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413話 滅ぼされた街

「……ふむ。なるほど。君がスイか。噂はきいているよ」


 伸ばした手をさげて、ジャンはため息をつく。


「そうか――奇妙な因果だね。この街は君みたいな人が来るところじゃないと思うけどね。奴隷館ぐらいしか見物して面白そうなものなんてないよ。それとも、レイに会いに来たのかな」

「マスター。彼女たちにはドルトレット盗賊団を引渡していただきまして……」


 若干センシティブな話題であるからか。

 レイツェルがフォローするように口を挟んできた。

 すると、ジャンは納得いったように何度か頷き、改めて俺達に視線を移す。


「ほぅ。なるほどね……うん。それはありがたいよ。なにせここら辺は治安が悪くてね。まともに出歩くやつなんて奴隷商人とその護衛ぐらいしかいないよ」

「なるほど。たしかにここに来るまでキャラバン以外の人と出会いませんでしたね」


 ――そういえば。

 ここに住む人たちは全員引きこもりでもやっているのだろうか。

 ……微妙に親近感がわくではないか。


「そうだね。ここは普通の人が住むような場所じゃない。元犯罪者か、犯罪に片足つっこんでるやつらばかりでね。まともな職につける奴らじゃない。廃人みたいなヤツも多い」


 うん。前言撤回。

 なんか関わるのがまずそうな人しかいない。


「――さて。少し話が長くなったね。盗賊団を引き渡してくれたのなら報酬を渡そう。ギルドカードはあるかい?」

「現金で受け取ることは可能ですか。手元に置いておきたいので」

「手元に? 結構な額だぞ。盗まれるリスクが大きすぎやしないか」

「それもそうですが報酬は目に見える形で渡された方が達成感がありますから。私の他にもそんな冒険者いませんか?」


 そう言いながら作り笑いをするスイ。

 カミーラとの戦い以降、スイはギルドカードを使った決済を意図的に拒んでいる。

 俺達は犯罪者として国に扱われている可能性がある以上、ギルドカードが使えなくなっているかもしれない。

 万が一を考慮してリスクを負いたくないということだろう。


「ふーん。冒険者というものは合理的な選択肢をしないものだね。まぁ構わないよ。レイツェル、処理を頼む」

「はっ」


 凛と返事をして、レイツェルが奥の方へ進んでいく。

 どうやら奥には階段があるようだ。レイツェルの姿が見えなくなると、トントントンという軽やかな音が聞こえてくる。

 訪れる沈黙。若干気まずい空気の中、耐えきれなくなったようにスイが口を開く。


「……あの、ここはマドゼラの故郷ときいたのですが」

「うん? あぁ……そうだね。それがどうかした?」

「私達はマドゼラを探しています。その居場所に心当たりはありませんか」

「へー……なに、マドゼラに挑戦でもするのかな?」

「いえ。実は私達、ラーガルフリョウトルムリンという魔物について調べています。かつてその魔物を倒したマドゼラなら、何か話がきけるかもと思いまして」

「へぇ……? それはまた珍しいね。なんだってそんな魔物のことなんて調べるのさ」

「申し訳ございません。守秘義務でこれ以上は」


 守秘義務か。なるほどこれは上手い言い訳を思いつく。

 だが少々不審がられたか。ジャンは少し眉をひそめながら言葉を続ける。


「マドゼラがその魔物を倒したのは最近の話じゃないぞ。まさか、その武勇伝をきくためにわざわざこんなところまで?」

「はい。そういうクエストですから」

「……冒険者も大変だな。しかしマドゼラとの接触はおすすめしないよ。あいつは犯罪者だ。戦闘になるおそれも十分ある」

「それは大丈夫です。分かっていますから」


 即答するスイに、ジャンが一瞬目を丸くした。


「ふーん……そこまで覚悟があるのなら、私達の持っている情報を共有しよう」

「ほんとですか? 助かります」

「はいよ。どれ……どこにあったかな……」


 と、ジャンはギルドの奥にあるカウンターの方へ足を運ぶ。

 紙のめくる音が何度かきこえくる。何かを探しているようだが――どうも手伝えるものではなさそうだ。

 

「あぁ、あったあった。これだこれ。あー……そうそう、旧エクツァーだ。旧エクツァー」


 カウンターの向こうで一枚の紙をかざし、何やら呟いているジャン。

 それを見て、セナが怪訝な顔を見せた。


「なんだよ、話がみえないなぁ」

「はは、すまないね。どうも説明するのは苦手で……ははは……でさ、君達は旧エクツァーのことは知ってるかな」

「いえ……恐縮ですが……」


 首を振るスイ。

 だがジャンは、それを見てむしろ嬉しそうに話し始めた。


「ははっ、そうだよね。エクツァーはね。昔は違うところにあったんだよ」

「違うとこ……? 街が?」


 意味が分からないと言いたげに首を傾げるユミフィ。

 俺も同感だ。ジャンを見つめて次の言葉を促す。


「そうそう。でも、君達が調べているラーガルフリョウトルムリン。そいつが現れて廃墟になっちゃったんだよね。つまり、エクツァーは一度滅んでいるんだよ。今、この場所にあるエクツァーは新しく作られたものというわけだ」

「っ……」


 皆が言葉を詰まらせる。

 俺も、そんな設定はゲームでもきいたことがない。

 もとよりレベル上げしかしていないし、そこまでゲームの世界観に熟知していたわけではないのだが……それでも、そういう特徴的な設定が出てきたらなんとなくでも覚えているはずなのだが。

 やはり、戦闘に関する知識以外は俺のゲームでの知識はあてにならないか。


「砂漠っていうのは、不便だが便利なところもあってね。森と違って食料が自給できない。だからこそ、奴隷を閉じ込めるにはうってつけの場所になる。仮に脱走しても、砂漠を超えることができずに野垂れ死ぬ――というわけだね」


 なるほど。レイツェルが言っていた『牢獄』とはそういうことか。

 この世界では犯罪を犯すと奴隷に落とされる。その犯罪者を収獄し場合によっては売却する。

 それがここエクツァーの役割だということなのだろう。


「それで、エクツァーの復興を?」

「その通り。んで、滅ぼされたエクツァー……『旧エクツァー』と呼ぶけどね、そこは廃墟にはなっているけど、どうも最近ドルトレット盗賊団のアジトになっているようなんだ」

「ようなんだって……不確かなのかよ」


 曖昧な言い方に不満げに言い返すセナ。

 それを見て、ジャンが苦々しく笑みを浮かべる。


「はは、そうだね。もともと、ドルトレット盗賊団、エクスゼイドの南西やハーフェス山岳あたりに出現するという報告はあったけど……転々としていて、どこにアジトがあるのか分からなかった。でも、なんか最近、急に盗賊団が集まりだしたらしくてね。噂だと、アジトが壊滅して逃げたとか、かんとか」


 まぁ……盗賊団なんていうぐらいだ。

 ずっと同じところにいたら捕まってしまうだろうし、情報が曖昧なのは仕方ないだろう。


「もしかして……メイド……?」


 ふと、ユミフィが俺を見上げながらそうぼやいてきた。

 そういえば、俺達が捕まえた盗賊団は化け物じみた強さのメイドにアジトを荒らされたと言っていたっけ。

 そして、そのメイドはマドゼラすらも倒したという。


「ん? なんのことだい」

「……んーん。なんでもない」


 話がみえないと言いたげに、首を傾げるジャン。

 どうやらその話は、まだ把握できていなかったらしい。

 とはいえ、ユミフィが俺の後ろに隠れ人見知りモードを全開にしている状況でユミフィに話をきくのは無理だと思ったのか。

 ジャンは、俺に視線を移して話し続ける。


「まぁ、とにかく……マドゼラがいるかは分からないけど、ドルトレット盗賊団を探すなら旧エクツァーに行ってみるといい。盗賊団を引き渡すか、盗伐してくれれば報酬も出すよ」

「なるほど……わかりました。ありがとうございます」


 正直、ここまで具体的な方針を得ることができるとは思っていなかった。

 レイツェルに出会えたのはかなりラッキーだったというべきだろう。

 と、そんなことを考えていると階段の音がきこえてきた。


「……お待たせしました。今回の報酬です。金貨五枚」

「どうもありがとうございます。助かります」


 レイツェルから金貨を受け取ると、スイは二人に頭を下げる。

 すると、ジャンは軽やかに笑って言葉を返してきた。


「はは。こちらこそだよ。ドルトレット盗賊団にはまいっているからね。懲らしめてくれてありがとう。奴らも奴隷になって反省してくれればいいんだが……」

「かつて――王都アルドベーファを守護していた将軍ゼノベレアは言った」


 そんな時だった。

 俺達の背後から、違う男の声が響く。

 気取ったような、ねっとりとした……それでいて渋い男の声。


「『至高なる者は、そうあるべくして、輝きを手に入れる。愚劣なる者は、そうあるべくして堕ちる』」


 いつの間に、そこにいたのか。

 シルクハットをかぶった壮年の男がエクツァーギルドの扉に立っている。

 ユミフィが俺のコートを掴む力を強めてきた。


「故に。堕ちた者へ馳せる思いなど無駄。……そう言ったのは貴方ではないですかな、ジャン殿」


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