39話 椅子の座り方
ギルド寮から再び移動する俺達はアインベルの部屋へとたどり着く。
ギルド長としての部屋なだけあって広さはかなりのものだった。
一番奥に大きな机が一つ。その前には黒いソファが二つ、小さな机を挟んで置かれている。
「そこにかけてくれ」
部屋の中に入ると、アインベルはそのソファに座るように促した。
なかなか高級そうなソファなので座るのに少しだけ恐縮してしまう。
しかし血だらけの服をきたアイネが何の躊躇なく手前のソファに腰掛ける様子を見て、その緊張もとれてしまった。
──乾いているとは思うけど、よく座れるなぁ。
俺はアイネと同じ側のソファに腰掛ける。
「ちょっと新入りさん、もうちょっとこっちっす」
と、アイネが俺の腕をつかみぐいぐいと引っ張ってくる。
どういうことかと、その表情を伺ってみるとアイネは目線を俺の後ろに向けた。
振り返るとそこにはスイが苦笑いしながら俺を見つめている姿があった。
「あの、いいですか?」
何の反応も見せない俺にスイが申し訳なさそうに口を開く。
──え? 三人全員こっちに座るの?
改めてソファに視線を移す。向かい合うソファはどちらも同じ大きさだ。
敢えて三人ともここに座る理由が無い。
……というか、三人だと少し窮屈になりそうな気がする。
「おーい、新入りさーん?」
アイネが怪訝な顔で俺を覗き込んでくる。
「あ。ご、ごめんな。俺、立った方がいい?」
「え? なんで?」
本気で、何で俺がそんな事を言い出したのか分からないらしい。
振り返るとスイも似たような顔をしている。
まぁ、確かに自分達の立場であれば三人まとめてこちらに座る方が正しいのかもしれない。日本でも部屋の奥側は上座だときいたことがある。
一瞬だけ彼に視線を送ると、はやくしろと言いたげに無言でアイコンタクトを送り返してきた。
すでに彼は奥側のソファに腰掛けている。二人分のスペースはあるが、もともと体が大きいことに加えて中心部分に座ってしまっているため誰かが向こう側に移動するという選択をつぶしてしまっていた。
アインベルが上座、下座という形式的な礼儀の作法に拘っているとはあまり思えない。
だからこそ心の中で俺は叫ぶ。
──こいつら全員、天然かよっ!
「いや、絶対窮屈になるでしょ、これ……」
とりあえず言葉にして説明をしてみる。
「いいからいいから。ほらっ」
「うわっ……」
しかしアイネは、あまりとりあってくれなかった。
俺の腕をぐいっと引っ張り無理やり俺を詰めさせる。
「失礼しますね」
スカートをまとめながらスイが腰掛ける。
こうなったら仕方ないと俺は両腕を内側にして何とかスペースを作り出そうとした。
しかし、それでも二人の肩が俺の肩にどうしてもぶつかってしまう。
と、アイネが俺の右側から文句を言ってきた。
「……ちょっと、先輩。もうちょっと向こう側行ってくださいよ。窮屈っす」
「え、アイネがスペースとりすぎなんじゃないの? 私も結構きついよ」
「あの、だから俺が立てばいいんじゃ……」
「じゃあ先輩、その鎧脱いだらいいんじゃないっすか? その変なマントとか絶対スペースとってるっす」
「あの、俺が……」
「へ、変ってなに!? 一応これ、正式に上級剣士として認められた証なんだよっ? それにそこまでゴッツゴツじゃないでしょ、これ?」
「でも邪魔っす。ほら、脱ぎましょっ……」
「や、やめてっ! 一人で脱げるしっ、やっ……んっ……ちょっと、変な所触らなっ……あははははっ! くすぐっ――ちょっとっ!」
身を乗り出してきたアイネにスイが体をひねって抵抗する。
俺の体を挟んで二人がぐねぐねと動き始めた。
──って、この恰好、やばくね?
そんな俺の葛藤など知らず、二人は俺を挟みながら言い争いをしている。
この二人、仲がとてもよろしいようで非常に微笑ましいのだがこうなると途端に周囲が見えなくなるところがある。
「ちょっと、そんなことしたって脱げないよっ! 自分でっ……うわぁ!?」
「だ、だから……俺が立てば……うわっ!?」
「ちょっとせんぱ、ひゃぁ!?」
スイが抵抗しようと肩を引いたことで、アイネが勢いよく倒れこんでくる。
それに押されるような形でドミノ倒しの如く、俺の背中がスイの体にもたれかかる。
二人分の体重に耐え切れずスイがソファのひじかけで背中を折り曲げるような体勢になった。
するとスイがうめき声をあげはじめる。
「う、うぐぅ、くるしぃ……」
「ちょっ、ご、ごめんなさい。すぐに……」
アイネを押し返そうとするが、物理的な意味でも倫理的な意味でも体のどの部分を触っていいか分からない。
アイネもバランスを崩しているようですぐには立てないようだ。
仕方ないので俺はソファの背もたれをつかみ、体重がスイにかからないように抵抗する。
「……おいお前ら、なにをいちゃついておる」
横からアインベルの冷め切った声が聞こえてきた。
しかし、それにこたえる余裕は俺達には無い。
「ちがっ、ししょ……たすけっ……」
「うあ、新入りさんっ、そこの腕が邪魔で……いたたっ……」
「うわっ、ごめん、こっちか……」
「ち、ちがっ! そこ、くすぐった……うははっ」
「そ、そこはっだめっ、違いますからっ! うひぁああっ!?」
……五分程の格闘の後、俺達はようやく体勢を立て直すことができた。
何か二人の妙な所を触ってしまった気がしないでもないが、気のせいだということにしておいた。
少なくとも俺がどこを触ったかなんて、はっきり見たわけではないし、そもそもわざとじゃない。わざとじゃないんだ。
──俺は悪くねぇっ、俺は悪くねぇっ!
「……お前ら三人、本当に付き合い始めたのか?」
と、アインベルは真顔でそんな事を言ってきた。
いろいろとつっこみたい所があるが正直、疲れていてそれどころではない。
どうせ二人がつっこむだろうし俺は沈黙のままでいることにした。
「ち、違いますって! もう終わったじゃないですかそれはっ」
「そうっす、ホントしつこいっすよ! ってか、なんでほっといたんすかっ!」
──三人ってところはつっこまないんだな……
「いや、しかしコイツの言葉づかいもかわっとるし。お前らが男にそうベタベタする姿なんぞ見た事ないからな。まぁここにはお前らが好きそうな男はいないだろうがな、ナッハハッハ」
「いぃっ!?」
スイが素っ頓狂な声をあげる。
「ベタベタなんてしてないっすよ! もうっ、いいから本題に入るっす!」
「すまんすまん。しかしアイネ。その様子からするに、やはり本当に大丈夫なようだな。安心したぞ」
アインベルはそう言いながら穏やかに目元を緩めた。
アイネの服は露出している部分は低めだ。
下半身も袴のような、ガウチョのようなズボンのおかげで肌があまり見えていない。
そのせいで、顔はともかく体の傷の有無が直接確認できていないのだ。
傷は治っていると頭では分かっていても血まみれの服を着ているわけだし、ずっと心配だったのだろう。
アイネが俺達とはしゃいでいるのを見て、改めて安心したということか。
「……そりゃ、どーも」
おそらく、その気持ちはアイネに届いている。
照れくさそうに頬をかきながら視線をそらすアイネ。
それを見るとアインベルはふっと笑みを浮かべたが、すぐにその表情を真剣なものへと変えた。
「では、きかせてくれ」
その言葉を受けて、俺とアイネは今日の体験を改めて彼に伝えた。
薬草を採取していたらゴールデンセンチピードに襲われたこと。
アイネが俺を逃がしてくれたこと。
その後にアイネのところに戻りゴールデンセンチピードを倒したこと。
アイネの傷をヒールでいやしたこと。
その時の情景を思い出しながら、できるだけ細かくアインベルに伝える。
もっとも、トワのことは伏せておくことにした。
彼女のことは俺も分からないことが多すぎるしスイもアイネもその存在を認識していない。
話したとしても、かえって混乱を呼びそうだったからだ。
「ふむ、にわかに信じがたい話だが、しかし……」
腕を組みながら視線を下げるアインベル。
彼は回復魔法の発動を目にしたわけだが、アクアボルトの発動は目にしていない。
半信半疑になってしまうのも無理はないだろう。
と、アイネは、はぁとため息をつきながら上半身を前に傾けた。
「まーだ、疑ってるんすか? めんどくさいっすねぇ」
「……彼が魔法を使えることは明らかです。しかもかなりのレベルで」
「うむ……」
アインベルは一瞬、俺に視線を向けた後、もう一度アイネに視線を返す。
「しかし、アイネ。お前は青い光があの黄金を倒したと言っていたよな」
「うん、なんかバシュってなって、シュッバババババババッて!」
両手を前にあげて手のひらを、ひらりひらりと振るアイネ。
まったくもって、アクアボルトの光景を表現できていないジェスチャーだった。
そんなアイネをスルーしてスイが声をあげる。
「たぶん水の魔法、ですよね。……魔術師のアクアボルト……」
「ふむ……」
右側からあれぇ、とアイネの声がきこえてくる。
リアクションを俺に求められても困るのでアインベルに視線を集中させアイネの言動には気づいていないふりをしておいた。
「お前はダブルクラスだったのか? 何故力を隠していた」