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389話 老兵の追及

 魔法都市ルベルーンのギルドは、都市の中心にそびえたつ塔にある。

 その最高階に存在しているのは、ギルドマスターであるカミーラの部屋だ。

 部屋の奥には、ルベルーン全体を一瞥できるような大きな窓。

 紫色に輝く空中通路の光のせいで、カミーラの部屋は明るすぎるほどに照らされている。


「……それが、君の弁解か」


 その窓の前に立ち、外から差し込む紫の光を全身に浴びつつも表情一つ変えずに佇む男がいた。

 落ち着いた、ゆっくりとした話し方。

 それでいて威圧感のこもった――きいている者を畏怖させるような声。

 白を基調とした高貴な衣装に、藍色のマントをかぶせるように羽織り、腰にはギラついた金の剣。


「弁解? それじゃまるでアタシが嘘をついているみたいじゃないか」


 そんな男に向かって、部屋の主――カミーラが自嘲気味に笑う。

 すると、男はゆっくりと振り返り、カミーラの緑の瞳をじっと見つめてきた。


「事実そうだろう? 『リヴァイアサンの封印維持に失敗したから殺した』だと? どうしてそんなことが信じられる」


 そう言いながら、男がふっと目を細める。


「おや、そんなにおかしい話しかい。いくらリヴァイアサンとはいえ、完全に封印を解いていない段階なら、アタシでも倒せるさ」

「そこを疑っているわけではない。そもそも、君が封印の維持に失敗したということが信じられないのだ」


 男の言葉に、カミーラはどういうことかと言いたげに首を傾げた。

 そんな彼女に対し、男はやや怒気のこもった声で言葉を続ける。


「私は知っている。どれだけ君がリヴァイアサンの研究に心血を注いできたかをね。君がこの大事な時期にそんなミスをするはずがない」

「へぇ。随分アタシのことを評価してくれるじゃないか」

「無論だ。君は価値ある者だからな」


 言葉とは裏腹に、男の声は威圧の色に満ちていた。

 だが、それを受けてもカミーラの表情に変化はない。


「アタシの命は、アンタの価値より重い――今でもそう思っているのかい?」


 問いかけるというより、問い詰めるようなカミーラの声。

 それを受けて、男が意外そうに目を丸くした。


「……なんだ。私の言葉を覚えていたのか」

「当り前だろ。忘れたことなんてなかったさ。――この何十年、一度も。アンタが私の両親を見捨てて、アタシを助けたその時からね」


 憎しみとも、憂いともいえるような微妙な表情をみせるカミーラ。

 それを見て、男も居心地が悪そうに顎に手をあてる。


「ふむ、私も老いたものだ。この年になると時間の感覚が薄くてな。そうか……もうそんなに前になるのか」

「何を言う。若々しいよ、アンタは」

「……君もな。とても55には見えない。美しい女性だ」

「はは、なんだそれは。口説いているのかい?」

「まさか。後30年若かったらそうしたかもしれんがな」

「その時にはお互いこの見た目だっただろう?」

「ふむ……」


 余裕を見せつけるカミーラに、男が表情を苦く変える。

 そんな男に対し、追い打ちをかけるようにカミーラがまくしたてた。


「どうあれ、アタシがいえるのはこれだけだ。リヴァイアサンが暴れだしたから、それを抑えるために戦った。そしてやむなく殺しちまったってわけさ。逆に、それ以外にあの超常的な地割れを他にどう説明できるっていうんだい?」

「逆に説明した方がいいと思うがな。リヴァイアサンの召喚獣化への研究は、国も相当な予算をつぎ込み援助をしていたのだ。君の立場も危ういぞ」

「それは分かってはいるがね。本当に失敗しちまったんだから仕方ない」


 自嘲気味に笑いながら両手をひらひらとあげて笑うカミーラ。

 そんな彼女を見て、男は小さくため息をついた。

 そう思いきや、男はおもむろに外に視線を移し、淡々と言葉を続けていく。


「……少し、噂になっている男がいる。シュルージュできいた話だ」

「ほぅ?」


 男が背を向けただろうか。

 カミーラが僅かに表情を変える。


「その男は、シュルージュギルドの中でサラマンダーを召喚したらしい。サラマンダーのレベルは100……そんな高レベルな魔物を召喚することができる者は、国が把握している中ではライル・スローガル一人だけなのだが。どうも彼ではないらしい」

「へぇ。しかしなんでそんなことをしたんだか」

「詳しくは知らぬ。ただ、多少なりとも事情はあったそうだ。ただの粗暴者とは思えん」

「ふーん……まぁ、興味はないね。なんの関係があるんだい?」


 心ない感じで受け答えするカミーラ。

 だが、その内心はざわついていた。

 当然だろう。カミーラは知っているのだ。


 サラマンダーどころではなく――伝説の竜王をも従える青年のことを。


「……しかし、サラマンダーねぇ……そのレベルの魔物も召喚獣として扱えるのかい」

「レベル100以上ならな。きいたことはないか?」

「知らん。そもそも何故アタシにきく?」


 と、男は、カミーラの焦りを感じ取ったかのように、もう一度振り返ってきた。

 じっとカミーラの目を見据えながらゆっくりと話し続ける。


「その男の同行者にスイ・フレイナがいたのだよ。君と同じ大陸の英雄がね」

「なんだそれは。アタシは別にそんなヤツに興味はないけどね」

「君はそうだろうな。だが、国は違う」


 そう言いながら、男は人差指で数回顎を軽く叩く。


「16歳でレベル95に到達したのは、少なくとも国が把握している中ではスイが史上初だ。国としては、ロイヤルガードとして迎え入れたいと考えている」

「……考えている、ねぇ? 徴兵令はもう出すのかい」


 嫌味な感じで問いかけるカミーラ。

 だが、男は全く表情を変えずに淡々と話し続ける。


「将来の話だ。それはさておき、彼女には、現在地の報告義務があるのだが――今はそれを守っていないようでね。どこにいるのか国は把握できていない。最後にカーデリーに立ち寄ったことは確認できているのだがね」

「ならアタシじゃなく、カーデリーのギルドマスターにきけばいいじゃないか」

「もっともな話しだが、あのハナエとかいう女は信用ならん。……いや、私が信頼されていないといった方が正しいか」


 そう言った後、男は一度唸って、間を置く。

 だがすぐに、見定めるように自分を見つめてくるカミーラに向かって、男は視線を移した。


「ともあれ、彼女は情報を隠している。スイを守っているつもりか知らんがな」

「……まだ十代の女の子なんだろう。自由に旅させてやればいいじゃないか」

「それを君がいうのかね? 皮肉もそこまでくると笑えないな」

「…………」


 男の言葉に、カミーラが苦虫を噛み潰したかのような表情を見せる。

 それを見て、男は、少々申し訳なさそうに俯いた。

 ――と思いきや、男は再び威圧に満ちた声でカミーラに向かって話しかける。


「……話を戻そう。スイはカーデリーに向かった後、シュルージュに戻ってはいないらしい。その時期とルドフォア湖周辺に出来た巨大な地割れが出来た時期が丁度重なっていたからな。一枚かんでいるとみた」

「おいおい、それだけでアタシと関連性があると?」

「仮にあの地割れをリヴァイアサンが起こしたというのならば、君だけで勝つことはできなかっただろう? スイか、その噂の男の力を借りたのではないかね?」

「ハッ、大外れだ。封印解除が不完全だったから、力を使った後にバテただけのこと。本当にそう思っているなら、元ロイヤルガード第一部隊所属の肩書がなくよ」


 若干苛立った様子で、カミーラが声を張り上げる。

 そんな彼女の様子を見て、男は意味ありげに頷いた。


「ふむ……少なくとも、私が前にリヴァイアサンを追い込んだ時にはあんな地割れを起こせる力はなかったはずなのだがね」

「封印を破るぐらいだ。力を蓄えこんでいたんじゃないのかい?」

「それに詳しいのは私ではなく、リヴァイアサンを研究していた君の方だろう」

「ならアタシの言うことを少しは信じてくれたらどうなんだい?」

「やれやれ……堂々巡りか」


 カミーラの態度を前に、男が深々とため息をつく。

 その声からは、威圧感が僅かに減っていた。


「ともかく。レベル100に到達しようとする者を国が把握していないのは危険だ。それは分かるだろう」

「まぁね」

「であれば、手すきの時で構わない。妖精を連れた魔術師の男――それらしき情報を得たら伝えてくれたまえ」

「はいよ」

「……やれやれ。これは期待できそうにないな」


 そう言うと、男はため息をつきながら部屋の扉に向かって歩き出した。

 カミーラの横を通り過ぎ、扉のノブに手をかける。

 ――そんな時だった。


「なぁ、グレン」


 カミーラが呟くように名前を告げる。

 グレンと呼ばれた男は、ノブから手を離し、ゆっくりとカミーラに振り返った。


「アンタはアタシのことを価値のある人間だといったな」

「それが何か」

「アタシの親は、無能がゆえに生きる選択を得られなかった。でも、アタシは、有能だから救われた。アンタの命を危険に晒してまでも」

「……そうだな」


 どこか遠くを見るような目をする二人。

 ふとした拍子に視線があうと、カミーラがおもむろに声をあげた。


「アンタは言った。アタシの命はアンタの命より重いと。アタシの価値は、アンタのそれより上回っていると。でも、それが思い過ごしということはないのかい?」

「……何が言いたい?」


 怪訝な顔を見せるグレン。

 そんな彼の顔を見ると、カミーラは一つため息をついて立ち上がった。


「……いや。なんでもない。せっかく会いに来てくれたんだ。入口まで送らせてもらうよ」

「別にここでかまわないのだが?」

「よせ。一応アンタは、アタシの命の恩人なんだからな」


 若干皮肉のこもった言い方をしつつ、カミーラはグレンの傍に歩いてきた。

 しばらくの間、グレンは、カミーラを洞察するように眺めていたが――


「……そうか。では、頼むとしよう」


 変わらない彼女の表情を見て諦めたのだろう。

 特に何か言うこともなく、淡々と扉を開けた。


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