391話 カミーラとの再会
「へへ、そっすね」
そんな中、堂々と歩く獣人族の少女の姿は、周囲にはとてつもなく異様に見えていたに違いない。
周囲の人々の訝しげな視線の中、アイネは淡々と進んでいく。
「アハハ……だ、大丈夫。いざという時はボクがアイネちゃんを守るから。リーダー君にも頼まれたし……」
「うん。頼りにしてるっすよ」
表情には出ていないが、アイネの声には僅かな緊張が混じっていた。
そんなアイネのただならぬ雰囲気を察したのか、周囲にいる魔術師はアイネに近づいてこようとしていない。――というか、見ようとしてこない。
ともかく、アイネは、ルベルーンギルドの扉に近づいていった。
「あ、貴方は……」
ふと、ルベルーンギルドの扉の前にアイネが来ると、箒をもった一人の獣人族の女性が声をかけてきた。
以前ルベルーンギルドに来た時に出会った、バルーンハットをかぶった獣人族の使用人だ。
「あ、こんちは……」
「…………」
アイネが挨拶をすると、その使用人は、怯えたように後ずさりをする。
――それもそのはず。この使用人が以前見たのは、周囲の魔術師達を返り討ちにする仲間の姿なのだから。
だが、話をきく相手が他に思いつくわけでもない。
ぎゅっと唇を結んだあと、アイネは意を決したように口を開く。
「クレスって人、この中にいるっすか?」
「えっ……あ、はい。えと、ヴェランディオ様のお知り合いですか?」
「ヴェ、ヴェラ……?」
ききなれない名前に、アイネが首を傾げる。
「クレス・ヴェランディオ様です。カミーラ様のお付き人様ですね」
「あぁ、そうそう。その人っすね。その人に会いたいんすけど」
「は、はぁ……アポイントはあるんですか……?」
「ア、アポ……?」
ピンと来ていない様子のアイネを見て、使用人が申し訳なさそうに頭を下げた。
「……あの。多分、ヴェランディオ様に会うのは難しいですよ。もともと、人前に姿を現すのが好きな方ではないですし」
だが、そういった反応をされるのはアイネにとっても想定内だ。
特に動じた様子もなく食い下がる。
「んー、そうかもしれないっすけど、とりあえず中に入ってきいてみたいんすよ。入っていいっすよね?」
「えと……私には決定権限がないというか、えっと……」
「では、少なくとも、その男と君は関与していないのだね」
そんな時だった。
急に開いたルベルーンギルドの扉とともに、渋く覇気のある声が聞こえてきた。
「くどいな。少なくとも、アタシがその男のことを隠す理由はないだろう。何故そこまで疑われるか心外だね」
「ふむ……私もそうしたくてしているわけではないのだが」
出てきたのは、壮年の剣士と思われる男。
そして、大きな三角帽子に紫のドレスで身を包んだ金髪の麗人だ。
「カ、カミーラッ!」
急に現れた、その相手を前に、さすがに動揺を隠しきれないアイネ。
だがカミーラが返してきた態度は、あっけないものだった。
「ん……なんだいアンタは。迷子か?」
「ち、違うっすよ! ウチのこと、覚えてないんすかっ!」
何回か自分の胸を叩きながらカミーラに詰め寄るアイネ。
それを見て、徐々にカミーラが目を見開いた。
「あん……? あぁ、あの時のっ……!」
「知り合いかね」
隣の壮年の男が問いかける。
「ん、あぁ、そうだな。そんなところだ。しかし、なぜアンタがここに?」
「それは…………」
言葉を詰まらせるアイネ。
その原因は、カミーラの後ろで威圧感を放つ男の存在だ。
「ふむ。珍しいな。妖精を連れた獣人族か……」
「ど、どうも……」
アイネもトワも、気まずそうな声しか返せない。
男は、そんな彼女達を見定めるように一瞥するも、すぐに興味を失ったようで視線を反らした。
「まぁいい。とにかく私はこれで失礼する。ルドフォア湖の調査も残っているからな」
「はいよ。好きにしてくれ」
男の方を見るまでもなく、カミーラは片手をあげて挨拶を告げる。
男とは違い、視線の対象は、アイネ達からずれていない。
そんなカミーラを獣人族の使用人が呆気にとられた様子で見つめていた。
「なんだい。アタシに何か言うことでも?」
「え、いや……す、すいませんんっ!」
カミーラに声をかけるやいなや、使用人は箒を構えなおして逃げるように掃除を再開しはじめる。
そそくさと距離をとっていく彼女の背中を見つめるカミーラ。
ふと、呆れたようにため息をつく。
「はぁ……これだから獣人族は。強者にすがるだけの卑屈な者に、価値などないというのに……」
ぼやくように出されたその言葉に、アイネが眉を吊り上げた。
「それ、獣人族のウチの前で言うことっすか?」
「ふん……あんなことがあってなお、アタシんところに来たんだ。図太さの塊みたいな女相手に、気遣う必要なんてないだろう?」
「えー、図太いなんて! 女の子相手にそんなこと言うー?」
「ハハッ、同性相手にその台詞が通用すると思うな」
トワの言葉に、軽く笑い返すカミーラ。
そしてギルドの扉に向かい、人差指を数回まげてアイネを呼ぶ。
「それで? 用があってきたんだろ。入りな。話しをきいてやる」
「えっ……」
その言葉に、アイネは、拍子抜けといわんばかりに目を丸くした。
カミーラは、『彼』と真っ向から対立した相手だ。
ある程度、騒ぎになったりすることは覚悟していたのだが――
「どうした? 来ないのか」
「い、行くっすよ!」
罠かもしれないとはいえ、アイネがここに来ることを彼女は知らない。
それに、本当に話に耳を傾けてくれるのであれば、願ったり叶ったりだ。
カミーラの気が変わらないうちに、アイネは急いでカミーラの後を追い始めた。