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392話 魔道具

 先ほど、グレンと話していた場所――自室に戻ったカミーラは、アイネ達を招き入れると脱力したように近くにあるソファに座った。

 手をひらひらと振りながら、アイネ達にむかって座るように促す。


「しかし、驚いたな。あのじいさんはともかく、アンタまでルベルーンにくるなんて」

「……じいさん?」


 カミーラの前にあるソファに腰掛けながら、アイネが怪訝な顔をした。

 そんなアイネに、カミーラがくすりと笑いながら答える。


「さっき会っただろ。あの男さ」

「アハハッ、じいさんって言う程ふけてないでしょ! せいぜい40ぐらいじゃない?」

「80だよ」

「「……は?」」


 トワとアイネの声がシンクロする。

 ニヤニヤと笑いながら言葉を続けるカミーラ。


「あの男は80歳だ。そうは見えんかもしれんけどね」

「……マジっすか?」

「あぁ。前にも言わなかったか? 見た目を若くする方法なんていくらでもある」


 そう言いながら自分の顔を指さすカミーラ。

 ――カミーラの外観は、二十代後半にさしかかったと言っても全く不思議ではないものだ。

 だがその実年齢は55歳。老人とはいかずとも、少なくともカミーラの外観からは全く想定できないものだ。


「……そんなものなの?」

「あぁ。自分のマナを戦闘以外にも使うことに興味があるなら、色々と調べてみるといい。場合によっちゃあ、アタシが教えてやる。男は若い女が好きだかな。アンタに彼氏ができたなら、今から考えといて損はない」

「そ、そうなんすか……?」


 ごくりと唾を飲み込み、身を乗り出すアイネ。

 だが、すぐに我に返ったような素振りで顔を横に振ると声を張り上げた。


「って、そうじゃないっす! 別にウチは、それを教えてもらいにここにきたんじゃなくて――」

「ん、まぁ、そうだろうな。どれ……」


 足を組みなおしながら、カミーラが笑う。


「さて、とりあえず――アイネだったか。まずは話をきこうじゃないか」

「…………」


 顔は笑っているものの、声はまるで笑っていない。

 そんなカミーラを前にして、アイネの顔がやや強張っていく。

 挑発的に笑うカミーラ。


「なんだ。警戒しているのか? 今更だろう?」

「警戒というか……意外だなって思っただけっす。まさかカミーラ……さんがウチの話をきいてくれるとは思わなかったから」

「ほー。ならお前は何故あの場所にいた?」

「クレスを引きずり出すため」


 即答するアイネに、カミーラは、一瞬目を見開いた。


「……ふふっ。そうか。やはりアンタは違うな」


 三角帽子のつばをいじりながら、カミーラがニヤリと笑う。


「何がっすか?」

「他の獣人族どもとだ」


 と思いきや、次の瞬間、カミーラから出てきたのは冷え切った威圧的な声。


「非力であることに甘んじて、強者の繁栄を妬む。そんな者とは違うわけだ」

「……それ、偏見じゃないっすか?」

「そうかもな。だが、事実として、ルベルーンの獣人族はそんなやつらしかいない。魔法の恩恵を受けるためなら、疑問も持たずに奴隷になるヤツばかりだ」


 何か嫌なことでも思い出したかのように、苦々しい表情を浮かべるカミーラ。

 だが、しばらくすると、カミーラは、アイネに視線を移した。


「しかし……なるほどね。合点がいったよ。クレスの不機嫌はそういうわけか」

「不機嫌?」

「丁度、アンタ達とやりあった頃からね。隠しているつもりなのか、どうも苛立っているように見える。アタシが負けたせいかと思っていたが……ふふ、アイツらしい」


 どこか優しげにほほ笑むカミーラ。

 その意図をアイネ達が図りかねていると、カミーラが我に返ったように声色を戻す。


「ところでアンタ、クレスの戦い方に興味を持ったと言っていたな。そして、クレスを超えたいと」


 黙って頷くアイネ。


「それはもしかして、あの男のためかい?」

「え……?」


 と、アイネの顔が一気に赤くなった。


「あっははははははははは! なんだその顔は! アンタ、そんな顔もするのかい」

「う……」

「まぁいい。アンタも色々あったんだろう。ただの色ボケでここにきたわけじゃないことぐらいはアタシでも分かるよ」

「…………」


 アイネの唇がきゅっと結ばれる。

 試すようなカミーラの視線を真っ向から受け止め、手を膝について次の言葉を待つ。

 そんなアイネの様子に、カミーラは、どこか満足そうに微笑んだ。


「クレスが使っている武具は、クレスのために調整された魔道具だ。使用者の気力を装置の力を使って魔力に転換させる。まぁ……簡単に言えば、人工的に魔法を使えるようにする武器ってことだな」

「ってことは、クレス君は魔法が使えるの?」


 トワの問いかけに、カミーラは静かに首を横に振った。


「正確には、気力として一度体外に放出されたマナを原始化・分解し、その後にもう一度魔力の構成要素を疑似的に――ハハッ、全然分からないという顔をしているな?」

「い、いや……続けて欲しいっす」

「ほぅ」


 前傾姿勢になりながら自分の言葉に耳を傾けるアイネを前に、カミーラは物憂げに目を細めた。


「……人には向き不向きがある。アンタは、こういう理論めいたことは苦手そうだけどね」

「でも――」

「強くなるためならやる――かい?」


 頷くアイネを見て、カミーラはため息をついた。


「……ことごとごく、アンタはクレスに似ているな。だからこそ、クレスはお前にイラついているんだろう」


 そう言いながら何度か頷くカミーラに、トワがやや苛立った声で問いかける。


「でもよくわからないなぁ。なんでアイネちゃんが嫌われなきゃいけないのさ」

「ん? 嫉妬に決まってるだろうが」

「へ? 嫉妬? なんでクレスが……」


 以前戦った時、アイネはクレスに真っ向勝負で負けている。

 彼がアイネに嫉妬する理由など、アイネには全く心当たりがなかった。

 そんなアイネを若干小ばかにするように、カミーラが軽く笑って言葉を続ける。


「アンタ、アインベルの娘なんだってな。トーラのギルドマスターの」

「そうっすけど……」


 ふと、アイネの表情が暗くなる。

 やや焦った様子でアイネの顔をのぞきこむトワ。

 そんな二人の様子など目に入っていないかのように、カミーラが淡々と話し続ける。


「そりゃあ気に入らないだろう。クレスの育ってきた環境はアンタとは違う。両親は魔術師の奴隷として過労死。クレスも奴隷として魔術師に使われ続けてきた」

「え……」


 カミーラの口から語られるクレスの過去。

 カミーラはあっさりと言うが――それは、どれだけ過酷なものだったのか。

 アイネとトワには、想像の及ばない世界だ。


「だがクレスは、どんなに痛めつけられても決して主人に従わなかったらしい。手を焼いた主人から拷問を受け続け、街に捨てられていたところをアタシが拾った。価値がありそうだったからね」


 カミーラは、クレスの過去を慮るというよりも、自慢話をするかのように薄ら笑いを浮かべている。

 どこか不気味さをも纏うカミーラの話し方に、アイネは、ややひいた様子で問いかけた。


「価値って……?」

「単純に、使えそうだと思ったのさ。アイツは強いと、すぐに分かった」

「ふーん……そういうものなの?」

「あぁ。なんていっても、目が違ったからね。とんでもなくギラギラしていた」


 自分の目を指さしながらカミーラが話す。


「後からきいた話しによると、クレスは奴隷として虐げられながら独自で拳闘士のスキルを習得していたらしい。時には資料館に盗みに入った時もあるとか……」

「アハハ……結構やんちゃしてるんだね……」


 ひきつった感じのトワの声に、カミーラはクスッと笑った。

 そのままアイネに視線を移して、話し続ける。


「だが、アンタは違う。実力ある拳闘士を親に持ち、その教えを受けている。きけばアンタ、気功縛まで使えるらしいな。それでアイツは嫉妬したんだろう」

「嫉妬……っすか」


 半ば無意識に、アイネは自分の胸をぎゅっとつかんだ。

 どこか切なげな、微妙な表情を浮かべるアイネを見て、カミーラが諭すように話しかける。


「ふふ。アンタも同じような経験があるみたいだね? 誰かに嫉妬したことがあるのかい?」

「え……?」


 ――何故分かった?


 アイネの顔に、そんな疑問が現れる。

 声に出さずとも、カミーラは、自分の言葉が図星をついたことを確信させるに十分なほどに、はっきりと。


「化け物じみた強さの男に、大陸の英雄とまで呼ばれる剣士、人と一緒にいることなど殆ど無い妖精、そしてエルフの姫――そんなキワモノ集まるパーティの中に、一人だけ凡人がまぎれこんでいたからな。アンタにはお似合いの感情だ」

「ちょっと! なにその言い方、失礼じゃない?」

「……いいんすよ。本当のことだから」


 カミーラの挑発的な言葉にも、アイネは表情を変えていない。

 極めて冷静に、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「だからウチはここに来た。このルベルーンで、しっかり活躍してるクレスと戦えば、何か掴めると思うから」

「ふーん……」


 そんなアイネを見て、カミーラがいつもの不敵な笑みを見せた。

 何度か見せてきた笑顔の中で、一番満足そうな表情。


「いい覚悟だね。なら、さっそく戦ってみてもらおうか。その内容次第でアンタにも教えてやるよ。持たざる者なりの――『魔力の扱い方』ってやつをね」


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