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390話 アイネの旅

 日が落ちたルベルーンは、紫の光で美しく照らされている。

 白の建築物に、白の石で整備された道路は、空中通路が放つ紫の光を見事に反射するからだ。

 その中を歩く人々は、魔術師であることを象徴するようなローブやコートを羽織っている。


「なぁ、おい、なぁ」


 そのうちの一人が、荒っぽい声をあげて振り返った。

 視線の先には、ルベルーンの中では異色を放つ、拳闘士の恰好をした獣人族の少女。


「……ん、ウチっすか?」


 黒い猫耳と尾をはねさせて、その少女――アイネが振り返る。


「お前さ。なんでそこ歩いているの?」

「…………」


 威圧的に前進してくる男に対して、アイネは何も答えない。

 ただ、不満そうに、じっと男のことを見つめている。

 すると、男は苛立った表情でアイネの近くに顔を下げてきた。


「奴隷はさ、端によるのが普通だろ? 何堂々と通路を歩いてるんだっていってんだよ」


 そう言いながら、男は道路の端を指さした。

 もっとも、そこは道というより、雨水が通る水路のようなところだったが。


「もー、だからさぁ。アイネちゃんは奴隷じゃないって」


 ふと、アイネの肩に座っていた赤髪の妖精――トワが声をあげる。

 それを見て、男は怪訝そうに目を細めた。


「ん……妖精? 珍しいな。なんで魔力無しの連れなんか……」


 ルベルーンは魔術師に精通する者が集まる大都市だ。

 それでも人目につく場所に現れない妖精が人の肩にのっている姿を見た者は数少ない。

 一方、アイネとトワにとっては、そんな反応をされることは、見慣れたものだった。

 若干、気怠そうにしながら、アイネが軽く頭を下げる。


「まぁ、そういうわけなんで、ウチはこれで」

「おいこら、なんで先にいくんだよ」


 男の引き留める声にため息をつくアイネ。

 やれやれと言いたげに、ゆっくりと振り返り、首を見せる。


「もー……ほら。ウチ、隷従の首輪つけてないっしょ?」

「んなもん関係ないだろ? 何言ってんだお前」


 奴隷である者は、その身分の証として首輪をつけられる。

 自分では外せない呪術がかった首輪だ。

 魔法全般に精通している魔術師なら、そんなことは当然に知っている。

 だが、そんなことは、彼らにとって意味の無いことだった。


 魔力の無い者は奴隷。


 それがルベルーンに住む者の一般的な価値観だから。


「まぁ……主人がいないってなら丁度いいわ。お前、俺の奴隷になれ」

「…………」


 男の言葉に、アイネが黙って睨み返す。

 その表情が意味するところは昭だが――男は、まるで態度を変えない。


「野生の魔力無しなんてちょうどいい。ちょっと最近、女に縁がなかったからさぁ、ありがてえぜ」

「……またこのテの男っすか」


 呆れたようにため息をつくアイネ。

 すると、男が身を乗り出してアイネに手を伸ばしてきた。


「なんだお前? ナメてんのか?」


 素早く後ろに下がってその手を避けるアイネ。

 気の抜けた表情のまま、軽く拳を握りしめた。


「それはお互いさまっしょ。アンタ、絶対ウチのこと弱いって思ってるっす」

「ハッ! 魔力無しがっ! 調子に――」


 と、男が言葉を止めた。

 アイネの拳が文字通り目と鼻の先にある。

 明らかに意図的に寸止めされた攻撃。


「じゃ、ウチはこれで」


 その攻撃に、全く反応できずにいる男に、アイネが冷めた声を放つ。

 すると、男は、我に返ったのかもう一度アイネに詰め寄ろうとした。


「て、テメ――」

「なにか?」

「っ――!?」


 だが、さすがの男も察してしまう。

 目の前にいる獣人族の少女は、自分の知っているそれとは違うと。

 ルベルーンにいる奴隷達とは放っているオーラがまるで違う。

 見た目は華奢で、成人しているかも疑わしい獣人族の少女。

 そんな相手に、男は明確に恐怖心を植え付けられていた。


「……じゃ」


 特に興味もなさそうに、アイネが踵を返す。

 そんなアイネを、男はただ唖然と見送ることしかできなかった。



 †



「アハハッ、アイネちゃんやっぱ凄いじゃんっ! 連戦連勝っ!」

「別に全然嬉しくないっすけどね。多分、レベル20か30ぐらいだろうし……あんな相手に勝つために、来たんじゃないっすから」


 アイネにしては珍しい、淡々とした声色。

 そんな彼女の肩に座っているトワが少しだけ体を前に倒した。


「でもさ、なんかアイネちゃんのオーラ、スイちゃんに近くなってきた気がするよ」

「えっ……マジすか?」

「うんうん。戦闘モードになった時とか、特にね。結構な威圧感だったよ」


 くすくすと笑うトワに、アイネは照れくさそうに頬をかく。


「威圧――してるつもりはないんすけどね。単純に気持ち悪くて」

「アハハッ、スイちゃんも結構ナンパされたって言ってたもんね」

「はぁ……シュルージュで初めてナンパされた時は、珍しいもの見れたなって面白く感じたんすけど……ほんとに気持ち悪くなってくるっすね。テンション下がるっす……」


 気怠そうにあくびをしながら、三つ編みを結びなおすアイネ。

 だが、すぐに目つきを鋭くして目の前の建物を見た。


 ――ルベルーンギルド。

 魔法都市ルベルーンの中央に位置する巨大な塔。

 その入り口の前にある広間には、数多くの魔術師が行き来していた。


「……アハハ、めっちゃ見られてるね」


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