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396話 同じ瞳

「ふざけるなっ!」


 互いの拳を突き付け合うアイネとクレス。


「今の力じゃ足りなくて……追い付かなくて。だから、心の底に嫌な感情閉じ込めて……」

「何を言ってやがる! お前ごときにオレの何が分かる!!」

「分かるんすよ。目を見れば」


 じりじりとアイネの拳が押され始める。

 パワーだけの真っ向勝負では明らかにアイネに勝ち目はない。

 それでも、アイネは淡々とした表情でクレスのことを見つめていた。


「ウチもそうだから。多分、カミーラさんの言っていたことは本当なんだ……」


 ――嫉妬。


 クレスは、誰からも教えを乞うことができず、自分の力で多様なスキルを身に着けたという。

 そんな彼からすれば、『魔道具』という、ようやく手に入れたアイデンティティを渡すことなんて受け入れられるはずがない。


「アンタがどんな思いでルベルーンギルドに残っているのか全部知ってるわけじゃない。でも、ウチは――」

「ふざけるなっ!! この野良猫があああああっ」

「っ――!?」


 ふと、アイネが逃げるようにバックステップでクレスから距離をとる。

 クレスは、ただ苛ついて声を荒げたのではない。

 アイネの直感は、そう明確にそう告げていた。


「ラアアアアアッ」


 右手首を左手で押さえながら、クレスが力強く叫び続ける。

 ――明らかに無防備だ。

 だが、今の彼に攻撃を仕掛ける気にはなれなかった。



「……守護金剛」



 アイネの体を纏っていた青白い光が、赤へと変色する。

 守護金剛は、練気・体状態で使えるスキル。

 一時的に攻撃力を下げる代わりに、受けるダメージを大幅に減らすスキルだ。

 このスキルなら防御力を無視する拳闘士のスキルであっても実質的に威力を軽減することができる。

 だが――


「受け止める気か? 後悔するぞ」

「…………」


 当然、拳闘士であるクレスはそのことを知っている。

 それでも、クレスの表情がはっきりと宣告している。



 ――このスキルで、お前は終わりだ。



 真っ向から睨み返すアイネ。

 クレスの腕から、緑色の粒子が舞いあがる。

 アイネの頬は、かまいかたちを彷彿とさせるような鋭い風により切り裂かれている。


「いくぞっ――羅刹雷光撃!」


 彼がそう叫んだ瞬間、緑の粒子がさらに勢いを増して舞い上がった。

 そしてその粒子は、電を思わせるようなシルエットに変化してクレスの腕を包み込む。


「ぐっ――うぅううううっ!?」


 それをアイネが確認した直後、クレスは一瞬にしてアイネとの間合いを詰める。

 振り下ろされた腕とともに、稲妻が走るような音が放たれた。


「センスに頼り切った野良猫ごときがっ! 知ったような口をきくなあああああっ!!」


 腕をクロスさせ、クレスの拳を受け止めるアイネ。



 ――なに、この威力……!?



 本当に雷を落とされたのではと錯覚するほどの痛み。

 声を出すこともできず、かといって体を動かすこともできず。

 ねじこむようにアイネの腕に押し付けてくるクレスの腕からは、凄まじい電撃が放たれていた。


「コレはオレの力だっ! オレが耐え抜いて得た力だ! ぽっと出の貴様が使おうなんざ――虫がいいんだよぉっ!!」


 ――その言葉で、アイネは、なんとなく悟った。

 今、自分が受けているのは純粋な拳闘士のスキルではないと。

 クレスの拳から放たれる雷は気力が生み出したものではない。

 それを確信させせるに至るほど体に走る痛みは、アイネの経験では説明ができないものだったから。


「……だったら、見せてやるっす」


 だが、アイネの覇気は衰えない。

 それどころか一層激しく――そして、力強く。

アイネは声を張り上げた。


「ウチがアンタに与えられるもの――その価値をっ! 気功縛――」

「なっ――」


 ふと、アイネがクロスさせている腕を解いた。

 クレスの拳を額で受け、その腕を掴みながら、クレスの体を後ろに引き寄せる。


「当身投げえええええええええええっ!」


 その瞬間、守護金剛によって赤く変化した光が縄状に変化した。

 周囲に散逸するように放たれた縄状の光。

 それらは、クレスの体を縛り付けるために収束する。


「なっ――なんだとっ!?」

「ぐっ――」


 拳闘士のスキルは、何度か使うと練気状態が解除されてしまう。

 守護金剛は、練気・体状態でのみ使えるスキル。

 気功縛によって練気が解除されてしまうと同時にこれも解除されてしまう。

 ゆえに、一瞬だけ、アイネの体にはクレスの攻撃によるダメージがダイレクトに伝わっていた。


「こ、この……きさ……」

「地襲――」

「貴様ああああっ!」


 クレスの叫びも虚しく、その体を縛る光はほどけない。

 アイネの拳を纏う光が、金色に変化する。


「崩獣拳!!」


 虎の頭のようなシルエットとなって、襲い掛かる黄金の光。

 二度目の大技がクレスを地に伏せようと襲い掛かる。


「ああああああっ! 衝流波動おおおおおおおおおっ!」


 半ば祈るように、天を仰ぎながら叫ぶクレス。

 その瞬間、クレスの練気が爆発するように周囲に拡散した。


「がっ――」

「くっ――!?」


 クレスの衝流波動によってアイネの体が押し返される。

 だが、アイネも強引に拳を前にねじ込んで対抗。

 そして――


「っ――」


 二人が僅かに息をのんだのと、ほぼ同じタイミング。

 その瞬間に、二人の姿は強烈な閃光によって包まれた。



「え……ちょっ、アイネちゃん! 大丈夫なの!?」



 少しの間、呆気にとられていたトワが叫ぶ。

 二人の姿を隠していた閃光が勢いを衰えはじめた時、わずかなうめき声が聞こえてきた。


「……ぐっ、う……」

「づ……」


 光の中から現れたのは、地に伏せた拳闘士が二人。

 両者共に、なんとか寝返りをうてるかどうかといった状態だ。


「ハハハ、引き分けといったところか。な、クレス」


 あっけらかんと笑いながら二人に近づいていくカミーラ。

 その足音に気づいたクレスが、うめき声を強くする。


「ふざ……け……ぐっ……」

「アンタは学ぶべきだ。アイツから」

「づっ――」


 カミーラの声に、クレスが苦々しく表情を歪ませた。

 そんな彼の傍に立つと、カミーラは、地に伏せたクレスを見下ろして鋭い声を投げかけた。


「プライドを捨てろ。あの女はな、少なくともお前と同じぐらいの努力はしてきているぞ?」

「ぐっ――くそっ!」


 ――認めたくない。

 クレスの顔は、あからさまにそう告げている。

 だが、それを発言できるような立場ではないことも、彼は理解していた。

 カミーラが満足げに笑う。


「……ふふ、どれ。リヴァイアサンの研究もオジャンになっちまったし、ここらで一つ、教育でも楽しむとするかっ……」


 そう言いながら、カミーラはゆっくりとアイネの方に歩いて行った。


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