384話 決意
「……どういうこと?」
最初に声を出すことができたのはスイだった。
それにつられるように、皆もはっとしたように息をのむ。
「ウチは……別にやることがあるっす。だから、皆には……リーダーにはついていけない」
そう言って俺を真っ直ぐ見つめてくるアイネ。
「アイネ……?」
うまく言葉が出てこない。
唐突に告げられたその言葉の衝撃が強すぎて、呆然としてしまう。
ただ、一つだけ分かるのは、アイネは別にネガティブな気持ちからそれを言っているわけではないということだ。
昨日みたいに、塞ぎこんでいるからついていけないとか、そういうわけではない。
はっきりと、明確な意思と目的をもって、アイネは俺達に別れを告げている。
「ちょっ――ちょっと、どういうこと? だって、私達――」
「仲間だから」
スイの言葉を遮って、アイネが力強く言った。
絶句するスイに向けて、アイネが再び口を開く。
「仲間だから……ウチは、一緒にいけない」
――皆は、アイネの声が変わったと言った。
そのことに、俺は気づいていなかった。
でも、この状況なら俺にだってさすがに分かる。
アイネの声は、明らかに変わっていた。
「……どうしたの? 別にやることって……なに……?」
おそるおそると言った感じできくスイ。
「特訓――とかっすね」
「特訓って! でも、そんなの今までも――」
「待ちなさい」
膝立ちになろうとするスイをアーロンが腕で制止した。
そのままアーロンは、無言でアイネに視線を送り言葉を促す。
「リーダーがウチを支えてくれて……こうやって、立ち直ることができて……本当に感謝してるっす……それで……その、今までの旅を振り返ってみたんすけど……そしたらウチ、強くなるために会いたい人を思い出したんす」
アイネがそんなことを言う相手に、俺は心当たりがない。
だがそれはアイネも分かっているようですぐに言葉を続けてくれた。
「クレス。覚えてるっすか? カミーラと一緒にいた獣人族の拳闘士」
「あ、あぁ……」
たしかケルピーの群れと戦っていたところで出会った、犬の獣人族の拳闘士だったか。
俺がカミーラと決着をつけていた間に、アイネが戦っていた相手だ。
「セナとアーロンさんは知らないと思うから言うんすけど、ウチ、同じぐらいの年齢で、同じ獣人族の拳闘士に負けちゃったんすよ」
二人に対してそう補足すると、アイネは、小さくため息をついた。
他方、アーロンとセナは、まるでその場を見ていたかのように深刻そうに眉をひそめている。
――それも当然か。今のアイネの顔を見れば、それがどれだけ悔しかったことは伝わってくる。
「あのクレスに……会いに行きたいんす。あの時、リーダーから託されて負けたことが……やっぱりどうしても許せなくて」
「アイネ……」
「ううん、負けたことが問題じゃない。それはリーダーの……皆の想いから、痛いほど伝わってくる。問題なのは――負けたまま、何もしないこと。ウチがあの技術を見て……体感して……それでそのまま、通り過ぎるのは違うかなって……」
――そういえば。
クレスの使っていたスキルは、少し特殊なものだったのを思い出す。
気功雷弾にサンダーブロウ――属性攻撃に乏しいはずの拳闘士が、明らかに風属性を付与して戦っていた。
その技術をもしアイネが身に着けたら――
「そ、それでどうするの……?」
「もちろん、クレスにリベンジしにいくっす。技術を盗みにいくんす」
「ルベルーンに行くつもりか?」
力強く頷くアイネ。
だが、スイが血相を変えてアイネを止める。
「バ、バカ言わないでっ! 私達、カミーラに――ルベルーンギルドに歯向かったんだよ!? アインベルさんも言ってたでしょ。カミーラの公務妨害で、私達は指名手配されてるかもしれないのにっ!」
「でも、トーラには連絡が来てないじゃないっすか。多分、カミーラがなんかしてるんじゃないっすか」
「そんな……はっきりとした根拠なんてないでしょう?」
そう問い詰めるスイをなだめるように、トワが声をあげる。
「……ボクもアイネちゃんの言う通りだと思うな。カミーラ、なんかプライド高そうな人だったじゃん」
「仮にそうだとしても、ルベルーンに一人で行くなんて無茶苦茶ですよっ! 獣人族への差別、見たでしょう?」
「それは――」
――そうだ。
獣人族は価値の無い奴隷。
俺達と一緒にいる時でも、そんな絡まれ方をされたのだ。一人だったらどんなことをされるか分からない。
そもそも、仮にその問題がクリアできたとして、クレスだけに会うことなんてできるのか。
――カミーラがどう出てくるか考えないと……
「差別? そんなこと、あるのか?」
と、セナが眉をひそめて声をあげる。
「獣人族は、純粋な人族に比べると魔力に乏しいから。魔法都市だと――というか、ちょっと大きなところに行ったら当り前のことよ」
「そうなのか……」
アーロンの言葉を聞いて、少し辛そうに俯くセナ。
「……差別があるからいくんすよ」
そんなセナに、語り掛けるようにアイネが口を開いた。
アイネの芯の通った声が、セナの顔をひっぱるように上げる。
「クレスは、あのルベルーンでカミーラの信頼を勝ち取ってた。そんな相手だから……ウチは、もう一度会って戦いたいんす」
そういった後、アイネは拳を前に動かして強く握りしめた。
一度、目を閉じて深呼吸し、アイネは力強く言葉を続ける。
「……皆が私を認めてくれたとしても……もう、リーダーに託されたのに負けるのは耐えられないっ! これは、私が自分を認めるために必要なことなんだっ!」
「アイネ……」
誰もが、はっきりとした声を出せなかった。
きいているだけで胸が締め付けられるぐらい、アイネの覚悟が伝わってくる。
「だから、ルベルーンで戦ってみたいっ! そうじゃなきゃ、私は前に進めないっ! だから……ここはついていけないっ。私、絶対皆に……リーダーに甘えちゃうから……」
そう言って歯を食いしばるアイネ。
『頑張ることと、努力することは同義ではない。』
アインベルが言った、その言葉が頭をよぎる。
そう――辛い道を進めば、必ずしも結果が出るわけではない。
それが正しい努力の方法でなければ、決して結果は出てこない。
アイネがルベルーンに向かうこと。
それが正しい道なのか。正しい努力の仕方なのか。
俺には全く分からない。
……でも、おそらく。
少なくともアイネは、それが正しい努力の方法だと信じているのだろう。
アイネの目は、昨日とは違う。
芯の通った、自信のある目だ。
「……分かったよ」
そんな目を見せられたら、俺は、もうアイネを止められない。
――いや、止めるべきではない。
だが、そうだとしても、仲間として冷静に意見を言うぐらいはしてもいいだろう。
「でもアイネを一人では行かせられない。カミーラがどうしてくるか分からないし、危険が大きすぎるからな」
「えっ……」
「トワ。アイネについていけるか」
「え、ボク?」
俺がそう言うことは、皆も予想していなかったのか、全員が怪訝な顔を見せてくる。
「ここからルベルーンは結構遠いだろ。どうせラグナクアには行ったことが無いんだ。だったらトワの能力を活かせるのはアイネについていくことだろ」
「で、でも……」
「リーダー君……」
なんともいえない表情で俺のことを見つめてくるアイネとトワ。
「……ていうのは建前かな。本当は、アイネと離れたくない。もちろん、トワともな」
「えっ……?」
俺の言葉に、トワがきょとんとした顔を見せてくる。
――照れているのだろうか。少しだけ顔が赤い。
「だから、別れる時間が最も短くなるように提案したんだけど。どうかな。ルベルーンで挑戦したいってアイネの気持ちと両立できないか」
これは正直な俺の気持ちだ。
気恥ずかしくはあるけど、照れている場合なんかじゃない。
実際、ルベルーンにアイネ一人だけで行くのは無謀だ。
「……どうって。そんなこと言われたら……うぅ、ずるいっすよ……」
「んー……ま、そうだね。これを機にアイネちゃんともっと仲良くなれそうな気もするし、ありかな?」
「ま、まぁ……そっすね……たしかに……」
そう言って視線を交わすアイネとトワ。
そんな二人を前に、スイがおもむろに口を開いた。
「無理はしてないんだよね」
こくりと頷くアイネ。
「……分かったよ。アイネのこと、信じる」
「それがアイネちゃんの決めたことなら、私からは何も言えないわ。でも……そうね。大人になったわね。アイネ」
「へへ……そう言ってもらえると嬉しいっす」
少しだけ照れたように微笑んで、耳をぴくりと動かすアイネ。
ユミフィとセナも、俺を見て一回、頷いた。
――決まりだな。
「よし。じゃあアイネとトワはルベルーンに。俺達はラグナクア砂漠にいってマドゼラを探そう」
俺の言葉に、皆は笑顔で――でも、少しだけ寂しそうな顔で頷いた。