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403話 伝説の奴隷

 どう言葉を返していいか分からないまま絶句していると、男は怪訝に首を傾げてきた。

 そんな反応をする俺の方がおかしいぞ、とでも言いたげに。


「……なんか褒められてる気がしないぞ。ストリップってなんだよ」


 ふと、セナがやや不快そうに声を出す。

 すると、男は目を丸くしながら両手を上にあげた。――やはりオーバーリアクション気味に。


「あれれ。本当に知らないのかい? 随分と純なんだね? まぁでもたいしたことはないよ。簡単にいえば脱いでもらうんだよ。男達の前で」

「――は?」


 それを聞いてセナの顔が一気に赤くなる。


「あぁ安心して。僕が運営している店はおさわり禁止だから。レンタル品の奴隷にそんなことはさせないよ」


 ものすごく爽やかに答えているが――ナチュラルに人を「物」扱いしているところに軽くひいてしまう。

 とはいえ、この感覚を伝えたところでどうにもならないのだろう。

 この世界の常識と日本の常識は違う。奴隷という制度が当たり前に存在する以上、それに違和感を覚える俺の方が異端なのだ。

 あまりにも自然に、あまりにも穏やかな男の声色がそれを物語っている。


「……脱ぐ? なんでそんなこと、する?」

「ふむ。そうか。本当に何も知らないんだね。でも、君はこのお兄ちゃんが大好きなんだろう?」


 と、男は膝に手をついてユミフィに視点を近づけてきた。

 やや緊張した面持ちで頷くユミフィ。

 すると、男は、父性すら感じさせる優し気な笑みを浮かべ、人差し指をたてた。


「そうか。なら絶対に覚えておいたほうがいい。いいかいお嬢ちゃん。男の人はね、女の子が脱ぐと喜――」

「ちょっと! そういうこと教えないでください!」


 急いで男とユミフィの間に割って入り、男の言葉を遮る。

 すると男は、心底意外だと言いたそうに、きょとんとした顔をみせた。


「随分と潔癖なんだなぁ? 今はね、妹系のストリップが流行ってるんだよ。ま、流行らせたのは僕なんだけどね。清楚で無垢な少女達のアダルティな仕草、魅力的じゃない?」


 そう言いながら、男は俺にウィンクをしてきた。

 ――正直、心の底から全てを否定できない自分自身にちょっとだけ嫌悪感が走る。


「でも安心して。僕が売り出したいのは従順系の奴隷だし、ご主人の独占欲が強いならそんな無理強いはしないよ。――ん? あぁ、君は、ご主人じゃないのか。この子達は奴隷じゃないんだっけ。ははっ、ややこしいなぁ」


 勝手に納得して、勝手に笑いだす男。

 ものすごく反応に困る。


「独占欲? お兄ちゃんが?」

「師匠が、オレに……?」


 そして、ちらちらと俺の方を見つめてくる二人の態度も反応に困る。

 そんな気まずいやりとりをしばらく続けていると、ユミフィがぐっと両手を握りしめて歩み寄ってきた。


「お兄ちゃん、私、脱いで歩いたほう、いい?」

「――はぁっ!? 何言って――」

「服脱いだ方、お兄ちゃん喜ぶ……やる、よ……?」

「いやいやいや、待て! ユミ――シルヴィ!!」

「ちょ――脱ごうとするなっ!」


 スカートをたくしあげようとするユミフィの手をセナと一緒に慌ててつかむ。

 ユミフィの顔は相変わらずほぼ無表情だが――しっかり顔は赤くなっているので羞恥心はあるはずだ。

 それなのに、ここまで大胆な行動をとるとは……幸いセーフはとれたようだが、これからは気を付けないと。

 とりあえず、俺達の慌てた様子を察してくれたのか、ユミフィはスカートから手を離してくれた。


「ははっ、一途だねぇ。そうなると、やっぱりスカウトは無理そうかな。こうなったら僕と世間話でもするかい? はっはっは」


 そんなユミフィを見て、男は面白そうに手をたたいて笑っている。


「君はこれからどこにいくんだい? この橋を渡るってことは、もしかして砂漠かな?」

「……そうですね」


 あまりにも自然にきいてくる男に、驚きを超えて感心さえしてくる。

 なぜ初対面の相手と、こうも当たり前に世間話をしようと思うのだろう――皮肉とかじゃなく、コミュ強は恐ろしい。


「うわぁ。大変だねぇ。でも冒険者がそっちの方にいくなんて珍しいな。奴隷商でもないのに、わざわざあんなところに行くなんて」

「まぁ……そうですね。野暮用がありまして」

「あぁ、そうか。君も奴隷を買うのかい? まぁ、エクツァーにはいい奴隷が集まるからね。それなら納得かな」


 腕を組んで何度か首を縦に振る男。

 特に否定も肯定もしていないが、彼にとっては大肯定に見えたのだろう。

 その表情は満面の笑みに満ちている。


「……なら僕からアドバイスだ。もし君がこれから砂漠の方に進むなら、奴隷商のふりをした方がいいよ」

「え、奴隷商ですか?」


 どういう意味か理解しかねていると、男はユミフィとセナに視線を移す。


「うんうん。この二人は本当にかわいいからね。『唾付き』だってちゃんと示しておかないと――盗まれるよ?」

「え……」


 ちょっと照れ臭そうにセナが一歩ひいている。

 すると、男は穏やかに微笑みながらふところから首輪を取り出してきた。


「はい、これ。見た目だけでも奴隷のふりをしておくんだ。変なトラブルに巻き込まれるからね」

「…………」


 俺に差し出された二つの首輪。

 やや唖然としながらそれを見ていると、男は怪訝に首を傾げた。


「あれ、付け方がわからない? 仕方ないなぁ。じゃあ僕がつけてあげるよ。ほら――」

「何をしているのですか」



 ――と。男がユミフィに首輪をかけようとした瞬間だった。

 男の首の横に、いきなり剣が現れる。


「その二人は私たちの仲間です。どういう意図か分かりませんが――妙なことをするつもりなら、斬りますよ?」


 刺すような、冷えたスイの声。

 今までヘラヘラとした笑顔をみせていた男から、表情が消える。

 そのまま男はスイの方に振り替えると――より一層、目を丸くした。


「……えっ、レイさん!?」


 やや裏返った声をあげながら、男が後ずさりをする。


「――あれ? ちょっと幼くなった……?」

「……?」


 そんな反応はスイも予想外だったのだろう。

 あっさりと剣をおろして首を傾げた。


「おい、話がみえないぞ。誰だよ。レイって」


 そうセナが言うと、男は何度かスイの顔を見直して細々と呟いた。


「……え、違うの? びっくりだよ。すごい似てるのに……」

「……なんのことですか?」


 先ほどまでの凄まじい殺気はどこへやら。

 今のスイは、ジロジロと見つめられることにジト目を返す、ただの可愛い女の子だ。


「知らないかい? レイ・フレイナ。巷では伝説とまで言われた奴隷だよ」

「なっ――!?」


 その言葉をきいた瞬間、スイは大きく体を震わせた。

 数秒おいて、俺も重要なことを思い出した。



 スイのフルネームが「スイ・フレイナ」だということを。



「十年くらい前だったかな――王族の宝庫をあさった貴族の女性でさぁ。あまりに美しい見た目をしていたから処刑するのが惜しまれてね。最初は見た目の美しさから性奴隷として国が売ろうとしたみたいだよ」

「なっ――」


 スイの顔が一気に青ざめた。

 それに全く気付いた様子もなく、男はペラペラと話し続ける。


「でも、レイは、頑なにそれを拒んでいたみたいでね。色々な呪術師が奴隷魔術をかけたけどいうことをきかなくて――仕方ないから戦闘用として使われてたらしいんだけど、これがおそろしく強いって噂。なんでも大陸の英雄に並ぶ強さらしいよ」

「…………」

「今じゃエクツァーギルドの用心棒をしてるって話さ。もう40ぐらいになるのに、ほんっと綺麗でさぁ。普段はほとんど表に出てこないんだけど……一回だけチラッと見たことがあるんだ。あまりの美しさに感動したもんだよ」

「……そうですか」


 なんともいえない複雑な表情のまま、スイは剣を鞘にしまった。

 そんな態度を見せる女の子の前でなぜそうなるのか分からないが、男の表情はキラキラと輝いていた。

 そのままスイに向けて話し続ける。


「あぁ、そうそう。君も気をつけな。さっきも言ったんだけどさ、奴隷のふりしてないと、巻き込まれるよ?」

「え……」

「ここ、拉致とか平気であるからね。特に君みたいな綺麗な人はされやすいと思うから」

「……」


 眉をひそめて言葉を詰まらせるスイ。


「僕は奴隷の扱いをしてるからさ。こんな特級クラスの性奴隷の見た目と表情を見せるような可愛い子が泣くのは見たくないんだよねぇ。ほい」

「あ……どうも……」


 差し出された首輪を受け取るスイ。

 それに続くようにユミフィとセナにも首輪を渡すと、男は満足したように何度か頷いた。


「じゃあ僕はいくよ。他にいいコがいないか、探してみるからさぁ。気を付けてね。あっはっは」


 そういうと、男は返事もきかず、笑いながら人込みの方に歩いて行った。

 しばらくの間、唖然としながらその背中を皆で見守り続ける。


「……えと。地図、買えたので。……行きましょうか?」


 スイの言葉に、半ば思考停止状態でうなずく。

 色々と衝撃が大きくて一度整理が必要だ。


 さっきのことは――また後で話すとしよう。

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