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3話 焚火

 先ほどの混乱とは打って変わり、気まずいほどの沈黙が流れる中、俺は前を行くスイの後を歩いていた。

 もう混乱は無い。草を分け、自分が歩きやすいように道を作ってくれるスイの後ろ姿を見ているとどこか気持ちが安らいでいく。

 というか、あそこまで必死になだめられたら、もう落ち着くしかない。

 そうして五分程が経ったころ──


「着きました。ここで今日は休みましょうか」


 スイが俺の方向に振り返り、ふっとほほ笑む。

 足元に生えている草がある段階でふと消える。どうもこの森にも道があるらしい。

 彼女が立っている場所には意図的に草がとりのぞかれており歩きやすい地面になっていた。

 先ほどまで自分がいた所は道から外れた場所で、それゆえに雑草がしげっていたのだろう。


「少し寒いですね。たき火の近くへどうぞ」


 スイはそう言いながら足を進める。

 この場所は道というより広場のような場所として使われているらしい。

 半径十メートル程の円の形に雑草が綺麗にとりのぞかれており、地面の土がくっきりとよく見える。

 その真ん中あたりでぱちぱちと燃える炎。その近くにはテント、そして馬車。


「たき火か……」


 そう呟きながら俺はスイの後を追う。

 たき火の炎でその姿がさっきよりもよく見えた。


「綺麗だな……」


 つい、そんな言葉が出た。

 さっきは暗くてあまり良く見えなかったが、その髪は綺麗な青色をしておりモデルのように綺麗になびいている。

 マントを羽織ってはいるもののスイはそれを毛布のように自分のからだにまきつけ暖をとろうとしている。

 そのせいで後ろ姿なのにボディーラインが良く見えてしまう。鎧をきているはずなのに華奢な体型が良くわかる。


「はは、ファンタジーだな……」


 そんな少女がついさっきまで、あの巨大ムカデを圧倒していたのだから面白い。

 そして、やや冷静になった今ならあの巨大ムカデのこともはっきりと俺は理解することができた。


 アーマーセンチピード──彼女が言ったその名前には確かな聞き覚えがある。

 これもまた、俺がプレイしていたオンラインゲームに出てくる名前だ。

 レベルはかなり低い方で、もはや俺のキャラクターが相手をするような敵ではないため、すぐには思い出せなかったが確かにそんな名前の敵モンスターがいたはずだ。


「どうぞ。こっちで温まってください」


 こちらの緊張を解こうとしているのか、スイは優しく微笑みながら自分の隣を指さす。

 たき火の近くには丸太が転がっている。それを椅子のように使い彼女はたき火に当たっていた。

 俺は彼女の指示に従い、その隣に座り込む。


「あの、ありがとうございました。助かりました……」

「いえいえ」


 お礼を言うと、ちょっと無理して作ったかのような笑顔を浮かべる。

 あまり褒められることに慣れていないのか。


「……自己紹介を、しても?」


 俺が落ち着いてきたのを理解したのか、スイはふっとほほ笑みながらこちらを向く。

 俺はそれに対し無言で首を縦にふった。


「改めまして、私はスイ。スイ・フレイナ。剣士として冒険者をしています」

「スイ・フレイナ……」


 その名前をきいて俺は、はぁとため息をつく。

 予想はしていたが日本できくような名前ではない。

 もう認めるしかない──ここは日本なんかじゃないと。


「お名前をきいても?」

「俺は──」


 俺は自分の名前を告げる。それに対し、スイはやはり怪訝な表情で首をかしげた。


「うーん、変わった名前ですね?」

「えぇ、ファーストネームを後に言う国なんですよ。だから逆に言った方が正しいかもしれませんけどね」

「それでも結構珍しい名前ですけど……遠くの国のお方なんですか?」

「……そうみたいですね。よく分からないですけど」


 先ほどの死ぬような体験をしたことから精神的な疲れがすさまじい。

 日本という国を改めて説明するのもばかばかしいし、その点については深く触れないほうがよいだろう。

 しかし、それでも確かめなければならないことがある。

 俺は一つ深呼吸をすると改めてスイの方をむいた。


「あの、もしかしてこの森を南にいくとトーラって小さな村にでませんか?」

「あれ? 知っているんですか?」


 きょとんとした顔で目を丸くするスイ。


 ──なるほど、これはもう確実だ。


 俺は確信した。

 トーラという村も俺がやっていたオンラインゲームに出てくる村だった。

 ファルルドの森の南に位置する小さな村。それがトーラだ。

 それがあるということは、もうこの状況を説明するにはこう結論づけるしかない。



 ──自分はゲームの中にいる。



「嘘だろ……」


 深くため息をつきながら俺は頭をかかえこむ。

 ゲームの世界に行ってみたい──そんな願望を抱いたこともいつしかある。

 しかし、それはあくまで遊びのような感覚としてだ。

 あんなモンスターと対峙する経験をしてしまうと恐怖しかわいてこない。



 ──自分はこの世界で殺されるのではないか?



 現に自分がやっていたゲームの世界は日本のように平和な場所じゃない。

 魔物がいるし毎日命を落とす可能性と向き合う必要があるというのなら──まさに地獄のような場所ではないか。


「……随分、複雑な事情をかかえてそうですね」


 そう言いながらもスイはそれ以上言葉を続けない。

 詮索が俺の混乱を呼び起こすだけだということを分かっていての事だろう。

 そんな彼女の気遣いが心に響く。


「どうすれば……どうすれば、いいんだ……」


 それでも、どうしても俺の胸から絶望感は消え去らない。

 いきなりこんな所にとばされて、これからどうすればいいのか。

 魔物がいる場所から離れたとして帰るアテがある訳ではない。野垂れ死にするしか道はない。

 いつかはそうなる、それは分かっていた。



 ──しかしそれが今、こんな形で訪れることになるなんて!



「……行くあてがないのですか?」


 そんな俺の胸中をいくばくか察したのだろう。

 スイは心配そうに俺のことを見つめてきている。


「はい、もう、どうしたらいいか……」

「でも、魔術師さんなんですよね?」

「え?」

「だって、その恰好。いかにも魔術師さんじゃないですか」


 そう言われて初めて俺は自分の服装に注意を向けた。


「……なんだこれ」


 その疑問は今更なものであるが俺は初めてそれに気づく。

 目立たない紋様が入った黒いロングコートに金のラインが入った黒のズボンと革の手袋。

 それはまさに光に覆われる前に自分が操作していたプレイヤーキャラクターの恰好そのものだった。


「……はぁ。でもまぁ、そうだよな……」


 しかし、もはや驚くのも疲れてきたためか俺は冷静さを失うことはなかった。

 スイが自分の言葉を待っているかのように間をとってくれているのも大きい。


「俺自身は……いや、俺は、別に魔術師なんかじゃないですよ。ただのプレイヤーっていうか……まぁ、恰好だけで戦えるってわけじゃないです……」

「ふむ……」


 どこか納得できない、そんな表情をしているが別に何かをきいてくるわけでもない。

 それはスイが、俺が嘘をついていないと感じてくれているからだろう。

 あんなに必死に助けを求め混乱していた男が嘘をつく理由なんてあるはずがないのだから。


「あの、では私の知り合いのギルドでお仕事をご紹介しましょうか? 生活はできるようになると思いますよ」

「え……」


 それは俺にとって予想外の提案だった。

 予想外というより想像外といった方が正しいかもしれない。

 俺にとって仕事をするという発想はもう随分前に捨ててしまったものだからだ。

 だが、ここで断るなんて選択肢があるはずもない。


「お、お願いします……俺、何もいくあてがなくて」

「分かりました。心配しなくていいですよ。戦わなくてもできる仕事はたくさんありますから」

「はい……」


 それを聞いて俺はほっと胸をなでおろす。

 俺のやっていたゲームではモンスターを倒す討伐クエストなんかは金策の常套手段だった。

 もしその通り討伐クエストぐらいでしか金を稼げないのだとしたら……野垂れ死にか魔物に殺されるかを選ぶことになってしまう。


「では、今日はもう寝ましょう。事情はよくわかりませんが大変な目にあったんです。お疲れですよね?」

「は、はい……」


 軽々とアーマーセンチピードを倒しておきながらも俺への気遣いは忘れていない。

 年の割に本当にできた少女だ。


「私は見張りをしておきますから、中のテントに入って寝ててもらっていいですよ」

「え? いや、それは……」


 初対面の相手にここまでおんぶにだっこだと流石のニートも居心地が悪くなるものだ。

 と、迷う俺を見て、スイは腕をあげると筋肉こぶを作るポーズをする。


「遠慮しないでください。こう見えて私、結構強いので。大丈夫です」

「強いとかそういう問題じゃ……」

「大丈夫ですから。心配しないでください」


 俺の言葉を遮りほほ笑むスイ。

 ここまでされてはもう逆らえなかった。素直に頭をさげることにする。


「……すいません」

「いえいえ~」


 別れる時のように手をひらひらとさせるスイ。

 それを見て、俺も同じように手を振るとテントの中に入った。

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