410話 スイの母
「レイはエクツァーギルドに所属する剣士です。そして、ギルドが把握している中で最強格の剣士でもある」
真顔ではっきりといい放つレイツェル。
皆が若干気圧されるなか、スイが声を漏らした。
「最強……ときましたか」
「はい。奴隷という身分のため、大陸の英雄とは異なりレイの名は国が意図的に隠しています。エクツァーに集まる者の中には、何人かその存在を知っている人もいるのですが……彼らは半ばならず者です。表立って大陸に名前が知れ渡っていることはないようですね」
大陸の英雄はスイを含め八人いるときいているが、レイツェルの言い方だとそこにレイは含まれていないということか。
……まぁ、もしそうだとするなら、スイが今までレイのことを知らなかったわけがないのだが。
「ただ、そのレベルは――140。あのヴァルト・ベルベデク様と互角の強さを誇ります」
「――!」
その言葉に、スイがハッと息をのんだ。
相変わらず大陸の英雄と言われても俺を含め他の皆にはピンときていない。
そんな俺達に対して半ば解説するように、スイがレイツェルに対して確認する。
「ヴァルト・ベルベデクといえば……現ロイヤルガード一番隊隊長ですよね……?」
「はい。公式には残っていませんが、レイは何度かヴァルト様の個人的な挑戦を受け戦っています。その結果は……レイが勝ったとか」
「…………」
その言葉に、スイが絶句する。
それほどまでに凄いことなのか――そう疑問に考えていることが伝わったのだろう。
スイは俺達の方に視線を移し、小さな声で話しかけてきた。
「ロイヤルガードは王族直近の近衛兵です。その一番隊は、国が把握する中でトップクラスの実力者が所属しています。一番隊隊長には――文字通り、大陸最強の人間が選ばれるんです」
「えっ……そんなヤツに勝ったってことか? それって――」
セナが言葉を詰まらせていると、レイツェルがやや言いづらそうに話し始めた。
「ヴァルトいわく、レイこそが大陸最強の剣士だと……ただ、それを国が認めるわけにはいかなかったのです。レイは夫とともに王の財産を横領しました。そんな大罪人が王が最も信頼する英雄に勝ったという事実などあってはならなかった。だから、その記録は公式には残っていません……申し訳ありません……」
そう言いながら頭を下げるレイツェル。
それを見て、スイが慌てて手を振り始めた。
「ちょっ――別に謝ることではないですよ。顔をあげてください……」
たしかにスイの言う通り、別にレイツェルが謝るような話には聞こえない。
だが、レイツェルは申し訳なさそうな表情を崩さなかった。
「……いえ。なにを隠そう、レイに奴隷呪術をかけたのは私ですから」
「――!?」
ふと、スイの表情が凍り付く。
数秒の沈黙の後、ユミフィがおずおずと俺の服を引っ張ってきた。
「奴隷呪術って……?」
「えと……」
俺に聞かれてもよく分からない。ゲームにはそんなものはなかったのだが――
「その名の通りです。奴隷は主人の命令に絶対服従。その誓約を呪術として刻み込むのですよ」
淡々とそう言い放つレイツェルに、ユミフィは若干怯えているようだった。
俺の背中に隠れるように回り込む。
「レイは強く……彼女を奴隷にするためには十人以上もの呪術師が必要でした。エクツァーには奴隷魔術に精通した呪術師がいますので、連れてこられたのです」
「でも、母が奴隷におとされたのは十年も前のことじゃ……? それだと……」
レイツェルの顔を見つめながら、スイが震えた声を出す。
レイツェルの見た目は若い。もし、彼女がカミーラのような特殊なタイプの人間でないとすれば――
「そうですね。当時、私は十代でしたが……呪術師としての才覚がみこまれていましたので……」
「…………」
なんともいえない複雑な表情をみせるスイ。
レイツェルも同じような表情で話しを続ける。
「亡き夫に捧げた貞操を守りたかったのでしょう。レイは、奴隷呪術を受けた後も、性奴隷としての命令だけは拒んだのです。それこそ命を落としかねない痛みに耐えながら……その結果、レイは記憶を失っているようでして。おそらく、スイ様のことも……」
「――そうですか。わかりました」
と、レイツェルの言葉を若干遮るように、スイが言う。
やや呆気にとられたような表情を見せるレイツェル。
「あの……それだけ……でしょうか? 貴方のお母さまは……その……もう……」
「仕方ないですよ。犯罪者ですから。私の両親は」
あっさりと――冷たく言い放つスイ。
感情を押し殺している時に出す、ある意味聞きなれた声だ。
「……だから、仕方ないんです。親のことは、私もよく覚えていないから……別に、貴方を恨むとか、そんな気持ちはありません」
だが、すぐにスイの声に柔らかさが戻ってきた。
レイツェルを恨んでいないのは本当なのだろう。
だが――
「あの、さ……スイ。一応――」
「いいんです。記憶がないのなら仕方ないですよ。会いに行く意味はありません。私だってどんな顔して会えばいいか分からないですし……」
そう言って苦笑いをうかべるスイを見ていると何も言えなくなってしまった。
まぁ……親に会うのは正しいことだとか、親に会えば幸せになるとか――そんなことを俺の口から言うことはできない。言うべきでもないだろう。
ふと、スイがパチンと手をたたき、明るく作った声をあげた。
「それよりもマドゼラです。私達の本来の目的はそこですから」
「あら……そうなのですか? もしかしてドルトレット盗賊団と因縁が?」
そう問いかけるレイツェルに、セナが頭の後ろで手を組みながら答える。
「因縁というほどでもないんだけどさ。オレ達、マドゼラってやつを探しにここにきたんだ。ちょっときいてみたいことがあって」
「ふむ。マドゼラは、エクツァーギルドが敵対視している人物です。最近はバークト森を荒らしているときいていますが……」
それを聞くと、スイが眉をひそめた。
「バークト森と言えば、ラグナクア砂漠の南ですよね……うーん……そうなるとエクツァーに行っても……」
「不確かな情報です。それに、最近は、またラグナクア砂漠で活動を始めたようで……行商人やキャラバンの被害が増えてきたと報告があがっていますね」
「なるほど……エクツァーにいけば、そのあたりの情報は分かりますか」
「はい。それはもちろん。スイ様であれば、マドゼラと互角に戦えるのではないでしょうか」
「はは……どうでしょう。私のレベルは95ですから……」
気まずそうに苦笑いを浮かべるスイ。
マドゼラのレベルは分からないが、スイとそこまで実力差があるものなのだろうか。
それにスイのレベルだって、上がっている可能性も――
「まぁ、それはさておき……今日は、ありがととうございました。母の話、少しでもきけてよかったです」
と、スイがそう言いながら頭をさげる。
それに対して、レイツェルは、若干複雑な表情を見せていたが、すぐに優しく笑みを返してきた。
「とんでもないです。今後ともよろしくどうぞ」