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405話 オアシス

 翌日。

 ログエッド大橋街を出ると、視界を埋め尽くすような砂の丘が真っ先に目に入ってきた。

 ラグナクア砂漠――その圧倒的な光景に、最初は誰もが見入っていたものの……



「だー……だりぃ……」



 数時間もたてばさすがに飽きてくる。

 ラクダのこぶに寄りかかりながら、大きなため息をつくセナ。

 砂漠に向かう直前、皆で手に入れたフード付きのローブで顔はほとんど隠れている。

 だが、だらけきった彼女の表情が容易に想像できるような声だった。


「くぅ……すぅ……」


 俺の後ろでは、同じくラクダのこぶによりかかりながら眠り続けるユミフィがいる。

 ……昨日は全然眠れなかった。

 ハッスルタイムは数時間続き、一度シャワールームに逃げたスイも結局追い詰められ――皆して、ほぼ徹夜の状態だ。

 そんな体調で変化のない光景を見せ続けられたら……まぁ、こうなる。


「はぁ、ユミフィはずるいぜ……なんでいつも師匠にべったりなんだよぉー……」

「はは……」


 ジト目を向けてくるセナに、苦笑いを返すことしかできない。

 たしかに同じラクダに乗ってはいるがこぶをまたいでるし、べったりというほどでもないと思うのだが……

と、背後のユミフィがもぞもぞと動き始めた。


「う……呼んだ……?」


 あくびをしながら伸びをするユミフィ。

 そんな彼女を見て、セナも気まずそうに苦笑する。


「あ、わりぃユミフィ。起こした?」

「セナ……う……?」


 目をこすりながらラクダのこぶにしがみつくユミフィ。

 ぶかぶかのフードをずらして起き上がり、やや呆けた表情で前の方を見つめる。


「あ、あれ……? 湖……?」

「えっ――マジか?」


 何気なく言ったユミフィの声に、セナが覇気を取り戻した。

 だが、違う方向からスイのけだるそうな声がきこえてくる。


「……いえ、あれは蜃気楼っていうらしいですよ……」

「へ……しんき……?」

「えと……光がゆがんで、湖みたいに見える現象のようですね。近づくと見間違えだとわかるはずです……ふぁ……」


 うとうとと、首を揺らしながらあくびをするスイ。

 いつも居眠りとかをしないスイがここまで眠そうにしているのは珍しい。

 やはり、それほどまでに昨日の惨劇が尾をひいているのか。


「な、なんだよそれー……うぇー……喉乾いたぁー……」

「ペースに気を付けてくださいね。一応余裕はありますけど、エクツァーにつくまでに切れたら大変ですから」

「こ、怖いこというなって……うぅー……」


 がっくりとうなだれるセナ。


「しっかしなぁ……世界ってすごいな。どうみても湖なのに」

「そうですね……私も見たのは初めてです……こうもリアルなんですね……」


 ぼーっとしながら前を見つめるスイ。

 ユミフィも俺の背中をぎゅっと手でつかんで、気の抜けた声をあげてきた。


「光がゆがむ……不思議。木、本当にある、見える」

「はは……近づけば分かるんだろ。見間違いだって……」


 ラクダのこぶに突っ伏しながら、自虐的に笑うセナ。


 ――しかし、蜃気楼か。


 当然ながら、ずっと家に引きこもっていた俺もその現象を生で見たことはない。

 だが、蜃気楼というのは、湖の周囲にある木々すらもあるように見せかけるものなのだろうか……



「――って、おい。ちょっと待て! オアシスだろ、あれっ!」



 そんなはずがないと我に返った時、俺は思わず大声をあげてしまった。

 後ろのユミフィがビクリと震える。


「オア……?」

「本物だって。あれ、オアシスだって!」

「え……?」


 驚かせたのは申し訳ないが急いでこれを伝えなければ。

 そう思って後ろに振り返り、ユミフィの肩を撫でつつ、俺は皆に向かって叫ぶ。


「あれれ……あっ! 本当ですねっ。位置的には確かにオアシスが……す、すいません。ちょっとぼーっとしてて……」


 手元の地図を見ながら慌てた様子を見せるスイ。


「なんでもいいよ! とにかくあそこ寄っていこうぜ!」

「私、行きたい。ずっと乗る、ちょっと疲れる……」

「決まりだなっ。頼むぜラクダさん!」


 そういって、セナがラクダのこぶを揺らす。

 ……だが、ラクダは全く気に留める様子もなく淡々と歩き続けている。


「全くスピード上げる気なしかよ……はぁー……」


 そのマイペースな様子に、セナは半ば呆れた様子でため息をついた。



 †



「はーっ! きもちいぃーっ!!」


 数時間、全く見ることのなかった緑に包まれ、セナが大きく伸びをする。

 鮮やかで、豊かなグラデーションが湖に反映され、風が心地よく体を包み込んでくる。


「人工的なものにはみえないですね……カーデリーと全然違う……」


 感嘆のため息をつきながら、スイが周囲を見渡している。

 灼熱の日差しに照らされているとは思えないほど、涼やかな空間を堪能しているようだ。

 そして、それは俺も例外ではない。

 湖に近づき、その透明感に息を飲む。


「凄い綺麗な水だな。もしかしてこれ、飲め――」

「ひゃっ!?」


 ……と、その時だった。

 ユミフィの小さな悲鳴とともに、大きな足音が周囲に響く。


「え……ラ、ラクダ?」


 今まで俺達が乗っていたラクダが、急に湖の方に向かって駆け出していったことに気づいたのは、尻餅をついているユミフィを見た後だった。

 ラクダ達は、一心不乱に湖に向かうと――ガバガバと一気に水を飲み始める。

 それは、今までのほほんとしながら歩いていた姿が嘘のように思えるほどの勢いだった。


「喉乾いてたのか……?」

「ど、どうでしょう……」


 貪欲とまでいえるほど、勢いよく水を飲み続けるラクダ達。

 しばらくの間、その豹変ぶりに呆気にとられてしまう。



「――え、長くないか?」


 かなりひいた様子でセナがうわずった声をあげる。

 ……たしかに、セナの言う通り、ラクダ達は五分ぐらい一息もつかずに湖の水を飲み続けている。


 ――ラクダって、こんなに水飲むんだなぁ……


 あるいは、この世界だからこその行動なのかもしれないが。

 スイがくすりと笑ってラクダから視線をそらす。


「そうですね……と、とりあえずそっとしておきま――!?」



 ふと――その瞬間。

 唐突にスイは剣を抜き、大きく弧を描くようにそれを振るう。


「スイ……?」


 その一瞬では、何が起こっているのか理解できなかった。

 だが、直後に地面に落ちてきた、真っ二つにされた矢を見て気づく。


「え……これ……」

「リーダーッ、敵ですっ!」


 スイが勢いよく走りだす。

 その方向に視線を移した時には、すでにユミフィが矢を構えていた。


「フォースショットッ!」


 青白い光を纏う矢が突き進む。


「ぐぉぁっ!?」


 生々しい、何かに刺さったような鈍い音。

 そして、わずかに聞こえてくる、うめき声。


「ソードアサルト!」


 そこにスイの剣閃が続く。

 木々の影に隠れているのか。何が起きているのか分からないが――


「ちょっ、また――」


 短剣を振るうセナ。

 スイと同じように飛んできた矢を落とし、俺に叫ぶ。


「師匠! あっちにも一人分の気配っ! 魔法で仕留めてっ!」

「わ、わかった!」


 俺には敵の姿が確認できないが――皆には『気配』でわかるらしい。

 セナの指さす方向へ、レベルを抑えたファイアボルトを放つ。

 赤い魔法陣から放たれる一本の炎の矢。

 すぐに練気・全を使い無影縮地。その場所へ向かう。



「ちょっ――い、いつのま――」



 その場所には、赤いバンダナを頭に巻いた金髪の男がいた。

 手に持ったボーガンを見て、俺はこの男が犯人だと確信する。

 ファイアボルトは直撃してなかったようだが腕に火傷を負っている。

 距離を詰められてしまった以上、戦いようがないだろう。


「う、うわぁああっ!」


 俺の姿を見るや否や、男は一目散に走り出す。


「待てっ、誰だよお前っ!」

「ひぃっ!?」


 無影縮地は、指定した場所に瞬間移動することができる拳闘士のスキルだ。

 ……そうでなくても、基礎的な俊敏さが全然違う。

 あっさりと腕をつかむことに成功すると、男は呆けたように崩れ落ちた。


「な、なんだ……何が起きた……」

「こっちの台詞だろ……ったく……」


 とりあえず、逃げ出す気力を奪うことが先決か。

 オーロラミスティ――範囲内の敵の俊敏さを下げる魔術師のスキルだ。


「うわっ!? なんだこれ……う、動け……」

「観念しろ。動くな」

「ごっ……」


 オーロラ色に輝く霧の中、もう一度男の腕をつかむ。

 さすがに観念したのか、男はぐったりとしたまま動かない。


「……ちょっとこっちに来てもらうぞ」



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