421話 追及
――どうしてこうなってしまったのやら。
地下洞窟の近くにある開けた場所にたどり着いた俺達は、離れた位置で対峙するリステルのことをじっと見つめていた。
俺が戦うわけではないが、こうしてリステルと対峙してみると凄まじい威圧感を感じる。
「準備はいいですか。リステル」
前に踏み出したスイが勇ましい声色で問いかける。
薄ら笑みを浮かべながら見せつけるように髪を払うリステル。
「おや、たいした余裕ではないですか」
「あ? どういうことだよ」
見下したようなリステルの声色に、セナが眉をひそめる。
「そのままの意味です。貴方達のレベルであれば、不意打ちを仕掛けることを検討して然るべきでしょう。まぁ――それをしたところで、私に傷がつけられるとは思いませんが」
片手を腰に当てて、もう片方の手で手招きをするリステル。
ゆっくりと剣を抜くスイ。
「銃は構えなくていいのですか?」
「あら、私が構えてもよろしいのですか? てっきりハンデ戦かと思ったのですが」
「……」
ユミフィとセナも、それぞれの武器を構える。
明らかにリステルは油断している。
だが、リステルが俺の知っているステータスだとしたら――
「なら遠慮なくいかせてもらうぜ! スパイラルカット!!」
最初に攻撃を仕掛けたのはセナだった。
まっすぐにリステルに走り寄り、体をくるりと回転させて短剣を振り下ろす。
「フッ……」
「――なっ!?」
その短剣を手でつかむリステル。
いかにも脆そうな白の長手袋には、全く傷がついていない。
「なるほど。まぁ、私も最初はこんなものでしたかね……」
「うっ――!?」
瞬時に回し蹴りをセナの脇へ。
その一撃で、セナの体は弾丸のごとく弾き飛ばされる。
「フォースショット!」
「む――」
続いてリステルを襲うのは、ユミフィの気力が込められた光の矢だ。
見事にリステルの死角から放たれたそれは、たしかにリステルの胸に直撃した。
だが――
「ちゃんと気力を込めましたか? 威力が低すぎますよ」
リステルの体に触れた瞬間、ユミフィの放った矢はガラスのごとく砕け散る。
――やはり、ステータスが違いすぎる……
「っ……」
唇をかみしめるユミフィ。
弓を握る手は、かすかに震えていた。
「ソードアサルトッ!」
最後にリステルを襲うのは、先の二人よりも素早く、鋭いスイの剣閃。
しかし――
「っ――」
リステルは動かない。
その攻撃を回避するどころか――むしろ、受けに行くかのように体を前に倒した。
「やああああああああっ!」
「…………」
リステルの着ている柔らかなメイド服に剣の刃がくいこむ。
見た目からは信じがたい、金属がぶつかり合うような音が強烈に響いた。
僅かにリステルが顔を強張らせる。
「……はて。それが渾身の一撃ですか?」
リステルの表情から察するに、ダメージ自体はあるようだ。
だが――スイの一撃が直撃したというのに、リステルは一歩も動くことなく直立したままだ。
「うそ……全く……」
「どうしたのですか。戦意喪失ですか?」
「くっ……ぐっ!?」
何かを言い返す前に、リステルの拳がスイの鎧を撃つ。
滑るように、スイの体が後方へ。
抗うように体を前に倒す。
なんとか足で描かれた二本線を見下ろして、スイがつぶやく。
「やっぱり……彼女は多分、レシルより……くっ……」
「まだまだあっ!」
弱気になっているスイを鼓舞するかのように、セナが叫んだ。
もう一度、まっすぐリステルに駆けていくセナ。
その背後から、ユミフィが援護する。
「アローレイン!」
「リバーススラッシュ!」
上空に放たれた、青白い光を纏う一本の矢。
それが分散し、雨のようにリステルに向かって降り注ぐ。
その中で、セナが宙返りをしながら短剣をリステルに突き付けた。
だが――
「はあっ!」
リステルが短く叫んだと思いきや、突き付けられた短剣がはじけ飛ぶ。
降り注ぐ光の矢は、リステルの体に直撃するが、その体には全く傷がつけられない。
「……はぁ。哀れですね。その気概しか褒められるところがないなんて」
嫌味にきこえるその台詞も、リステルは本心で言っている。
それがはっきりとわかるほど、リステルの表情はどこか虚しそうなものだった。
そして――
「うぐっ――」
「いぁっ……」
瞬く間に、リステルの拳がセナを撃つ。
離れた場所にいるユミフィのところまで、その体がはじけ飛んだ。
「くっそ……もう一回……」
「セナ……だ、大丈夫……?」
「づぅ……」
吹っ飛ばされたセナがユミフィとぶつかり、二人の体は相当に痛めつけられている。
明かに隙だらけだ。リステルが本気だったら、この間に追撃を受けて二人は死んでいるだろう。
――勝負ありといったところか。
「もういいだろ。それぐらいにしておかないか」
これ以上続けるのは、もはや無意味だろう。
力の差は明白だ。今の攻防で皆もリステルの力は分かったはず。
俺はヒールウィンドを使って一気に皆を回復させた。
「師匠……」
「ん……分かった……」
武器を下すユミフィとセナ。
「……さすがですね。リーダーと一緒に戦ってきたというのは、本当のことでしたか」
自虐的に微笑みながら、スイがつぶやく。
そんなスイを見るや否や、リステルは、呆れたように眉をひそめた。
「――情けない」
「え……?」
不意にかけられたリステルの言葉に、スイが頓狂な声をあげる。
「貴方、情けないと思わないのですか?」
「……っ」
見下すように冷たく言い放つリステルに、スイが声を詰まらせる。
――いや、スイだけじゃなくて、俺も。
「いくら雑魚とはいえ、他の二人に比べれば、貴方には力がある。でも、早々に貴方は諦めた。二人の攻撃に、貴方も合わせようと思えば合わせられたはず。その体力は残っていたでしょう?」
「それは……」
「貴方は諦めたのです。最初の一撃で、私に刃を当てることを。私に力を見せることを」
「くっ――」
目をそらすスイに、リステルが畳みかけるように言葉を続ける。
「自分より強い相手に挑んだことがないのですか? 貴方の気合は、あまりにも弱い」
「おい、リステ――」
「いえ、マスター。大変恐縮ですが、これは言わせてください」
可愛らしい金髪のサイドテールと、フリルのついたメイドドレス。
いかにも女の子らしいその姿から放たれるのは、氷のような威圧感。
それに気圧されていると、リステルは俺に謝るように深くお辞儀をした。
「……失礼。ですが、マスターの従者として、半端な気持ちの者がお傍にいることは、看過できません」
「……半端?」
震えた声で問いかけるスイ。
対して、リステルはうっすらと笑みを浮かべる。
「今の攻防ではっきりとわかりましたよ。貴方は半端者です」
「な、なんですって……」
「剣にまるで気持ちがこもっていない。最初から勝つ気のない――いえ、勝つことを諦めたふぬけた一撃です。私が言っていること、分かりますよね? もはやこれは剣に限った話ではないということが」
「っ――」
言葉を詰まらせるスイ。
目を見開きながら握った剣の柄を見つめている。
「おいリステル。そんな言い方っ――」
「いいえ、マスター。私は認めることができません。絶対に」
俺の言葉を遮って、リステルがスイを指差す。
「半端な才能にあぐらをかいて、半端な強さでリーダーに近づいて……半端な居場所で満足しているような女のことなぞ、どうして尊敬できるでしょうか? どうして仲間だと言えるでしょうか? どうしてリーダーの傍に立たせておけるでしょうか!」
「そんな……わ、私は……」
リステルから逃げるように、後ずさりをするスイ。
そんな彼女を冷たくにらみながら、リステルが言う。
「貴方は、どんな想いで『その場所』にいるのですかっ!!」