41話 アーロンのクラス
アインベルの部屋から出た後、俺達は再びギルド寮へと移動した。
寮の広間にたどり着くとアインベルは寮の部屋とは逆の方向の廊下に歩いていく。
行き先は何も聞いていないが、そこまでくればなんとなく予想がついた。
「アーロン、入っていいか」
ギルド寮の管理人、アーロン。その人の部屋がこの場所にはある。
その扉の前に立つと、アインベルはそう言いながらノックをした。
「なぁに? さっき交代したばかりじゃない。包帯の巻き方も分からないのかしら」
野太い声とともに扉が開かれる。
アーロンもまた怪我をしているらしい。
先ほどの人たちに比べれば軽傷だが上半身は包帯をぐるぐるにまいている。
今は、メイド服は着ていないらしい。しましまのニーソックスは着ていたが……
と、アーロンは俺を見ると手をふりながら挨拶をしてきてくれた。
「あら、新入りさんね。無事そうで何より。スイちゃんも……え、ちょっとっ!」
だがアイネを見ると表情が一変する。完全に予想通りの反応だった。
「アイネちゃん! 何それっ! 大丈夫なの!?……」
「いやいや待つっす。ウチは大丈夫だから」
「いや、でもその出血量じゃ辛いでしょう。待ってなさい。こんな時のために貯めていたポーションが……」
「待て。そのくだりはもうやった。今のアイネは無傷だ」
「はぁ……?」
首をかしげるアーロンに対しスイが手をさっとあげて注目をよせた。
「あの、実は──」
スイが今までの事情を話す。
俺がゴールデンセンチピードを倒したことから、回復魔法でアイネだけじゃなくギルドの人たちを回復させたことまで。
「はぁ? この子が回復魔法?」
スイが話し終わるとアーロンは呆れたような表情で俺に視線を移した。
「ちょっと信じられないわね……でも、からかっているわけじゃないのでしょう?」
「ほんとっすよ。ウチは大丈夫っす。ほらほら」
アイネがその場でぴょこぴょこジャンプをしながら身が万全であることをアピールする。
それに加えて四人がわざわざ部屋を訪ねてきているのだ。
ギルドに帰ってきた時にギルドには傷だらけの人が多かったわけだからこんな冗談を言いにアインベル含め、四人もくるはずがない。
さすがに門前払いできるような状況ではなかった。
「あぁ。死の一歩手前にいた者も完治させた。失った手足すら回復すらしている」
「……それが本当なら凄まじい威力ね。そんな事ができる子だとは思わなかったけど」
「ワシもだ。それで、お前に鑑定を頼みたいと思ってな」
「ふむ。この子のねぇ……」
アーロンがまじまじと俺の事をみつめてくる。
と、俺はふと疑問に思ったことをぶつけてみることにした。
「あの、その鑑定っていうのでレベルをはかるのですか?」
それに対しアーロンが怪訝な表情を返してくる。
「あら、貴方レベルのはかり方も知らなかったの? そうよ、鑑定士がアナライズっていうスキルを使うことでレベルが分かるようになるの」
「鑑定士?」
「そうよ。戦闘には役立たないけど、これも立派なクラスの一つよ」
やはり聞き覚えのない単語に首をかしげる。
ゲームにも鑑定というシステムはあった。
鍛冶師というクラスのスキルで、NPCに手数料を払うことでもできる。
しかし、ゲームでの鑑定は装備品や魔物が落とすアイテムを対象としたものでプレイヤーキャラクターを対象としたものではない。
そもそも鑑定士なんてクラスはゲームではプレイヤーがなることができなかった。
ゲームではシステム上の制約から描写、実装されていることが限られていたのかもしれない。
というか、そうでなければここまで未知の要素が出てくることが説明できない。
やはりこの世界はゲームの中、ではなくゲームに似た世界だと考えるべきなのだろうか。
もしかしてゲームのネタになった世界とか――
考えて分かるとも思えなかったが自然と俺はそんな事を考えていた。
「アーロンさんもダブルクラスなんですよ。鑑定士と拳闘士」
と、スイの声で我に返る。
……そういえば、とアーロンと初めて会ったときの事を思い出した。
確か自己紹介でそんなことを言っていたきがする。
まぁ、こんなムキムキの人を見たら誰だって拳闘士を連想するだろう。
正直その点については驚かなかった。
「へぇ……鑑定士……知りませんでした、すいません……」
少し恐縮する俺にいいのよ、と答えるアーロン。
「地味だけど需要は高いクラスなのよ。ギルド運営のためには最低一人必要なんだから」
アーロンはそう言いながら胸を張る。
そんな見事な大胸筋を見せつけられても鑑定という言葉が浮かんでこないので苦笑するしかなかった。
──それにしても、鑑定士か。
アーロンの言葉で、再び思考がゲームシステムの点にむかう。
ギルドでは魔物の討伐クエストを発注していたりするのだが、そこにレベル制限がかかっていることがあった。一定のレベルに満たない者はそれを受けることができないのだ。
それはつまりギルド側がクエストを受ける者のレベルを把握していることを意味している。
実力に見合わないクエストを受けさせないため、という理由が向こう側でも語られていた気がするが、その理由はこちらの世界でも同じだろう。
当たり前だが、この世界での死はゲームでいう死ではない。
ゲームでは経験値が少しだけ減らされ一定時間能力値が下がるという、いわゆるデスペナルティを受けるだけで済んだのだがこちらでは死んだらそれで終わりだ。
冒険者に限らずレベルを把握することの重要性はこちらの世界の方がはるかに高い。
「ま、今は拳闘士としては動いてないわ。筋肉がつきすぎちゃうのよねぇ。アイネちゃんも相当強くなったし、エースの座はバトンタッチよ」
そう言いながらアーロンはアイネの肩を軽くたたいた。
──軽く、だよな? なんかゴンッて凄い音がなったけど。
一瞬だけ、アイネの服の血がアーロンの拳によるものだと錯覚してしまった。
「へへっ、でもアーロンさんの方が強いっすけどね。エースっていってもこのざまっす……」
と、アイネが自嘲気味に笑いながら自分の服をひっぱって血をみせる。
……少し意外だった。
アイネであれば、えっへんと自慢げに胸を張るぐらいの反応を見せると思っていたが。
──もしかしなくても、ゴールデンセンチピードに負けたことを気にしているのだろうか。
「……いや、そんなことはないよ。俺は感謝している」
深読みかとも思ったがフォローの言葉をかけるぐらい、減るものでもないしいいだろう。
とはいえアイネはその言葉を予想してなかったらしく、少し驚いた顔を返してきた。
「そ、そっすか? にはは……」
だがすぐにアイネらしい、明るい笑顔を見せてくれた。
後ろに見える尻尾が左右にぴょこぴょこと揺れている。
と、アーロンがそれを見てにんまりと笑うとスイに話しかける。
「あら、何? いい感じなの? スイちゃん。油断してると、とられ……」
「アーロンさん。鑑定を」
「んもぅ、つまんないわねぇ」
スイの低めの声にばっさりと切られ肩をすくめるアーロンに、くすりときてしまった。
やはりこのイジリには慣れてきたらしい。
──というか、アーロン自身が軽く流せるようになれとか言っていたような記憶があるのだが。
「わかったわ。なら皆入りなさい。散らかってるけど」
そんな事をアーロンも思い出したのか、それとも部屋を見られるからなのか。
アーロンは少し恥ずかしそうに笑うと部屋の中を指さした。