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393話 野良猫

「冗談でしょう!? 正気を疑われますよ、カミーラ様っ!」


 ルベルーンの中央にある塔の頂上。

 そこは、周囲が階段状の席になっておりコロシアムのような空間になっている。

 その場所で一人の獣人族の少年が張り詰めた声をあげていた。


「ハハハッ、まぁそう言うだろうな。お前なら」


 犬耳と、灰色の尾を天に突くように立てるその少年――クレス。

 そんなクレスの前で気の抜けた笑い声をあげるカミーラに対し、彼は声を張り上げる。


「いいですかっ! この野良猫は明確にルベルーンに敵対した者ですっ! カミーラ様に牙を向けるようなヤツを、なんで!」


 カミーラの横に立っているアイネを突きさすように指さして叫ぶクレス。

 だがカミーラは、そんな必死な様子を見せる彼に対して淡々と答えるだけだった。


「だが逆に、アタシを解放してくれたともいえる。リヴァイアサンの研究も、飽き飽きしていたところだしね」

「そんなっ――でも、そういう問題じゃっ!」

「落ち着けクレス。仮にこの女を乱雑に扱ってみろ。あの男が本気でアタシらに牙をむいてきたら、今度こそひとたまりもないぞ」

「それはっ――」


 堪えるように声を詰まらせるクレス。


 リヴァイアサンを一撃で屠った伝説の竜王。

 その姿は、クレスも遠くからその目で見ていた。


 そして、あのバハムートを召喚した『彼』の存在。

 その実力がカミーラをも遥かに凌駕するものであることが分からない程、クレスは愚かではなかった。


「でも、こいつは凡人中の凡人ですよ。カミーラ様の――そして、オレの時間をとる価値なんて、あるはずがない」


 悔しそうに眉をひそめながらも、クレスはアイネを一瞥して悪態をつく。

 そんな余裕の無い様子を見せていただろうか。

 トワが挑発するようにクスクスと笑いはじめる。


「アハハッ、『価値』かぁ。やっぱ、似たようなこと言うんだね」

「黙ってろ羽虫。お前なんざ、眼中にない」

「は、はむ――!? 羽虫ってどういう――!!」

「そして野良猫。お前はなおさらだ。前に地べたに這いつくばった経験だけじゃ、物足りなかったのか?」


 あんぐりと口を開くトワを無視して、アイネを睨むクレス。

 その視線を真っ向から受け止めること数秒。

 一つ息を大きくついて、アイネはゆっくりと言葉を放つ。


「……そっすね。物足りないっす。ウチ、あれだけで終わったと思ってないっすから」

「ハッ――明確にオレに負けたくせに何を言う。お前との格付けはもう済んでいる。さっさと帰れ。お前に与えてやるものなぞ何もない」


 そう言いながら、クレスは乱雑に手を払う。

 眉をひそめて拳を握るアイネ。


「でも、アイネちゃんにはあるよ。クレス君にあげられるものが」


 と、トワが、緊張した雰囲気には似合わない気の抜けた声をあげた。


「気功縛。君、使えないんでしょ?」

「っ――」


 トワの指摘に、クレスが露骨に顔を歪めた。

 それを見て、アイネが察したように息をのんだ。

 トワのアイコンタクトを受け、クレスに話しかける。


「聞いたっすよ。クレス――アンタは、師に恵まれなかったって」


 明らかな動揺。

 クレスの視線がカミーラに移る。

 そんなクレスを拒むように、じっとアイネのことを見つめ続けるカミーラ。

 奇妙な緊張感の中、アイネがゆっくりと言葉を続けた。


「ウチは一通りの気功縛を使える。クレスが望むなら、このスキル――とことん、教えてあげるっす」

「なんだと?」


 アイネの言葉に、眉を何度かひくつかせるクレス。


「オレに教える? どの口が言ってるんだ。上から目線もいい加減にしろよ?」

「上からだなんて思ってないっす。でも、クレスにもメリットがないと、ウチのこと、受け入れてくれないっしょ」

「ハン、お断りだ」


 クレスは、あざ笑うような言い方をしながら顎をあげた。


「気功縛? そんなもの、オレ一人でも習得できる。そもそも、そんなスキルは必要ない。お前なんか頼らない」

「どうしてさ。クレス君も、使えるスキルが多くなったら嬉しくない?」

「バカにするなよ羽虫。オレは野良猫に頼る程、落ちぶれてない」

「もー! ボクは羽虫じゃないよ! それに、クレス君だってもともとは野良犬だったんじゃないの!」


 ビシリと指を突き立てるトワ。

 その瞬間、周囲がシンと静まり返った。


「……殺されたいのか?」


 今までで一番、苛ついた――それでいて、殺気のこめられた声を放つクレス。


「ハハハ、やはり若者はそういう目をしてないとな」


 と、カミーラが手を何度か叩いてそう言った。

 皆の視線がカミーラに集まる。


「しかし、このままではらちが明かん。……そこで、どうだ? 拳闘士らしく、拳で語り合うというのは」

「なんですって……?」


 カミーラの言葉に、クレスが怪訝な感じで目を細めた。

 そんな彼をなだめるように、カミーラがゆっくりと言葉を続ける。


「クレス。お前がコイツを認めないならそれでもいい。だが、少なくともコイツはアタシの顔に泥を塗った男の仲間だ。アタシは利用価値があると思うがな」

「どういう意味ですか」

「分かるだろう。戦えってことさ。幸い、この場所は、まさにそのために用意されたのだから」


 そう言って周囲に手を広げるカミーラ。


「アンタがコイツから何も得られないというのなら――それを戦いで証明しろ。断る理由はないだろう?」

「カミーラ様は、あの野良猫がオレより強いと?」

「そんなことは思っていない。だが、アンタの成長のためには、コイツが必要だと思ったのさ」

「……!」


 その言葉をきいて、クレスが目を見開いた。

 おもむろに拳を握り、カミーラに向けて冷たい声を放つ。


「カミーラ様。オレは、貴方に心から感謝している。――でも、全てを盲信しているわけじゃない」

「分かっている。だからこそ、アンタはアタシの右腕なんだからね」

「…………」


 不敵に笑うカミーラ。

 そんな彼女を見て、クレスは、小さくため息をつき、アイネに視線を移した。


「いいでしょう。そこまで言うのなら――潰してやりますよ。あの野良猫をね」



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