382話 気まずい朝に
――翌日。
昨日、皆と話した後、俺は自分の部屋に戻って一人で過ごしていた。
トワはいつの間にかいなくなっていた。トワも皆と話し合っていたのだろうか。
ただ、俺が皆と話し合ったことは、なんとなく皆にも伝わっていたのだろう。
朝起きると、アーロンが部屋にやってきて自分の部屋に集まるように言われた。
おそらく、これからのことについて話し合いをするつもりなのだろう。
『ちゃんとアイネちゃんも連れてきてね。皆、まってるから』
その言葉どおり、俺の隣にはアイネがいる。
目の前にはアーロンの部屋につながる扉。
「う……」
扉の前にたつと、アイネがぺたりと耳を垂れさせた。
じっと立ち止まったまま動かない。
「どうした」
「ど、どうしたって……」
すがるように俺のことを見上げてくるアイネ。
「緊張してる?」
「う……」
どうやら図星らしい。
ぎゅっと唇を結んで扉を見つめるアイネ。
「ど、どんな顔して会えば……」
「普通にしてればいいんだって」
「そ、その普通がよくわからないんすよぉっ」
扉の向こうにいる皆にきこえないようにしているのだろうか。
コショコショと小声で話すアイネが妙に可愛らしい。
そんな彼女の頭を軽く撫でて俺はアイネと手をつなぐ。
「大丈夫だよ。一緒にいこう」
「…………」
アイネの顔が一気に赤くなった。
――昨日、キスまでしたのに今更な気がするが。
そういう顔をされると俺もめちゃくちゃ恥ずかしくなる。
「……ずるいっすよ。ばか」
「な、何がだよ」
とりえあず鈍感なふりをしてみたが、どうもこれはあっさりと見破られているらしい。
すねたような顔でしばらく俺のことを見つめるアイネ。
「んーん……ま、いきますか。すぅー……」
と、意を決したのかアイネがぎゅっと俺の手を握り返してきた。
そのまま俺の傍によると、大きく深呼吸をして――
「たしかにあの子たち遅いわねぇ。もう私が迎えに――あっ」
その瞬間、目の前の扉が開いた。
アーロンの目の前で、半ば俺の腕に抱き着くような体勢になっているアイネ。
そしてそんな俺達を見つめるアーロンと、後ろ側にいるお揃いの皆々様。
「…………」
「…………」
――気まずっ!
アーロンがニヤニヤしながら何回か頷いているのが居心地悪くて仕方ない。
「皆おはよう。あー……それで、今後のことなんだけど……」
とりあえず話題をそらしてみようかと、そんなことを言ってはみたが一気に集まる皆の視線で言葉が詰まる。
我ながら情けないこと極まりないが、咄嗟にアイネに助けを求めてしまった。
「…………どうしましょうか。アイネさん」
「は? えぇっ!? なんすかそれっ!!」
「いえ、その……アイネさんのご意向をお伺いしてですね、私がそれを伝えるという方向で……」
「いやいや、伝えるもなにも皆ここにいるし――じゃなくて! えーっ!?」
アイネが俺の胸をつかんで、ぐらぐらと前後に揺らしてくる。
「このタイミングは無茶ぶりじゃないっすか!? つーかなんすかそれ! さっきまで、なんかすごいかっこよかったのにっ!」
「お役に立てず申し訳ありません……」
「何すかそのキャラ! 意味わかんないっすよ!? ウチ、結構ときめいちゃったんすから、もうちょっと頑張ってほしいっす! 普通にいけば大丈夫なんでしょ!? リーダー全然普通じゃないじゃないっすかー!」
「そ、そう言われても……」
「うっ、うっー!! リーダーのばかっ! ばかばかっ! ウチの恋心返せー! やっぱなしっ! 返さなくていいっ! ちゃんと貰えっ! うわー-んっ!!」
ぽかぽかと俺の胸を殴ってくるアイネ。
まぁ――仕方ないか。たしかに今のは俺が悪かった。クズすぎた。
それはそうとして、そんなに可愛く殴ってくる姿を皆に見せる方が恥ずかしいと思うのだがそれはどうなんだろう。
「……あははっ」
ふと、小さな笑い声が不意に聞こえてきた。
はっとしたようにアイネが俺から手を離す。
それを見計らったように、スイが前に出てきた。
「アイネ……変わった?」
「え?」
「さすが師匠……ていうべきなのかな、多分。アイネも強いと思うけど」
「ん……? なんのことっすか?」
セナにはスイの言っていることが通じているようだが俺とアイネには何のことだかさっぱりだ。
すると、スイがくすりと笑って言葉を続ける。
「ふふ。なんていうのかな。アイネ、声が変わった」
「え……?」
きょとんとした顔を見せるアイネ。
そんな彼女に、ユミフィが飄々とした様子で話しかける。
「お兄ちゃんと同じ。……ふっきれた?」
「ぁ……」
それをきいてアイネは、ふと俯いた。
そういえば――アイネも俺にむかって同じことを言っていた。
自分ではよく分からないが、人にはよくわかるものなのか。
だとすれば、俺のしたことはアイネの役に立てたのだろう。
それを改めて実感するのは、照れくさいけど悪くない。
「アハハ、これはね、黒だね」
と、いつのまにか俺の目の前に飛んできたトワがくすりと笑う。
そんなトワに向かって、アイネが怪訝に首を傾げた。
「黒?」
「うん。アイネちゃん、リーダー君と『進んじゃった』でしょ」
「っ!?」
そうきかれて、アイネがバッと俺の方を見る。
――え、俺?
アイネの顔の動きに合わせて皆の視線も俺に集まる。
その時に感じた感覚を俺は久しく忘れていた。
例えばそう――就活で多数の面接官から一気に視線を向けられた時のような――
「……え、そうなの? アイネ?」
何も答えない――というか、答えられない俺を見て察したのか、スイがアイネに問いかける。
だがアイネは、何を思ったのか俺の背中に回って一言だけ、小さく呟いた。
「……黙秘」
「ちょっ――!?」
そんな答えは肯定しているのと同義だ。
冷静になればそんなことは簡単に分かるのだが――
いざ、当事者になってみると全く頭がまわらない。
「へー、甲斐性見せつけてくれるね、師匠」
「そ、そういうんじゃ……」
「お兄ちゃん、アイネと、何した? 私、それ、されてない?」
寂しそうにじっと見上げてくるユミフィの視線が痛い。
他方で、スイは色々と混乱しているようで、ぐるぐると視線が泳いでいる。
「ちょっ――え……なに、どゆこと……どこまで、何を……え、え……?」
「スイちゃんもわかってるでしょー。そりゃあもう、ほにゃららな……」
「ほ、ほにゃらら……?」
「そうそうそう。例えば――」
「はいはい、そこでストップよ! 乙女の情事には首をつっこまないのが鉄則よ」
「じょっ――!? じょじょじょ、じょーっ!!」
……どっかできいたことのあるような、ないような驚き方をするスイ。
その横で、セナがずっとニヤニヤと笑っている。
「アイネちゃんっ! もぅっ、ちゃんと食べてた? なんか痩せてない?」
「にゃはは……ま、ダイエットみたいなもんすよ」
「もうっ! 過度なダイエットは身を滅ぼすわよっ!」
「はは……」
アーロンとスイ達を交互に見ながら気まずそうに笑うアイネ。
そんな彼女を見て、アーロンが満足そうにほほ笑んだ。
「それに……皆も。少し落ち着いてきたみたいね。うん、これなら大丈夫そうね」
――落ち着いているのか? これが?
色々とつっこみたい気持ちもするが――まぁ、そういうことでないのは分かる。
と、アーロンがパンと手を叩いて皆の注意を集めてきた。
「さてさて。ちょっといいかしら。貴方達――ラグナクアに行ってみる気はない?」
「ラグナクアですか……」
その言葉に、スイが怪訝な表情を見せる。
どうやら、皆も事前にアーロンから話しをきかされているわけではないらしい。
「とりあえず中で話しましょ。これからのことについてね」
相変わらず、なんとも禍々しい笑顔を見せながら。
アーロンは自分の部屋の中へと進んでいった。