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411話 豹変

 レイツェルから話をきいた後、俺達は自分のテントに戻りシャワーを交互に浴びていた。

 ――ただ、スイを除いて。


「お、師匠。お帰りー」

「ん……お兄ちゃん……」


 既にシャワーを浴び終えているユミフィとセナは、それぞれネグリジェに着替え終えていた。

 ……だが、スイの姿はない。


「スイは帰ってきてないか……」

「そうだな……ま、スイなら襲われることはないと思うけど」

「ん……」


 俺の問いかけに、二人はやや表情を曇らせてそう答える。

 テントに戻ってくるやいなや、スイは剣を担いで外に出て行ってしまったのだ。



『少しだけ剣を振ってきます。集中したいので……大丈夫です』



 レイのことをきいたせいだろうか。

 スイの雰囲気が妙にピリピリしているように見える。

 本当のことを言えばスイを一人にしたくはないのだが――今は、そっとしておいてやるべきだろう。


「はいはい。二人とも顔暗いぞー。ほら、師匠。これ」


 ふと、スイのこと考えていると、セナが明るい声と共に一つの瓶を取り出してきた。


「ん……これは?」


 この世界の文字で何かが書かれているが――相変わらず何が書いてあるのかさっぱりだ。

 そんな俺をフォローするように、セナがすぐに説明をしはじめる。


「『リジェネリリー』っていうらしいぜ。師匠がシャワー浴びてる時、買ってきたんだ。すぐそばに取引場みたいのがあってさ。そこで」

「買った……? え? お金は?」

「お金、ここ」


 と、ユミフィが重量感のある革袋を持ち上げて俺に見せてくる。

 お金の管理はスイがしていたはずだが――なんだこの量は。


「スイが置いていったんだよ。使っていいって言ってたの、きいてなかったのか?」

「あ、そうだったのか……」


 正直、全然きいていなかった。

 スイの表情ばかり気になってしまって――


「商人さん、外。優しい人、いたよ?」

「ふーん……物騒な感じじゃなさそうだったか?」


 このキャラバンは大丈夫だとは思っているが――ログエッドで、拉致なんて言葉をきいてしまった手前、気にはなってしまう。

 すると、セナがそれは杞憂だともいいたげにニッと笑ってきた。


「優しいというか……若干オレ達に恐縮しているみたいだったな。レイツェルがここのリーダーだからかな」


 なるほど……そのレイツェルに招かれた俺達に襲い掛かるやつなんて、万が一にもいるはずがないか……

 というか、そんな野蛮なことを考えていようものならレイツェルによって一瞬で奴隷に堕とされそうな気がする。


「色々、くれた。これ、あうみたい」


 と、そう言いながらユミフィがもう一つ革袋を持ってきた。

 中から取り出したのは――チーズだろうか?


「ほら、師匠。どーぞ」

「あ、あぁ……」


 テントの床に敷かれたシートには、いつのまにか小さな木箱が置かれていた。

 それをテーブル代わりにして、セナがグラスを並べ、瓶の中身を注いでいる。


「スイのこと、考えてるのか?」

「え――」


 ふと、唐突にきかれたその問いに、俺は言葉を詰まらせた。

 すると、セナはからかうように笑いながらグラスを俺に手渡してくる。


「はは。やっぱり。いつも皆のことで悩んでいるのは相変わらずだな」

「ん。私達も、心配。でも……スイ、今は一人の方、いい」

「あぁ……そうだな……」


 気を遣わせてしまったのだろうか。

 この二人には少し前にも結構かっこ悪いところを見せてしまったが――それでも若干気恥ずかしい。


「師匠がそう悩むことの方がスイにとっては辛いことだと思うぜ。……ほら、オレ達の前でぐらい気軽にいてくれよ。な?」


 そんな俺の内心すらも見透かしたように、セナが笑う。

 ……ユミフィほどではないとはいえ、見た目は年相応の少女なのに、まるで俺のことを引っ張ってくれる姉のような雰囲気だ。


「ん、綺麗……」

「だよな。結構人気らしいぜ、これ。安くて、味もいいんだってさ」


 そんな二人の様子を見て、俺もグラスの中に注意が向く。

 注がれているのは、赤ワインのような液体だ。匂いをかいでみると、お酒ではないようだが――


「ほい。乾杯!」

「かんぱ……?」


 セナの声に、ユミフィがきょとんと首を傾げる。

 そんなユミフィの手をとり、セナが二つのコップを合わせた。


「こうするんだよ。ほら」

「あ……」


 鈴のようなコップの音。

 続けて俺とも乾杯をすると、セナがニッと笑ってコップに口をつけた。


「じゃあ飲もうか。……へぇ、おいしいな」

「ん。マスカット……? おいし……」

「んあーっ! ほんとだっ。いい感じじゃん! うまっ――んくっ」


 なるほど。派手な赤からは想像つかないような、割とさっぱりした甘さだ。

 まるでジュースのようだし、これならユミフィでも飲めるだろう。


「チーズも、おいしい。これ、のび……んむ……」

「はは、服についちゃうぜ、それ。ほら……」

「んむうー……ん……」


 ユミフィの口元をふきながらチーズを食べさせるセナ。

 まるで姉妹のような微笑ましさだ。

 見ている方も、思わず頬が緩んでしまう。

 特に熱しられているわけでもないのに口にいれた瞬間、綿のようにとろけるチーズも絶品だ。


「セナ、すぐに飲んだ。おかわり……いる……?」

「あぁ……そうだな。結構うまいし、もらお……」

「んむ。私も……」


 あっという間に二杯目を注ぐセナとユミフィ。

 そのペースも頷けるぐらい、おいしくて――


「へへ……これ、おいし……」

「あぁ……いいな……うん……」


 ――あれ?


 気のせいだろうか。

 妙に二人の顔が赤い気がするのだが――


「んくっ、ごくっ……ふふ……おかわり……セナ、いる……?」

「へへ……当たり前だろ……えへへ……ん、んっ……」

「お、おい……?」


 二人が若干虚ろな目をしながら三杯目を注いでいるのをみて、俺はようやく異変に気付いた。

 よろよろと揺れた二人の体からは、通常ではありえないような熱気に満ちている。


 ――もしかして……これ、酒……?


「んんん……んぅう……! んぅー……」

「へへへ……うま……おかわい……へへ……」

「お、おい! 待て!」


 俺は全く酔いを感知していないし、アルコールのにおいも全くないのだが――この様子だと間違いない。

 慌ててセナの手をつかみ、瓶を取り上げた。


「んぅー……お兄ちゃん、もっと……」

「うあぅ……ずるい、ししょー……ひといじえ……」

「なんか変だぞ! しっかりしろって!」


 二人の目は、どこか焦点があっておらず、見ていて不安になってくる。


「しっかり……してる! だから、だっこ……」

「は? ちょっ――」


 そんな俺の葛藤なぞつゆ知らず。

 ユミフィは、何の前触れもなく、俺の腰に頭をうずめ込んできた。


「んーうぅー! うー……」


 きいたことのないような甘い声を出しながら、ユミフィが頭をこすりつけてくる。

 だが――いつも無表情で、淡々とした声を出すユミフィがそれをしているのを見ると……正直、狂気を感じてしまう。


「ど、どうしたんだって――おい!」

「だっこ。だっこおー……うぇええん……」

「え、え? なんで……ナンデ?」

「ぇえええ……」


 いきなり泣き出すユミフィを前に、思考が白に染まっていく。

 ふと、首の周りをセナの腕が包み込んできた。


「うぅー……ししょー……アイネばっか、ずるいだろー……ユミフィばっか、ずーるーいーだーろー!」


 赤い顔で俺の肩に顔をのせてくるセナ。

 うるんだ瞳でじっと俺を見据えてくるセナは、いつもの何倍も女の子らしくて――


「オレにだって、なんかしてくれたっていいじゃないかー」

「いや、まて……落ち着けって……うぁ!?」


 くすぐるような甘い声と共に、セナが俺に寄りかかってくる。

 思わず、それに押し倒されるような形で後ろに倒れ込んでしまった。



「リーダー……?」



 と、そんな時。

 上からなじみのある声がきこえてくる。


「な……なにして……?」


 強張った顔で、俺のことを見下ろしているスイ。

 体にまとわりつく女の子二人を見て、後ずさりしたように見えたのは気のせいだろうか。


「……あ、スイ……これは……」

「あ、すいません……お邪魔、ですよね……?」


 明らかに無理して作ったような顔で、スイが笑う。


「ちょっ、違っ――待ってくれっ! 違う、これは――」

「いえ、その……大丈夫です! ちょっと外しますので。すいません! お邪魔しましたぁああっ!」

「ス、スイッ――! スイィイイイッ!」


 その叫びもむなしく。

 スイの姿は、一瞬の間に俺の視界から消え去った。


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