422話 叫び
「っ――」
「誇りもなく、自信もなく――全て半端な貴方が。マスターの傍にいることなど、許せるはずがないっ!」
俺には、リステルの言っている意味が分からなかった。
スイが半端なんて、そんなことは思ったことがない。今まで旅をしてきた皆も同じだろう。
でも、スイは――まるで心当たりがあるかのように、顔を青ざめさせている。
だから、俺はリステルを止めようと――
「おい、そんな言い方は――」
「――私だって!」
張り上げられたスイの声。
空気の振動が、まるで電流のように俺の手を痺れさせる。
「私だって! 満足なんかしていない! 『諦めた』? 『満足している』!? 冗談じゃありませんっ!!」
そのスイの顔を見て、俺は息をのんだ。
そう――俺は、スイのこの表情を知っている。
色々ため込んで、どうしようもなくなった時の、スイの顔。
サラマンダーと戦う前、俺に本音を話してくれた、あの時のような――
――スイは、こんなに思い詰めていたのか……? 一体、いつから……
「取り消してくださいっ! 私だって――私だって! リーダーの仲間ですっ!! リーダーの隣に私がいたって――!」
剣を強くつかんで、リステルへ剣先を向ける。
だが、対峙するリステルは、スイを見下すように微笑むだけだ。
「『仲間』? ふふ……」
一度、さらりと髪を払うリステル。
その直後、リステルの声が強く響いた。
「まだ分からないのですか!? その言葉に、全て現れているのですっ!! 貴方の『半端』な気持ちがっ!!」
「っ――!?」
まるで攻撃を受けたかのように、スイがよろけながら一歩後ずさりをする。
――訳が分からない。
リステルが何に怒っているのか。
スイが何で辛そうな顔をしているのか。
「お、おい……どうし……」
手を伸ばそうとしたが、動かない。
俺の腕は、セナとユミフィにつかまれていた。
「今止めるのは無粋だぜ。師匠」
「……見てて」
二人の表情を見て、鳥肌がはしる。
彼女達には――分かっているのだろうか。
スイとリステルのやり取りの意味が。
「……私は」
剣を上にかかげ、スイが叫ぶ。
「私は、諦めてないっ! 諦めたくなんかないっ!!」
「フッ……」
スイの剣先を見つめながら、不敵に微笑むリステル。
「自分の才能にあぐらをかいてなんかいないっ! 今の自分に満足もしていないっ!! 私は――『半端者』なんかじゃないっ!!」
余裕を見せつけるように、綺麗に直立して。
リステルはスイの攻撃を待ち続ける。
「私は――私だって! 私だってえええええええええええええ!!!」
……スイの表情を見て察した。
次の攻撃は、実らない。リステルには通用しない。
それは――彼女自身が『理解』してしまっている。
「ソード――イグニッション!!」
悲壮な表情で叫ぶスイ。
黒煙があふれ出す剣の刃――それを地面に叩きつける。
「これは――」
スイの剣先から舞い散る大量の火花。
直後、それが大きな炎と変化して――
「うっ――あぁああああああああっ!!」
「スイッ!?」
声をかけた時には、既にスイの体が炎に包まれていた。
だが、スイは、それをもろともせずに剣を振り上げる。
その勢いで、スイの剣から放たれた炎の一部がリステルに飛んでいった。
「……汚らわしい」
リステルに襲い掛かる炎は、スイへのそれよりはるかに大きい。
だが、リステルは、まるで焦りの表情を見せていない。
「まったくもって――汚らわしい! 愚かしい! 嘆かわしい!! そんな濁ったマナに染まった技で、この私に挑みますかっ! その『願い』を叶えようとしているのですかっ!!」
真っ向から炎を受け止めるリステル。
両者の体が炎に包まれ、そして――
「やあああああああああああああああっ!」
スイがリステルに向けて駆ける。
剣が払われた瞬間、スイを襲っていた炎が振り払われた。
黒煙を纏う剣の刃がリステルの首元へ。
「こざかしいっ!」
しかし、その剣はリステルに届かない。
スイの剣は、悠々と拳で受け流され、リステルの手がスイの首へ。
「かっ――」
首を絞められたスイの動きがとまる。
「今のが全力ですか?」
「くっ……う、ぐ……うっ……」
スイは答えない。というか、答えられない。
なんとかリステルの手から逃れようとしているが――もう、勝負はついている。
「では――これでに終わりにしたく存じます」
「かっ――」
リステルが腕を払うと、あっさりとスイの体が宙に飛んだ。
「おい、大丈夫かっ!」
スイの体が地面に叩きつけられる前に、俺は彼女を抱きとめた。
煤まみれの体にヒールをかけると、スイは気まずそうに笑みをうかべた。
「づっ……すいません。ありがとうござ――」
「許せないですね」
「えっ――」
いつの間にか、リステルが俺の傍に立っていた。
冷たい視線でスイを見下ろすリステル。
「マスターの従者として。私は、貴方を認められない」
「おい、リステ――」
「いいですか?」
俺の声が聴こえていないかのように、リステルが鋭く指をスイに突き立てる。
「なっ――何をっ……」
「リーダーの優しさに甘えるのは結構。それも一つの『女』の魅せ方というのなら納得がいきます。ですが、男に寄り縋るだけの甘えた女に堕ちるほど、マスターは低俗ではありません」
「づっ……ぐっ……」
ぐっと唇をかみしめてスイはリステルを睨む。
だが、スイは何も言い返さない。
ただ涙目になって、それでも真っすぐ目を逸らさず。
ひたすらにリステルの言葉を受け止める。
「貴方のレベルなぞ、私からすれば――いえ、マスターからすれば雑魚同然。このことは認識しているのでしょう?」
「いっ……」
スイの眉間をえぐるように指を立てて、乱暴につき放つリステル。
「貴方がマスターにどういう感情を向けているか分かりませんが……見つめなおした方いいですよ。その、汚らわしい姿をね」
「リステルッ! いい加減にしろよっ!!」
いくらリステルでも、スイのことをそんなふうに言うことは許さない。
そんな意味を込めてリステルを問い詰めると、彼女は小さなため息をついた。
「……失礼。マスターの『仲間』を悪くいうのは、行き過ぎでしたか。でも……お互い様でしょう? 貴方達が私を試したように、私も貴方達を試した。それだけのことですから」
そう言って、スイ、ユミフィ、セナを一瞥するリステル。
何も言い返さない三人を見ると、リステルは興味を失ったように踵を返した。
「さて、もういいでしょう。お互い、目的は達成できましたよね。スイ――せいぜい『仲間』として頑張りなさい。ずっと……ずっと、すがっていなさい。貴方のような女には、それがお似合いです」
「っ……」
背後からひしひしと感じるリステルの威圧感。
その場の誰もが、それに対して口を紡ぐことしかできなかった。