がマスターが! 私を……貴方達を気遣って! ご退屈されているのを隠そうとしていらっしゃるのですっ! 看過できない事態ではありませんか!!」
「っ…………」
頭を抱え込みながら走り続けるリステル。
今までずっと前を向いていたスイも、後ろを振り向いて絶句していた。
――いや、空気やばいだろ。これ。
「いや……リステル……俺は……」
「お任せください。マスター。こうなったら……即興ですが、一つ舞わせていただきましょう!」
「えっ、リステ――」
俺が声をかけようとした瞬間。
リステルが一気に前方へ駆け出しはじめた。
「え、ちょっ――」
「はぁああああっ!」
声をかける間もなく、リステルが大きくジャンプする。
そして、いつの間にか手に握られた銃を構え、体をねじって足を上へ。
「フォースバレットカーニバルッ!!」
「っ――!?」
直後、リステルの銃から放たれたのは青白い光の弾。
それは、周囲の砂という砂を爆発させ、煌びやかな光とともに砂を巻き上げた。
「なっ……ちょっとっ! リステルッ!?」
「あははははははっ! さぁ、大地よっ! 沈黙している暇はございません。マスターの進む道としての自覚をお持ちなさい。輝かしく、華々しく! 艶やかに――そして、美しくっ! マスターへの賛美と敬愛と畏怖を込め――踊るのですっ!!」
どういう原理になっているのだろう。
青に黄色に緑に赤。様々な色を纏いながら、砂が天から引っ張られているかのように空を舞う。
リステルの作り出す、その異常な光景に、皆は、ただただ絶句することしかできなかった。
「…………」
そんな中、ラクダ達だけは、何事もなかったかのように淡々と歩き続けている。
――いや、ほんとマイペースだな。こいつら……
盗賊団に襲われた時といい、このラクダ達はあまりにも図太すぎる。
これでは、天敵に襲われたときとか、無防備なまま殺されたりするのではないだろうか――
「いや、そうじゃなくてっ! リステルッ! おい、リステルッ!! リステーーーール!!」