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385話 バイバイ

 日がやや傾きはじめた時間帯。

 トーラギルドの外には馬車が用意され、スイが荷物の点検をしていた。

 馬車をうまく扱うことができるのは、この中ではスイしかいない。

 だから、彼女がそれを終えるまで俺達は見ていることしかできなかった。


「……こうやって貴方を見送るのも二回目ね」


 そんなスイを見ながら、アーロンが俺に話しかけてくる。


 アイネが俺達と別行動をとると決めたすぐ後、俺達は今日中にトーラを出ることを決めた。

 気持ちが昂っているところから時間が経てば、寂しさに押し込まれそうになる。

 誰もそんなことは言ってないが――おそらく全員、そんなことを考えていたはずだ。


「そうですね……」


 なんとも言えない気持ちがこみあげて、うまく言葉が出てこてない。

 俺達が最初にトーラを出た時には、たくさんの人たちが見送りに来てくれた。

 でも、今回の見送りにはトーラの人達はいない。

 改めて、トーラの受けた打撃が甚大であることを思い知らされる。

 それに加えて、近づいてくるアイネとの別れに胸が締め付けられる。


「でも、大丈夫なのか? トーラ結界の修復もできてないんだろ」


 ふと、セナが眉をひそめて、そうアーロンに問いかけた。


「そうね。でも、さすがにそろそろ救援部隊が到着するって連絡はきてるわ。戦闘要員は別のところにいたから無事だったし……これ以上、トーラは荒らさせない。ここでトーラを守れなくて、誰が乙女ですか」


 勇ましい笑みを浮かべながら雄々しい拳を誇示するように握りしめる。

 ――相変わらず、どう見ても乙女ではない。

 だが、以前、禍々しいとすら感じたその笑顔は、今はとても頼もしく見える。


「そ、そっか。それならまたここに戻ってこれるな」


 そんなアーロンを前にして、一歩後ずさりするセナ。

 ユミフィにいたっては、完全に俺の後ろに隠れて無言を貫いている。



「皆、準備できましたよ」


 と、スイが手を振りながらこちらに歩み寄ってきた。

 ――別れの時間が近い。


「よしっ、じゃあそろそろいくか」


 頬を叩いて、明るく声を出す。

 だが、それでも、若干の暗い雰囲気は消し去れなかった。


「……ごめんっす。こんないきなり……」


 そんな周囲の雰囲気に、少しだけ押しつぶされたようにアイネが声を漏らす。

 するとスイがやや大げさにアイネの肩を叩きはじめた。


「大丈夫だよ。アイネが考えたこと、分かったから。……頑張って」


 そういうスイの表情も、心から明るいものではない。

 やはり、皆が唐突な別れに胸を締め付けられている。


「アイネ、強い。私、目標」

「あぁ。オレも強くなるからな。また手合わせしようぜ」


 だが、それはそれでいいことだ。

 それだけこのパーティの繋がりは強いということなのだから。

 それをアイネも実感したのだろうか。にっと歯を見せて笑うと耳をぴくりと動かす。


「……へへ。皆、ありがと」


 そう言って俺に視線を移すアイネ。

 少し照れくさそうに笑いながら一歩、俺に歩み寄ってくる。


「えと、リーダー……」

「無茶はするなよ。それだけは約束だ」

「……当然。リーダーに会えなくなるのは嫌っすから。せっかくトワも一緒に行ってくれるし……なんだかんだ、すぐに会えるっすよね」

「あぁ。俺達も必ず戻ってくるから」

「えへへ……」


 ペタリとアイネの耳が垂れる。

 そのままアイネは、俺の手を握ってきて――


「……こほんっ、ちょっと。なんか見つめ合うの長くないですか?」

「っ!?」


 さらにアイネが体をくっつけようとした瞬間、スイの声が俺達の体を弾かせた。

 すると、アーロンがニヤニヤと笑いながら体を前倒しにしてスイと視線を合わせる。


「あらスイちゃん。ダメよ? 今、アイネちゃんは乙女モードなんだから」

「乙女モードって……」


 小さくため息をつくスイ。


「へへ。あながち間違ってはないんすけどね?」

「え……?」


 と、そんな時だった。

 アイネが不意に、俺の腕にしがみついてくる。


「リーダーッ」


 そこからは、一瞬だった。

 頭の後ろに手をまわされ――


「っ――!?」


 唇を塞がれた。

 ぐっと後頭部を抑え込まれ、数秒硬直。

 その後、反動で弾け飛ぶようにアイネの頭が離れていく。


「は……は? うそ!? なんでっ!?」


 予想通りというべきか。

 スイが悲鳴のような声をあげてキョドリはじめる。


「お、おー……アイネちゃん、やるぅ……!」

「はぁ。やっぱりか。まぁ、そうなるよなぁ……」

「……アイネ、凄い」


 ぱちぱちと響く皆の拍手。

 そんな彼女達に向かって、アイネは、どこか誇らしげに笑っている。

 ただ一人――スイだけが瞳に渦巻を描いていた。


「ちょっ、ちょちょちょ――ちょおおおっ!?」

「んふふ。ウチが離れるからって油断しないほうがいいっすよ。ウチ、もう次のステージにいってるんでっ!」

「くっ……な、なんですかこれは……一体何がっ……どうなってっ……!」


 そう言いながら頭を抱え込むスイ。

 その姿を見ていると、なんかすごく悪いことをしたような気分になってくる。


「あ、あのさ。スイ――」

「大丈夫ですよっ!?」


 と、声をかけた瞬間、スイが大声をあげた。


「大丈夫……大丈夫なんですよ。別に、私が口を出すことじゃないですから。全然……全然っ! ぜんっ――ぜんっ!!」


 言葉と全く一致しない表情を見せるスイ。

 言うまでもなく、彼女は何かを言いたげだ。

 そんなスイにアイネがニヤリと笑って露骨に煽る。


「あれれれー? そうなんすか? ウチが一人占めしていいの?」

「ぐっ――! そ、それはっ――ど、どういうことかなっ!?」

「それは、どういうことっすかねー?」


 あははははは、と笑いあいながら見つめ合うスイとアイネ。


 ――やばい、この空気……マジで怖い……


 完全に目が笑っていない。

 誰がどう見ても修羅場というやつだろう。


「アイネ、一人占め、やだ。私も、お兄ちゃん、好き」


 そんな空気にも全く動じず、ユミフィが俺に抱き着いてきた。

 その直後、トワ俺の顔に向かって飛んでくる。


「そうだよっ! リーダー君は、ボクのものなんだから。つーか、ずるいよ! ほらほらリーダー君、ボクにも、はい。ちゅー!」

「いやふざけ――やめろって! 口の中に入る気かお前はっ!」

「うひゃっ! 変なところ触らないでってばー」


 頭から突進してくるトワは、俺の口元にキスじゃなくて頭突きをしにきているといっていい。

 その体を無理矢理つかんで押し返すが――そんな俺の対応すら遊ばれているようだ。


「ったく……アイネこそ油断するなよ。師匠から離れてて不利なのはお前なんだからな」

「にへへ、別にそれでもいいっすよ。ウチ、セナのことも好きだから。一緒に――ね?」

「う……いや、まぁオレもアイネのこと尊敬してるし……その……」

「うん、うん。分かってる。分かってるっすよ。だからほら……」

「アイネ……」


 そして、何の前触れもなくアイネとセナが手を握りあい、謎のお花畑を展開させている。


 ――なんかもう、めちゃくちゃだな……


 額に手を当て、思わずため息をついてしまう。

 すると、アイネがいきなり腕を引っ張ってきた。


「ね、リーダー。次会ったときは……もっと、もっと言わせてあげる。心から――私のことが大好きだって!」

「っ……」


 とくん、と心臓が鼓動する。

 とびっきりの笑顔を向け、アイネが背一杯の力で俺を抱きしめてきた。



「だからちょっとだけ……バイバイッ!」



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