412話 エクツァーギルド
夜が明け、砂の丘を越え続けること数時間。
日が落ち始め、砂が橙色に染まってきた時、ようやく俺達の目に街らしきものが映ってきた。
「くぁーっ……やっと到着かぁ……」
セナのだれきった声が耳に入ってくる。
俺の後ろにいるユミフィも、寝ることにすら疲れたといわんばかりにぐったりしたまま動かない。
「うぅー……おにぃ……ぅぅ……」
「さすがに疲れましたね。でも、もうすぐですよ」
こうした長時間の移動には慣れているだろうスイも疲労の色が隠しきれていない。
――この調子じゃ、帰りも大変そうだな……
トワがいた時も、行ったことのない場所に向かう時には、こうした移動をしていた。
しかし、これほどまでに強烈な陽の光を浴び続けながら移動したことはない。
馬車と違って、直に生き物に乗り続けるのも体力を使う。
「はぁ……トワがいてくれたらな……」
そんなことを言ってもどうしようもないのだが。
ついそんなことをぼやいてしまうと、ユミフィが後ろから話しかけてきた。
「お兄ちゃん、寂しい?」
「え?」
「トワのこと、好き?」
俺に寂しいかと問いかけるユミフィ。
だが、ユミフィの方こそどこか寂しそうだ。
そんな彼女を見ていると、つい頭を撫でたくなる。
「……ふふっ、そうだな。でもユミフィがいるから寂しくないよ」
「ん。そっか。ならいい。嬉しい」
僅かに頬を緩ませるユミフィ。
相変わらず殆ど表情は変わらないが――最近は、それでもユミフィの笑顔をはっきりと認識できるようになってきた。
「コホンッ、リーダー。そろそろ着きますよ」
ふと、スイが咳払いをして注意を促してくる。
彼女の言う通り、街の門が見えてきた。
「ここがエクツァーか……」
†
エクツァーの門をくぐると、砂色の煉瓦で組み立てられた数々の建物が俺達を出迎えてくれた。
街の中には何匹かの狼がうろついている。……番犬代わりとうことだろうか。
何度か俺達をじろりと見たものの、興味を失ったように視線を移す。
奥に進んで広場にでると、キャラバンの人たちが次々にラクダから降りはじめた。
どうやらラクダを預ける施設があるらしい。俺達もそこに向かう。
「さて。ここでこのキャラバンは解散ですが……貴方達には、ドルトレット盗賊団を引渡していただきました。エクツァーギルドとして報酬を渡す必要がございます。よろしければギルドまでご足労いただけますか」
ラクダを引渡した後、俺達の背後から丁寧な事務的な声が響いてきた。
……レイツェルだ。
スイが許可を求めるように一度俺に視線を移した後、頷く。
「分かりました。エクツァーギルドはどちらに?」
「ご案内いたします。私もギルドに戻るので。よろしくどうぞ」
腕を前で組み、綺麗にお辞儀をするレイツェル。
そのまま振り返る彼女の姿はとても優雅だ。
そんな彼女に案内に誘われるように、俺達は彼女の後をついていく。
広場から、裏道のような場所を進み、もう一度開けた場所へ。
周囲に並ぶ建物のつくりも変わってきている。
どうやら、もともとここは大きな岩がいくつもあったらしい。
その岩を削り、建物として使っているようだ。
「なんかここ……ガルガンデュールに似ているな」
ふと、セナの故郷のことを思い出す。
緑は殆どないものの、建物の雰囲気がなんとなく似ているのだ。
「あ、師匠もそう思うか? なんか懐かしいなとオレも思ってたんだ」
セナがそう言いながら嬉しそうに周囲を見渡している。
どうやら自分の感性は、そう間違ったものではなさそうだ。
とはいえ、ガルガンデュールの方が、建物が綺麗に削られていたような気がする。
ドワーフといえば、数々のファンタジーで鍛冶や工芸を得意としている種族だ。
技術力の差が出ているのかもしれない。
「ガルガンデュール? 聞いたことのない名前ですね。ご出身地ですか」
と、前をいくレイツェルが話しかけてきた。
今まで淡々と進んできた彼女からの言葉に、やや驚いた様子で答えるセナ。
「ん? あぁ、そうだよ。ちょっと遠いとこな」
「なるほど。貴方達は、スイ様とはまた違った不思議な雰囲気をお持ちですものね」
「へー、そんなものか?」
「……えぇ。あまり例をみないようなマナの流れ方をしています。特に――」
ふと、レイツェルが俺の方に視線を移す。
心の内側まで見透かしてくるかのような鋭い視線だ。
「貴方。何か特別な装備をしているのでしょうか? 流れているマナの量が全く把握できないのですが」
「え、俺ですか?」
「はい。正直な話、私は貴方が怖い。……もしかして、スイ様より強いのでは」
「っ――」
言葉が出なかった。
もしかして、なんて言い方をしているがレイツェルの表情は、質問をする時のものではない。
明確に確信を得ている時の表情だ。
「……いえ、詮索は失礼でしたね。さて――こちらです」
だが、レイツェルは、あっさりと俺から視線を外すと、横にある建物を指さした。
「……え?」
そんなレイツェルを前に、スイが頓狂な声をあげる。
それもそのはず。レイツェルが指さした建物は、とてつもなく地味なものだったからだ。
それこそ、街はずれにあるつぶれかけの商店のような――そんなところだ。
「あの……あそこは違うのですか? 私、ギルドはてっきりあちらだと思っていましたが……」
スイが指さした先には、館と思われるシルエットをした建物がある。
ここからだとよくは見えないが相当な高さなのだろう。おそらくエクツァーの中で最も大きな建築物かと思われる。
「ふふ。あの目立つところは奴隷館です。エクツァーギルドは、ここなんですよ」
「奴隷館……」
「牢獄も兼ねているので、結構な大きさがあるのです。興味があれば奴隷を買ってみてはいかがですか。エクツァーにくる唯一の理由は、それですからね」
そうは言ったものの、レイツェルは奴隷館の方を見ようともしない。
ただ淡々とエクツァーギルドの扉を開けて中に入っていくだけだ。
多分……なんとなく感じているのだろう。
俺達が奴隷なんて買う目的でここに着ているわけではないことに。
「ただいま戻りました。マスター」
「やぁ。レイツェル。戻ったか。――ん?」
中に入ると、奥のカウンターから一人の男がこちら側に歩いてきた。
中年の男だ。よれよれのポンチョを羽織り、寝ぐせだらけの髪。整っていない無精髭。
だが――その瞳だけは、不気味なほどに強く、鋭く輝いている。
ギルドという割にはその男しかいない。
田舎のトーラですら、ギルドにはそれなりに人が集まっていたのに。
本当にここがギルドなのか疑いたくなるほどに地味な場所だ。
「おや、珍しいね。冒険者さんかい」
そう言いながら男は、俺達の方へ微笑みながら近づいてきた。
若干慌てた様子で寝ぐせをなおしている。
「ようこそ。ここはエクツァーギルドだ。私はここのマスターをしている。ジャン・サーヴァルトという。よろし――」
そう言って手を伸ばしてくるジャン。
だが、スイを見た瞬間、その動きが硬直した。
察したように、スイがため息をつく。
「もしかして、私の母のことをご存じなのですか?」