40話 用語説明
と、アインベルが俺にといかけてくる。
「え?」
「なぜ戦えないふりをしていた。今の話が本当であれば、お前のレベルはいったいいくつなのだ?」
意味が分からず首をかしげている俺に、畳み掛けるようにアインベルが質問を重ねてくる。
しかし、それに対しては答えようがなかった。
そりゃそうだろう。俺は別に力を隠してなんていなかったのだから。
敢えて自分のレベルを予想するなら200ということになるが、そんなことを言ってもこの世界では突拍子もない数字だということで信じてもらえそうにない。
「分かりません……俺は本当に知らないです……戦えないふりなんてしていません……」
「しかしだな……」
アインベルがうなり声をあげてしまう。
……あまり信用されていないようだ。
まぁ、これについては仕方ないというべきか。
もともと俺は身元が不明である等、不審なところがあるしアインベルの側から見るとかなり不気味な存在に見えているのかもしれない。
そんな俺をフォローするようにスイが声をあげてくれた。
「あの、彼の言うことは本当だと思います。初めて会ったとき──ぁ」
しかしそこまで言いかけてスイが言葉を詰まらせる。
なんとなくスイが言いたいことを察した。
俺が本気で怯えていることを伝えることが俺に恥をかかせると思っているのだろう。
こんな状況でも律儀なやつだな、と呆れ半分、感心半分で俺は代わりに言葉を続ける。
「俺はスイさんに助けてもらいました。本当に殺されると思って何もできませんでした……その、アーマーセンチピードに……」
アーマーセンチピードはアイネも圧勝することができる魔物だ。
その魔物に本気で怯えていたのだ。アイネが勝てなかった相手に勝つ力を持っていると認識しているはずがない。
スイは少し申し訳なさそうに俺にアイコンタクトを送った後、俺にフォローを入れてくれた。
「私の感想を言わせてもらえば、演技ではなかったと考えます。彼は本当に隠すつもりが無かったのでは」
「どういうことなんだ、意味が分からん……」
「すいません……」
俺自身も意味が分からないのだからアインベルはもっと混乱していることだろう。
と、アイネが、こほんと咳払いをして注意を集めた。
「なーんかさっきから空気おかしくないっすか? 新入りさんが責められているようにもみえるんすけど。例え力を隠してたとしても実際ウチらを助けてくれたし別にいいじゃないっすか」
「いや、そういうわけではないのだが……しかし……」
アイネの言葉にアインベルは沈黙してしまう。
なんとなく推測するに、アインベルはギルド長としての立場もあるからそこで働く者のことはしっかりと把握しておかなければならないのではないだろうか。
それだけに得体のしれない力があるとわかった俺の事は無視できないのだろう。
俺をかばうような言い方をしてくれたアイネに感謝しつつアインベルにも少し同情してしまう。
これではアインベルが悪者だ。
「あの。質問を返すようで申し訳ないんですが……『完全無詠唱』とか『ダブルクラス』ってなんですか?」
ふと、俺は唐突なのを理解した上でそのような質問を投げかけてみた。
正直、自分の知らない単語がぽんと出てくると困ってしまうところがある。
話題をそらす意味も兼ねて、ゲームでは聞いたことのない点について知っておきたい。
「……本当に知らないのですよね?」
俺の質問に対し、本当に知らないのかと言わんばかりに俺を見つめたまま硬直する三人の中で、スイが沈黙を破ってくれた。
「剣士の私が魔術師の貴方に話すのも気が引けるんですけどね……」
俺が頷いて反応するのを見るとスイは少し眉を傾けながらため息をつく。
「先ず、『完全無詠唱』とは呪文も魔法名も詠唱しないで魔法を使うことです。魔法を使う際には魔力を外に発動できるように練り上げ、具現化する必要があります。その手助けをするのが呪文や魔法名の詠唱です。ここまでは分かりますか?」
「はぁ……まぁ、なんとなく……」
魔法がどのように発動していたかなんて初耳だ。
──呪文? カッコイイ言葉を羅列するやつかな?
ゲームではただゲージがたまっていくだけだったのに。
魔法名は分かるが呪文なんてものがあるのか、と驚く。
しかし、今まで三回魔法を自分で発動していただけに、なんとなくだがスイの説明は理解できた。
確かに魔法が発動するまでの間に、自分の中で何かが固まっていくような感覚があった。
おそらくアレが、魔力が具現化しているということなのだろう。
「一般的に無詠唱と呼ばれるのは呪文を詠唱しないで魔法を発動させることです。ここまでは凄腕の魔術師であり、かつ使う魔法が初級魔法であれば可能だと聞いています。しかし魔法名――というか、魔法に限らずスキルの名称を唱えることはマナの具現化のためにほぼ必須と言われているので、これを省略して魔法を発動させるのは……もう歴史に名を残すような伝説級の魔術師でなければできないことかと……いや、そんな人歴史にいたのかすら怪しいですけど……」
おそるおそるといった感じで言葉を続けていくスイに俺は苦笑することしかできなかった。
──伝説級か、大きく出たな。
俺のレベルはやはり200なのだろうか。
ゲームでも無詠唱の敷居はそれなりに高い。レベルのカンストが殆ど必須になるのだ。
サーバーの中でも数個しか存在しないような超級レアアイテムがあればレベル160ぐらいから達成することができるのだが……
俺はプレイ時間にものを言わせてレベルを上げてゴリ押しするタイプのプレイヤーだったため、そういった類は持っていない。
あれは入手するのに運が非常に絡んでくるし大人数の仲間が必要になるため一人の人間がいくら努力しても入手するのは現実的ではないのだ。
だがレベルを上げて現実的に手が届くラインで、最終装備と呼ばれる装備をそろえていけば十分に達成することができる。
──あれ? 今更だが装備ってどうなっているんだ?
俺の今の恰好を見るに魔術師のコートは着用しているがこれは防具というより、魔術師になった時に配布される衣装というか、いわば制服のようなものだ。
そもそも、武器すら俺は持っていない。アイテムもない。
「では次に『ダブルクラス』の説明ですが……」
と、スイのその言葉で俺は我に返った。
どうせ考えても分かることではないし、とりあえず後回しにしておくべきことだろう。
今までの思考を断ち切って首を縦に振ってスイの言葉を促す。
「これはその名の通りです。二つのクラスのスキルを使うことができる人をそのように呼びます。例えば師匠は剣士と拳闘士のスキルを使うことができます」
「そうそう、新入りさんの場合は魔術師と修道士ってことになるんすかね」
「なるほど……」
この部分は完全にゲームと違っていた。
ゲームでは自分が選べるクラスは一つだけで同時に二つのクラスのスキルを習得する事など不可能だったからだ。
「ダブルクラスの人間はかなり数が限られます。どのクラスになれるかは先天的な適正がかなり大きく響きますし、スキル習得のためにも二足のわらじは履けませんからね……ちなみに私もアイネも、ダブルクラスではありません」
残念ながら、と苦笑するスイ。
「じゃあ三つ使えればトリプルクラスとか……?」
修道士のスキルも使えたのだからもしかしたら他のクラスのスキルも使えるかもしれない。
そう考えてスイにそう質問を投げかけてみた。
「……そういうのかもしれませんが、そんな人は歴史上記録に残っていません」
「そんな冗談みたいな人がいたら見てみたいっすねー。まぁ、さっきの新入りさんの魔法もそんな感じだったっすけど」
ははは、と笑うアイネ。スイも同じく乾いた笑みを浮かべている。
とはいえ、修道士について俺はレベルをカンストさせているがメインキャラのように扱っていた記憶は無い。
そんなクラスの魔法が使えるのならば他のクラスのスキルも使えると考える方がむしろ自然なのではないだろうか。
──この点については実験してみる必要がありそうだ。
「どこかには居るかもしれんがの。さて、話を戻すか。……お前のレベルはいったいいくつなのだ? どうも普通じゃないと見える」
と、アインベルが俺に話しかけてくる。
無詠唱……スイの言葉で言うなら完全無詠唱を達成している辺り200はあるのではないかと予想はしてみるがやはり確信が持てない。
ゲームであれば自分のレベルなんてステータス画面を開けば一発なのだが。
「分かりません……すいません……」
「むぅ……」
とぼけているわけではないことが伝わったのかアインベルもそれ以上詮索してくることはなかった。
「もぉいいじゃないっすか。別に何レベルだって。無事にウチら帰ってきたんだしよくないっすか?」
「いや、しかしだな……うぅ~む……」
アイネが呆れたように半目になりながら背もたれによりかかる。
ぐぬぬ、とうなり声をあげるアインベル。
そんな彼らを見つめていると、ふとある疑問が思いついた。
「あの、レベルってどうやってはかってるんですか?」
この世界ではステータス画面なんて開くことができない。
しかしスイは95、アイネは50と明確にレベルという概念で強さをはかっている。
であれば、レベルを測定する方法がこの世界にはあるはずだ。
「なんか俺も分からないので不気味なんで、はかりかたがあるなら調べたいんですけど……」
「……ふむ、調べてもよいのか?」
アインベルが真剣なまなざしを俺に送ってくる。
俺のプライバシーに配慮でもしているのだろうか?
「んー……たしかにウチ気にはなるっすね。新入りさんってどれぐらい強いんだろ」
「……確かに」
と、二人も横から俺に視線を送ってきた。
なんかすごく期待されている感じがする。
──これで低かったらどうしよう?
そんな気持ちが一瞬頭をよぎる。
……だが冷静に考えてみれば仮に俺のレベルが低かったからといってなんだというのだろう。
そもそも今まで戦闘なんてできない人間だと思われていたのだ。そんな事で二人が態度を変えるはずがない。
「お願いします。俺のレベルを調べてください」
そう考えたら、自然とそんな言葉が出てきた。