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415話 メイドの銃士

 四方八方見渡す限りの砂、砂、砂。

 ひたすら続く砂の丘を越え続け数日――あるいは、数週間。

 ひらひらのメイド服を身にまとい、レッグホルスターをつけた金髪サイドテールの少女――リステルの表情には、焦りの色がにじみ出ていた。


「ふぅ……もう何日目ですか……こんなところで足踏みしている暇なんてないのに……」


 可憐な顔に似合わないシワが眉間に集まる。

 地平線――その彼方から上空にのびる、うっすらとした黒い壁。

 遥か北にある、封魔の極大結界の存在を確かめて、リステルは大きくため息をついた。


「方向はあっているはずなのに……はぁ……マスター……」


 落ち込んだ様子を見せるものの、リステルの歩みは止まらない。

 食料等は持たず、たった一枚の地図を片手に歩き続けるリステル。

 この広大な砂漠を歩くには無謀ともいえる装備だ。

 


「おや――」


 ふと、リステルの表情が一変する。

小さな砂の山を乗り越えた先に、今まで目にしなかった物があったのだ。


「街……? もしかして、エクツァー……?」


 一度地図に視線を落としてリステルが首を傾げる。

 街というにはあまりに寂れた建物の集まり。

 遠目で見ても人が住むような場所ではないことがわかる。

 だが、日にちの感覚もなくなるぐらい広大な砂漠を歩き続けたリステルにとって、その場所に目が奪われてしまうのはやむを得ないだろう。

 人に会えるとは思っていないものの、気づけばリステルは、その方向へ歩み始めていった。



「これは――」



 数十分後。廃墟の街に足を踏み入れたリステルは、周囲を見て息をのむ。

 遠目で見た段階から分かってはいたものの――やはり、明らかに人が住むような場所ではない。

 建物の壁は、ボロボロに朽ちており、建物の外に人は誰も出歩いていない。


「くっ……どこですかここは……マスター……はぁ……」


 ため息をつきながら、リステルは、おもむろに近くにあった建物の扉に手をかけた。

 特に意図はない。この汚い建物の中で休むつもりはない。

 ただ、何気なく。なんの意味もなく、リステルはその扉を押す。

 ぎぃぃ、と耳をつんざくような音とともにその扉が開く。

 すると――



「ひぃいいいいっ!? な、なんでお前がここにぃ!!」



 意外なことに、中には人がいた。四、五人の男達だ。

 一瞬の間の音、出してきた悲鳴のような声に、リステルは目を丸くする。


「……あら? どちらさまですか?」

「ひええええっ! メイドだっ、あのメイドがきたあああっ!!」

「うわ……嘘だろ……こ、こんなところまで……」

「助けてくれっ! もう、もうかかわらないから! たのむうううっ!」


 悲鳴をあげながら建物の奥にある窓に向かう男達。

 ボロボロになった木の窓は、スムーズに開かない。

 そもそも、そんなに大きくない窓に、男達が我さきに出ようと突っ込んで、あっさりと逃げられるはずもない。


「なんですか……? いきなり……ん……?」


 そんな彼を前に呆けた表情を見せるリステル。

 だが、すぐに察しがついたようにリステルは手を合わせた。


「――大変失礼いたしました。たしか……えっと……ドルドル……ドレ……あれ……?」


 結局、いまいちピンとこないような表情を浮かべるリステル。

 だが、彼女にとって、そんなことはどうでもいいことだった。


「まぁいいです。その貧相で下劣で品のない服装とお顔。本音をいえば記憶から抹消しておきたいところでしたが――森で私を襲ってきた方々ですか。なら……」


 素早くレッグホルスターからハンドガンを取り出すと、男達の足元へいくつか弾丸を放つ。

 一発も当たらない。弾は全て、男達のこめかみを掠っただけだ。

 だが――それが狙って外していることは、あまりにも露骨だった。


「頼む……お前の勝ちだ。勝ちだから……」

「逆らわないから……うああ……」


 ――リステルの気分次第で一瞬のうちに殺される。

 そのことを察したのだろう。男達は、その場でひざまずき手を合わせはじめた。

 そんな彼らを冷たく一瞥すると、リステルは銃をしまう。


「そうですか。では、まず――そうですね。ここにシャワーはありますか?」

「は……?」

「――いえ。なさそうですね。貴方達の体臭でわかります。本当にひどい……とりあえず外に出てください」

「あ、あぁ……」


 リステルに促され外に出る男達。

 ふと、建物の外に出ると、他の建物からも同じような恰好をした何人かの男達に気付く。


「あら、意外ですね。結構人が隠れていたのですか。……ん? あなたもドル……なんとかかんとかの人でしたっけ」

「っ――」


 リステルの姿を見た途端、彼らも表情を一変させる。

 恐怖の表情を浮かべ、一歩も動かない男達。


「まぁどうでもいいです。とりあえず、ここがどこなのかご教示いただけますか。私はグラウディアにむかいたいのです」

「グラウディア……?」


 リステルの問いに、皆は怪訝な表情を見せるだけだ。

 それを見て、リステルが肩をわずかに落とす。


「……グラウディアをご存じでないのであれば結構。とにかく、この地図でいうと、ここはどこですか」


 片手に持った地図をかざして、男達に詰め寄るリステル。

 最初は怯えたように動かない男達だったが、リステルが呆れたように手をあげて攻撃の意思がないことを示すと、おずおずとした様子で彼女に近寄ってきた。


「こ、ここは旧エクツァーだ。地図でいうと――」

「あぁあああっ! 見ろよ師匠! 女の子が襲われてるぞ!」



 ――と。

 唐突に、あさっての方向から少女の声が響いてきた。

 皆がその方向に視線を移すと――


「ドルトレット盗賊団――! 今助けますっ!」


 青い髪の少女が獰猛たる勢いで突進をしてきた。

 そして、瞬く間に――


「はい?」

「ひぃいいっ!?」


 少女がリステルの前に立ち剣を払う。

 剣の腹で叩かれ弾き飛ばされる数人の男達。

 そして一人の男の首元に、少女が剣先を突き付ける。


「動かないでください。貴方達がドルトレット盗賊団だということは分かっています。ジャンさんの言っていたことは本当だったようですね」

「ひ――」


 ひざまずいた男を見て、少女がほっと溜息をつく。

 そんな彼女を怪訝に見つめるリステル。


「はて……貴方は……?」

「スイと申します。こんなところに、なぜ?」

「なぜと問われても……私も来たくてきたわけでは……」


 そう言いながらリステルは、スイから視線をそらした。

 スイが切り伏せた男以外にも、この街にはドルトレット盗賊団がいる。

 さっき見た男達は逃げてしまったのだろうか。


「大丈夫ですか。ここは俺達に――」


 だが、それは杞憂のようだった。

 リステルの視線の先には、男達を地面に伏せさせている黒いコートを羽織った青年がいる。



 ――あ、あれ……?



 と。

 その青年の姿をみた瞬間、リステルは息をのんだ。


「っ――!? マスターッ!」

「えっ――」


 反射的に叫ぶ。

 すると、『彼』は、びくりと体を震わせてリステルの方へ振り返った。


「嘘だろ……お前は……」

「マスターッ!!」

「へ……?」


 スイのもとから、一直線に『彼』に向けて走り出すリステル。

 そしてそのまま――


「マスター! 私ですっ、貴方のリステルですっ!!」


 リステルは、『彼』に抱き着いた。


「えっ――ちょぉおおお!?」


 先ほどまでの凛とした声色はどこへやら。

 素っ頓狂な声をあげるスイ。


「え……お兄ちゃ……誰……?」

「……師匠?」


 『彼』の横にいる二人の少女が半目で訴える。

 だが、リステルの目に、そんな姿は映っていない。


「マスター! マスター!! 会いたかった――本当にっ!」

「うぐっ……ちょっ……」

「愛してます、マスター! もう離れませんっ!! 離れませんからあああっ!!」


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