420話 挑戦
「……は?」
再びの沈黙。
あまりに予想外の言葉に、俺は――というか、この場にいる全員が声を出すことができなかった。
そんな俺達の反応を見て何を思ったのか知らないが、リステルは得意げな笑みを浮かべている。
「戦闘だけではなく、日常の中でいかにマスターを満足させるか……そこへの気配りを恥などと表現されるとは心外です。ですよね、マスター?」
「え、俺? え??」
急にふられても、なんというか、かんというか。
この異様な雰囲気の中でとっさにしゃべれるぐらい頭の回転は早くないというか。
「リーダー……リステルと、一体何を……」
「いやいやいや! 違う違う! リステルッ、何を言っているんだお前は!」
「?? でもマスター。まだ私が低レベルで敵に負けてた時には、『デスった時のパンチラ萌え~』とおっしゃっ――」
「おいおいおいおいっ!!」
――なんという黒歴史を暴露してるんだお前はっ!!
そんな俺の内心が口に出ていたのだろうか。
リステルは、瞬時に口をつぐんで丁寧なお辞儀をする。
「失礼しました。私の勘違いです。マスターは女性の下着になど興味はございません」
「いや、苦しすぎるだろ……それは……」
というか、もう手遅れだ。
それは俺に向けられたスイとセナの視線を見ればわかる。
「……脱ぐ?」
「やめてくれ……ユミフィ……もうやめてくれ……」
その純粋な善意は、本当にきつい。
と、なんとなく俺が追い詰められたことに感づいたのだろうか。
リステルが、やや慌てた様子で話しかけてきた。
「それはさておき。なぜ、マドゼラごときをお探しに? マスターがわざわざ相手をする必要がある相手とは思えませんが」
「んと……そうですね。そこも共有が必要ですか……」
そう言って、スイがため息をつく。
そのままテントに視線を移すと、眉を八の字に曲げて話しかけてきた。
「とりあえず……テントの中、入りましょうか。立っているの、ちょっとだけ疲れちゃったので……」
†
テントに入ってから、俺達はリステルにレシル達のことを伝えた。
最後にトーラを襲われ、多くの人を失ったことも。
そして、あんなことを繰り返さないために、何とかして敵の手掛かりを見つけようとしていることも。
「なるほど……そのようなことになっているのですか。恥ずかしながら、全く存じ上げておりませんでした」
話の内容が内容だけに、リステルは硬い表情を崩さない。
先ほどまで俺達をひっかきまわしていた者とは思えないほど、真面目なトーンで話している。
「それは仕方ないですよ。彼女達のことは、国ですら把握しているかどうか……」
俺達は、国の人間と何度も話したことがあるわけではない。
ただ、アインベルをはじめとして、俺達が関わったことのあるギルドマスターはレシル達のことを知っている様子はなかった。
あの、カミーラですら、だ。
「事情は分かりました。マスター、私もご同行してよろしいですよね?」
「そうだな……」
俺としては、レベル200の戦力が加わるのは非常に心強い。
そうでないにしても彼女はこの世界にくる前から俺が知っている唯一の存在だと言っていいだろう。
だが、こればかりは俺の意向だけでは決められない。
大丈夫だとは思うが、皆の方に視線を送り、問いかけてみる。
「私はかまいませんけど……」
「ん。お兄ちゃんの味方、なら、いい……」
やや警戒した様子を見せながらも、スイとユミフィは首を縦に振った。
だが、セナだけは、唇を軽くかんでリステルのことをじっと見つめている。
「……一つ。いいかな、師匠」
視線を向けることすらなく、セナは淡々と声をあげた。
次の言葉を無言で促すと、セナはリステルを睨むように見つめながら話し続ける。
「リステル。アンタ……レベル200といったよな」
「はい」
あっさりと言い切るリステル。
そんな彼女に、セナは、僅かに体を震わせる。
「だったら、オレと勝負しようぜ」
「……はて、なぜその必要が?」
「当然だろ。仲間になるんだったら、その力がどのぐらいか見ておきたい」
拳を床に突き付けて、セナが強気に笑う。
一方、リステルは、どこか冷めた表情で淡々と答えはじめた。
「もしや、私の言葉を疑っていらっしゃいますか? 極めて心外でございます」
「そういうわけじゃない。でも、どういう戦い方をするのか事前に知っておいて損はないだろ。アンタにも、オレのことを知ってほしい」
「ふむ……」
挑戦的なセナのまなざしを受けて、リステルも不敵な笑みを浮かべる。
華奢で可憐なメイド服に似合わない、勇ましく大胆な表情だ。
「……私も、同じ」
そんな場の空気に感化されたように、ユミフィが声をあげた。
今までリステルに対して怯えていた表情を見せているだけの彼女が、一転して凛と眉を吊り上げている。
「リステルのこと、知る。それ、大切
「ユミフィ……」
こうなっては当然というべきか。
スイもリステルに視線を向けて話し始める。
「そうですね……レベル200というのが本当なのであれば、私達三人を同時に相手することができるはず」
「フ……」
自信に満ちたような、呆れているような、馬鹿にしたような、不敵な笑み。
それを見て、スイは僅かに声を震わせた。
「お手合わせ願えますか。……どんな形であれ、リーダーの傍で戦っていた貴方の力、知っておきたいんです」
リステルが一度、俺の方を見る。
俺の許可を待っているのだろうか。
俺としては、皆がそうしたいのであれば敢えて止める理由はないのだが――
そんな俺の考えは、顔に出ていたのかもしれない。
すぐにリステルは、皆の方に視線を移すと自信満々に声を張り上げる。
「ふふ……いいでしょう。であれば、僭越ながらこの私が教えて差し上げましょう。マスターの従者として、どのぐらいの力が必要なのかをっ!!」