409話 レイツェル
砂漠を進み日が落ち始めた時間帯。
キャラバンは歩みを止め、各々がテントを張り始めた。
もともと大所帯なこともあり全員分を見渡してみると――
「へー。こうなると、なんか村みたいだな」
ふと、俺が思っていたことをセナが代弁してくれた。
単にテントが張られているだけとはいえ、ところどころに置かれたカンテラが照らすこの景色は、ここがもともと人が住んでいた場所であったと錯覚させる。
「…………」
そんな中、俺達も自分のテントを張り終えると、スイは小さくため息をついた。
眉間にしわを寄せた彼女の顔は、少々強張っている。
「スイ。どうしたの……?」
「えっ――」
はっとした様子でスイが顔をあげる。
「あー……なんか怖い顔してたぞ。どうしたんだよ」
「そうですか……えとですね……顔が知られてるのが気になって」
そう言いながら苦笑いをうかべるスイ。
少し過敏に気にしすぎだとも思うが――
「スイは有名人なんだろ。それはおかしいことじゃないんじゃないか」
「うーん……まぁ、そうなのかもしれないですけど。ただ、私の居場所がばれるのってそんなによくないというか……ほら……カミーラのことが……」
――まぁ、たしかに。
だが、レイツェルの態度を見ると、少なくとも彼女には犯罪者扱いされているようには見えない。
やはり、カミーラは俺達のことを報告していないと考えるべきだろうか。
「それに、大陸の英雄って呼ばれる人たちは皆レベル100を超えているし……私は他の人と比べるとそこまで有名じゃないと思うんですよ。ラグナクア砂漠には初めて来たのですが……それでも顔を知られているって――」
「ふふ、とんでもない。スイ様の実力は、私どもも耳にいれていますよ」
と、通りのいい声をかけてきたのはレイツェルだった。
体をびくりと震わせ、スイが振り返る。
そんなスイを見て、レイツェルは申し訳なさそうに頭を下げた。
「失礼。ただ――十代でありながら現役のロイヤルガードよりお強いとのことで……尊敬の念に堪えません」
「いえ、そんな……」
恐縮したようにスイも頭を下げる。
若干気まずそうにしているユミフィとセナ。
そんな空気を察したのか、レイツェルは事務的な笑顔を見せてきた。
「いえ、失礼いたしました。私はこれで」
「あ――」
と、踵を返すレイツェルにスイが声をかける。
立ち止まるレイツェル。
スイがちらりと俺の方を見てくる。
――なんとなく、意図を察し頷くと、スイは、おそるおそるといった感じでレイツェルに話しかけた。
「あの……レイって人、ご存じですか……?」
それをきいて、レイツェルが少しだけ眉を動かした。
多少なりとも動揺しているのだろうか。はっきりとは分からないが、微妙に流れる沈黙が彼女の緊張を表している。
「……えぇ。存じ上げておりますよ」
やがて、覚悟を決めたようにレイツェルが声を放った。
少しだけ低くなった声。
それをきいて、スイが俯く。
「そ、そうですか……」
そのまま数秒間、再び沈黙。
するとレイツェルは、優しく微笑むと、スイの肩に手をおいた。
「ここで話す内容ではないかと思います。もし、ご興味がおありでしたら、場所を変えましょうか」
†
「さて、どうぞ。殺風景な部屋ですが」
「っ――」
レイツェルに導かれ、彼女のテントに入るやいなや――俺達は息をのんだ。
奇妙な形の壺と、ゆらりと揺れる蝋燭の炎。
墨に置かれた棚には、不気味な緑色の液体が入ったフラスコが並んでいる。
「なに、これ……」
陰湿な雰囲気にまみれた空間に、ユミフィがやや怯えた声を出す。
すると、レイツェルは苦笑いをうかべて話しかけてきた。
「失礼。あまり見ていて気持ちの良いものではないですよね。ただ、他に適切な場所が思いつかないものでして」
レイツェルがここのキャラバンのリーダーだからだろうか。
俺達を含め、他の人のテントとはやや離れたところに、レイツェルのテントは張られていた。
その大きさもかなり大きく、とても一時間弱でたてられたものとは思えない。
たしかに、ここなら他の人にきかれる心配はなさそうだ。
「さて。この度は、ドルトレット盗賊団の討伐をしていただき誠にありがとうございました」
「いえ……それは別に」
スイが素っ気なく返すものの、レイツェルは深々と頭を下げる。
「ギルドとしては、盗賊団の存在を許すわけにはいかないのですが……エクツァーには、ドルトレット盗賊団の存在を容認する者が多く、私としては困っているところでして。助かりました」
「はい……」
心ここにあらず、といった感じで答えるスイ。
上着をたたんで、レイツェルが話はじめる。
「さて、前置きはともかく……レイのことですね。単刀直入におききしますが、スイ様は、レイのご息女ということでよろしかったですか」
「分かりません……一昨日、偶然その名前をきいて。エクツァーで奴隷をしているときいたので、もしかしたらと……」
もしかしたら――と口では言っているが、もう確信せざるを得ない。
スイの両親は、もともと貴族だったと聞いている。
フレイナというのが貴族の名前だというのなら、その名を有する奴隷がそう何人もいるはずがない。
「私は確信しております。スイ様は、あまりにもレイとよく似ている。貴方は間違いなく、レイの娘です」
加えて……二度目の指摘だ。
特に驚いた様子もなく、スイは淡々とレイツェルの次の言葉を待っている。
そんなスイの態度を見て、むしろレイツェルは安堵したような表情を見せた。
「一応、機密という扱いなのですが――まぁ、事実上知る人は、多いのでいいでしょう。私の知るレイのことをお話しますね」