408話 キャラバン
燦燦とした陽光を浴び、橙色に輝く砂が視界を埋める。
砂の丘を淡々と超え続け、数時間が経過したころだろうか。
「おーい。早くしろよー」
ラクダにのったセナが後ろの男達に声をかける。
「ぐっ……づっ……」
「くそ……」
俺達に襲い掛かってきた盗賊団は、ずっと腕を拘束されたまま歩かされ続けている。
ラクダに乗りっぱなしの俺達に比べ、さすがに疲労がたまっているようだ。
何度かヒールをかけてはみるものの、彼らの足はふらつき、進行速度は大幅に下がっている。
「……仕方ない。俺がラクダから降りるか」
「えっ――本気ですか?」
俺がそういうと、スイが大きく目を見開いて話しかけてきた。
「あぁ。ヒールでも回復できない疲労ってあるみたいだし。縛られながら歩くのはさすがにきつすぎるだろ」
「でも……」
……スイの言いたいことは分かる。
そして、スイも俺の言いたいことをわかってくれているのだろう。
少し悔しそうにはしていたものの、それ以上言葉を出すことはしなかった。
「セナとスイは……二人乗りできそうかな。ユミフィは俺がおぶる。あいつらは二匹のラクダに分けて乗せよう」
「はー……師匠、お人よしがすぎるぜ……襲い掛かってきたんだぜ、こいつら」
と、セナが若干呆れた様子で話しかけてきた。
「まぁな。でもほら、食料が足りなくなる方がまずいだろ」
砂漠を超えるために、四日分の食料はラクダに搭載させている。
だがそれは三人分を前提にしたものだ。男達もいくつかの食料は持ってはいたが……途中で人を襲うことを前提にしていたのか、それとも件のメイドに襲われたせいなのか。このペースだと食料切れを起こしかねない。
「そうですね……」
そう言いながら、歯を食いしばるスイ。
俺に対しては見せることのない、憎悪と嫌悪に満ちた表情。
まぁ――襲い掛かってきた相手に楽をさせるのが納得いかないのは分かるが……ここは冷静にならないとまずいだろう。
「ごめんな、皆。でもほら、早くあいつらとも別れたいだろ。ユミフィ、おいで」
「ん」
ラクダから降りて、ユミフィに向けて手を伸ばす。
するとユミフィは、俺に向かって抱き着くように飛び降りてきた。
しっかりとユミフィを抱きかかえ、慎重に地面へおろす。
ふと、ぼそりとスイが何かを呟いた。
「いいな……」
「ん?」
「あっ――な、なんでも。セナ、私がそっちに行きますね」
「ん、あぁ。わかったよ」
どこか俺の視線から逃げるような感じだったが――ともあれ、スイもラクダから飛び降りる。
それを確認した後、改めて、俺は盗賊達に振り返った。
「ほら、乗りな」
「お前……」
盗賊達も俺がそういう態度に出ることは予想していなかったのだろう。
呆気にとられた様子で俺のことを見つめ続けている。
「悪いけどロープはほどけないからな。ほら」
腕を拘束されたままラクダにのるのは一苦労だろうが――そこはまぁ俺も手伝うし我慢してもらうしかない。
とりあえず男達をラクダのもとに連れていき、一人の男の腰に手を回す。
「あ……」
と、男が頓狂な声をあげてきた。
特に気にすることなく、そのまま男を担ごうとすると――
「あ、リーダー。人がっ!」
「ん……?」
スイの声が耳に飛び込んでくる。
その直後、セナが興奮した声を張り上げた。
「おぉっ! なんだ、すげぇ人じゃん!!」
「え、本当か?」
慌てて、俺も彼女が指さす方向を見る。
すると、確かに砂の丘の向こう――地平線の近くに、多数の人影が確認できた。
中にはラクダと思われるシルエットもある。
「あれは……キャラバンですか」
そう言いながら目を細めるスイ。
「声かけてみようぜ、な。な?」
セナの言葉を受け、スイが黙って俺に向かって頷いてくる。
……スイはこの男達と共に行動していることにかなりのストレスを感じてるようだ。
他力本願かもしれないが、もしかしたらこの男達を引き渡すことができるかもしれない。
それに、むこうはそれなりに人数がいるみたいだし、砂漠の歩き方にも慣れていそうだ。
――合流してみるか。
「よしきたっ。おーい、おーい!」
セナの方を見ると、すぐに彼女は俺の内心を察して、大きく手を振り始めた。
†
「おや。珍しいですね。冒険者の方ですか」
キャラバンに近づくと、その先頭にいたラクダが俺達の方に向かってきた。
それに乗っていたのは、頭にターバンを巻いた女性だ。
パッと見た感じでは黒いスーツのような恰好だが……上に羽織った服の後ろは、ドレスのように後ろに広がっている。
「私はレイツェル・アルファン。エクツァーギルドで呪術師をしております」
ラクダを停めると、素早くそこから飛び降りてお辞儀をするレイツェル。
見た目から察するに、二十後半にさしかかったような年齢だろうか。
「お見受けしたところ、盗賊団をお捕らえのようですね。ご無事なようで何よりです」
「あ、はい……」
そう言いながら、レイツェルはかすかに微笑んだ。
その背後には、いかつい顔をしたたくさんの男がラクダに乗っている。
中には、大きな荷台のようなものをひいたものまで――全体を合わせれば五十人はいるのではないだろうか。
そんな彼らが文句も言わず、レイツェルの後ろで待機しているのをみると、彼女がここのリーダーと考えた方がいいのだろう。
「さて、私達に何か御用でしょうか。もしかして、迷われてここに?」
「迷っていたというか……彼らをどうしようかと思っていて……その……」
「あぁ、なるほど」
戸惑うスイを見て、レイツェルがにこりと笑う。
「私は奴隷呪術に精通しております。犯罪者の扱いには手馴れていますので、ご安心を」
そう言いながら、レイツェルは懐から輪っかのようなものを取り出し――
投げた。
「うぐっ――ぐぇええええええっ!?」
その次の瞬間、背後で男が呻く声がきこえてきた。
見ると、男の首には淀んだ紫色の光を纏う首輪がはめられているのがわかる。
隷従の首輪だろうか。
「ひっ――」
「うわあああっ!?」
もう二人の男が逃げ出そうとレイツェルに背中を向ける。
だが、レイツェルは淡々とした様子で首輪を投げ、瞬く間に男達を拘束してしまった。
その様子を見て、後ろにいた屈強な男達がレイツェルに話しかけてくる。
「レイツェル様。牢車に入れますか」
「そうですね。お任せしてもよろしいですか」
「はっ」
一度敬礼をした後、男達は倒れ込んだ男達のもとへ走っていく。
――これが奴隷呪術か……?
少なくとも、ゲームの呪術師にはこんなスキルはなかったのだが。
「それにしても、あなた方は相当な手練れのようですね」
「え……」
何事もなかったかのように話しかけてくるレイツェル。
うまく言葉を返せないでいる俺に対しても、彼女は事務的スマイルを崩さない。
「ドルトレット盗賊団は、下っ端だとしてもレベル30はあるようですからね。並の冒険者より強いです。それに――」
と、そこで言葉を切ると、レイツェルはスイに視線を移した。
「……貴方。スイ・フレイナ様ですね?」
「っ――」
俺達は、砂漠を渡る前からフード付きのローブを羽織っている。
顔もそこまでよく見える格好ではないのだが――レイツェルには確信があるようだ。
深々とお辞儀をしながら、彼女は言葉を続ける。
「大陸の英雄にお目にかかれること、光栄に思います。もし必要とあれば、エクツァーまでご案内いたしますがが」
「えと……いいのですか?」
「もちろん。大陸の英雄が味方とあれば、私達キャラバンも安心して進めます」
「……じゃ、じゃあ……」
やや不安そうに俺の方を振り返ってくるスイ。
だが、少なくともレイツェルから敵意は全く感じられない。
セナもユミフィも、そこまで怯えている様子もなさそうだし――
という俺の内心を察したのだろう。スイは、レイツェルの方に振り返ると、あっさりと返事をした。
「そうですね。お願いします」
「かしこまりました。ラクダをお持ちのようですので――どうぞ、お好きなタイミングでついてきてくださいませ」
もう一度深々とお辞儀をするレイツェル。
キャラバンの後ろにいる人たちも続いて頭を下げてきた。
「あ、はい。恐縮です……」