397話 アジト
「さて、ここですか」
じめついた森林の中で、メイド服の少女――リステルが立ち止まる。
リステルの手は、倒れこんだ男の頭の髪を掴んでいた。
「も……ゆ、る……」
引きずられるような形で倒れている男が呻き声をあげる。
身に着けた装備はボロボロに砕け、顔の大部分は痣だらけ。
「えぇ。ここまでお疲れさまでした。先に進ませていただきます」
「ぐっ……」
乱雑に男の頭を離し、地面に叩きつける。
その方向を見ることもなく、リステルは前に足を進めた。
「ご安心を。殺しはしません。我がマスターは心優しい方。必要なく人を殺した者を傍にはおきたくないでしょうから」
「な……って……」
背後から聞こえてくる僅かな呻き声を無視してリステルが進む。
数歩、歩みを進めた後にしゃがみこみ、目を細めて地面を見渡す。
と、リステルは、一度大きく目を見開くと、視線の先に手を伸ばした。
「……ここですか」
錆びた金属のこすれる音と共に、地面が『浮かび上がる』。
――隠し扉だった。
中には、地下に続く階段があった。
躊躇することなく進むリステル。
一番下の段を降りた先には、小さな扉があった。
リステルが淡々とした様子でそれを開けると――
「……あら?」
リステルが、やや気の抜けた声をあげた。
その瞬間――いや、正確にはその直前から、大量の矢がリステルの方向に飛んでくる。
「これはこれは……なんと古典的な罠なんでしょう……」
失笑めいた声をあげて周囲を見渡すリステル。
一直線に奥につながる石の通路。
ところどころ置かれているカンテラが僅かに先を照らしているが奥の方は暗闇でよく見えない。
「しかし……なんて質の低い矢……これで殺せるのは、せいぜいレベル60まででは……」
リステルに襲い掛かってきた大量の矢は、彼女の体に直撃したものの、まるで鋼鉄に弾かれたかのように無惨に折れ、散らばっている。
それらを眺めながら、リステルは大きなため息をついた。
「ハハッ、久しぶりに作動したな、これ。もういい加減、俺達のアジトにのりこんでくるヤツなんていねぇと思ってたけどなあ」
そんな中、かすれた男の声が遠くから響いてきた。
「はーあ、また死体処理かぁ。ったく……」
「まぁしょうがねぇ。これでおまんまが食えるんだ……か……」
しばらくすると、声の主がリステルの前に現れる。
バンダナをつけ、片手にはボーガンを手にしている三十ぐらいの男が二人。
その二人は、リステルを見ると、あんぐりと口を開けて絶句した。
「初めてお目にかかります。わたくし、リステルと申します」
そんな彼らに対し、スカートの裾をつかんで丁寧にお辞儀をするリステル。
「は……あ?」
「生きてるのか……?」
「あら。それが判別できない程にお頭が悪いとは露知らず。大変ご無礼を」
リステルの皮肉を受けても、彼らは反応することができなかった。
周囲に散りばめられた大量の矢とリステルを交互に見る二人。
罠がしっかりと作動している。しかし、目の前にいる華奢なメイドには、傷一つついていない。
「さて。随分と熱烈なご歓迎を頂戴したところ誠に恐縮ではございますが――お聞きしたいことがございます」
「な……なんだ……?」
我に返ったような感じで声をあげる男。
丁寧に目の前で腕を組み、リステルが問いかける。
「ここはドルトレット盗賊団のアジトですか?」
「あ……?」
「実は、この森に迷い込んでからというものの、何度も下劣な蛮族に襲われておりまして」
うっすらと笑みを浮かべるリステル。
遠目で見れば非常に愛らしい金髪の少女だが――その瞳から放たれる威圧感は、男達の動きを凍らせる。
「あまりに鬱陶しいと感じていたところ、『ドルトレット盗賊団』というワードを繰り返し耳にいたしました。であれば、その根本を殲滅するのが得策と考え、馳せ参じた次第でございます」
「な、何言ってんだテメェ!!」
裏返った声を放ちながら、一人の男がボーガンを放つ。
だが――
「あぁそれと。こちらにシャワーはございますか」
「――ひっ!?」
放たれた矢を素手でつかむリステル。
それを見て、男は、悲鳴をあげながら尻もちをついた。
「大変申し上げにくいのですが、今の私、大変不潔でして……」
「は……? 何言ってんだお前……?」
どう考えても不潔と表現するのが適切とは思えない、美しい金髪をなびかせて、リステルが歩き出す。
男達に距離を詰めながら優しく――そして、不気味にほほ笑むリステル。
「我がマスターに出会う前に体を清め、しかるべきに備えなければならないのです。心中、察していただきたく存じます」
「ふ、ふざけてんのかっ!」
二人が同時にボーガンを放つも、リステルには当たらない。
まるで陽炎のように体を揺らし、あっさりとかわしてしまう。
「どうやらお答えいただけないようで。大変不本意ですが実力行使とさせていただきます」
「ひっ――」
振り上げられたリステルの拳を見て。
男達は、腕を前にかざし目を瞑った。
†
地下アジトの一番奥。
その部屋は、特に大きく、部屋の奥には、玉座のような椅子があった。
そこに寝そべるように腰掛けて、赤髪の女性がワイングラスを口にしている。
「……おんやぁ? 随分とお上品な音だねぇ。それも、怖気が走るぐらいに」
カツ、カツ、カツ、と靴が石床を叩く音が響く。
その女性が言うように、音だけで上品な歩き方をしているのが目に浮かぶような音。
「もったいないお言葉、光栄の限りでございます。貴女がここの親玉とお見受けしておりますがいかがですか」
その音を発した者であるリステルは、そう言いながらわざとらしく微笑む。
すると、玉座に座っていた女性は、足を組みながら上半身を起こし、ワイングラスを置いた。
「なんだいその言葉遣いは。気色悪いねぇ」
眉間に皺を寄せて、女性は舌打ちをした。
その顔の中央には、大きな十字傷がついている。見た目は三十ぐらいだろうか。
派手な網タイツに、もっさりとした赤いロングコート。
胸元を大きく開けたボンテージのような革の服。
「……はて。これは大変失礼いたしました。私、貴女のような蛮族への接し方に疎いものでして」
深々とお辞儀をするリステル。
赤髪の女性が、さらに不快感をあらわにした。
「アタイはさ、お前さんみたいな気取ったヤツが一番嫌いなんだよねぇ。おまけに、ウチの団員も世話になってるみたいじゃないか」
「滅相もございません。あれきしの教育、お礼のお言葉を頂戴するには遠く及びません」
「……いい度胸だねぇ。アタイがマドゼラ・ドルトレットと知っての発言かい?」
玉座のような椅子から立ち上がり、マドゼラが短剣を構える。
「存じ上げませんし、興味もございません。それよりも、まずはお願いが」
「あ? なんだい、この期に及んで」
苛立った様子で、マドゼラが答えると、リステルは、華やかな笑みを浮かべながら話した。
「貴方の部下と思わしき外道共があまりに煩わしくて堪えません。欲情されるのはご勝手ですが、妄想は妄想にすぎないということをご指導していただけませんか。仮にお断りになるのであれば、誠に遺憾ながら強制手段をとらざるを得ません」
「あーあー、話が長くて分からないねぇ。特に嫌いなヤツの話しはさ、聞き流したくなるもんだろ?」
首のあたりで片手をひらひらと振るマドゼラ。
すると、リステルは、一瞬きょとんとした表情を見せ――
「……仰る通り。では、手短に申し上げます」
一息、置いて、目つきを変えた。
射殺すような眼光を放ち、僅かに腰を落とす。
「今から貴女を潰します。お覚悟を」
それを見て、マドゼラが触発されたように笑みをうかべる。
右手に持った短剣を前にかざし、叫んだ。
「――やってみな、クソガキッ!」