381話 アイネと一緒に―― ★
……初めて。
初めて、重ねた女の子の唇は。
緊張だらけで強張っていて。裏側の歯が突き刺さるような感じで。
多分、それは俺も同じで。
はっきりいって、お互い、キスが下手なんだろう。
だから全然気持ちよくなんかなかった。
でも――すごく、心地いい。
もっと、ずっと、こうしていたい。
「あっ、んぅっ……」
だんだんと力が抜けてくる。
体を支える腕が震え続ける。
僅かにこぼれるアイネの吐息。
「んっ……んむっ……リー……んっ……」
背中にアイネの腕が回った。
ぎゅっと、アイネに抱き寄せられる。
「んんっ……んあっ! はーっ……の、のしかかっていいよ……?」
「そ、そうか?」
「うん……そっちの方が嬉し――んっ!?」
と、次の瞬間。
いきなり俺は、アイネに突き飛ばされた。
「うわっ!?」
一瞬、拒絶されたのかと驚く。
だが、すぐにそうじゃないことに気づいた。
「むっ……うぅ!? やばっ! うわ、うわわっ!?」
顔の中心を抑えて、アイネがあわただしく足を動かす。
立ち上がろうとして、尻もちをついて――そんなことを二、三度繰り返しているアイネ。
――何してるんだ……?
「血……! 血がっ! 鼻血がああっ!!」
「は? 嘘だろ!? ……うおっ!?」
だが、手から赤い雫をこぼすアイネを見て、ようやく俺は原因に気がついた。
――いくらなんでも古典的すぎねぇ!?
「や、やばっ! え? なんで……あわ、あわわわわ……」
「落ち着けって。暴れるな、な?」
「う、うええっ! どうしよ、垂れて……ティッシュ! ティッシュティッシュ……んむぐっ!?」
「待ってろ! 今とってくるからっ! じっとしてろ。あまり頭を振るなって!」
アイネの頭を軽くなでて、落ち着かせる。
さっきまでのいい感じの雰囲気は露と消え、涙目になったアイネが申し訳なさそうに俺のことを見つめてきた。
「……ご、ごめん……なさい……」
「いいから。ほら――」
「んにっ……」
とりあえずとってきたティッシュをアイネの鼻に突っ込む。
唇付近の血をふいて、アイネの手もふいて――
そんなことをしていると、アイネがだらりと頬を緩ませる。
「……へへ」
ぼーっとしたような顔で俺のことを見つめてくるアイネ。
なんというか――みているこっちの方が恥ずかしくなるような顔だ。
とりあえず、若干乾いた血をふきとるのに苦戦しているふりでもしておくか。
「ね、ねぇ……嘘……じゃないっすよね?」
「ん……」
くいくいと俺の腕をつついてくるアイネ。
「その……ウチのこと……」
「まだ疑ってるのか?」
「……ううん」
そう言って、複雑そうに微笑むアイネ。
「不思議だな……悲しいのと、悔しいのと……でも、嬉しくて……」
頭を俺の肩に乗せてくる。
眠るようにすっと目を閉じて、ささやくように言葉を続けた。
「……ありがと。私の……ほんとの部分も受け入れてくれて……」
「お互い様だ」
「……うん、うん……そっすよね!」
何度か頷いた後に頭を離すアイネ。
その声は、いつもきいてきた天真爛漫なものに戻っていた。
――少しは、ふっきれてくれたかな……
「えへへ……やっぱリーダーは凄いっすね。話せてよかったっす……」
にこにこと笑うアイネ。
そんな彼女を見ていて安心はしたものの――ふと、今更ながら疑問がわいてきた。
「……なぁ、その言葉遣いって……」
「へ? ……あ、あはは……やっぱり下手っすよね」
俺の指摘を受けると、アイネが恥ずかしそうに苦笑いを浮かべる。
「下手とかそういうわけじゃないけど……えと、素の喋り方じゃないんだよな?」
「ま、まぁ……はは、そ、そうだけど……でも、こう喋ってる方が元気でる気がするんすよね……そういう意味じゃどっちが素か分かんないっす……」
まぁ、たしかに。
アイネがその言葉遣いじゃなくなるのは、余裕がない時だ。
「でも、なんでその喋り方になったんだ? スイと一緒に勉強とかしなかったのか?」
「うーん……才能っすかね?」
「はは。まぁ、そうかもな」
「えーっ、そこは否定してほしかったっすよー」
そう言いながら、明るく笑うアイネ。
そして、思い出したように立ち上がると部屋の隅に置いてある本棚の方に歩き出した。
何のつもりかと見つめていると、アイネが一つの本を取り出して戻ってきた。
「その……ほら、これ。ウチの母ちゃんが書いた日記。これ読んでて……そう喋った方がいいのかなって思ったんすよ」
そう言いながら本を開いて俺に見せてくるアイネ。
だが――
「……いやごめん。読めない」
「あ、そ、そうだった! えっと……」
ピンと耳を立てて恥ずかしそうに本を閉じるアイネ。
そのまま、それを抱きしめて、言葉を続ける。
「ウチの母ちゃんって……その、父ちゃんの後輩だったみたいで……父ちゃんによく、こうやって話してたみたいなんすよ。ウチ、母ちゃんのことは全然覚えてないけど……でも、父ちゃんに本当に愛されてたみたいだから……」
「そうだったのか……」
たしかアイラという人だっけ。
それならそれで大事にした方がいいだろう。
――ちゃんと、お母さんから貰ってるんだな……
それが微妙な言葉遣いでも、なんでも。
そうやって話すアイネは可愛いし、見ている俺も明るくなれる。
「いやっ、あの! そ、そういう意味じゃないっすよ!? べ、別にウチとリーダーがそういう――」
「?」
と、急にアイネが慌てだし始めた。
さすがにそれは意味が分からなかったので首を傾げる。
すると、アイネは唇を尖らせて不満をアピールしてくる。
「……ずるいっすよ、リーダー。なんでそんなに余裕あるんすか」
「別にそういうわけじゃないけど……」
「ま、いいっすけど……はぁーあ……ま、先のことっすもんね……」
「どういうことだ?」
ため息をつくアイネに問いかけてみるものの、彼女は何も答えない。
俺なりに彼女の意図を探ってみるが――そんな時だった。
「ね、リーダー……んっ!」
急に、アイネの顔が目の前に来た。
唇が塞がれる。
首のまわりをアイネの腕に囲まれて。
後頭部に回った手が、さらに強く唇の感触を強めていく。
「んっ、く……あむっ……へへっ」
顔を離したアイネの顔は、とても大人びていて――
完全に虚をつかれて呆けていると、アイネが笑いだす。
「……にゃははっ、なんすかそのきょどった顔!」
「ほ、ほっとけ……」
今回は俺が主導権を握っていたはずなのだが……
結局、俺はヘタレだということか。
「リーダー……大好きっ! どんな時でも……ウチは、リーダーを想ってるよっ!!」
――でも、まぁ。
この笑顔がみれるなら、ヘタレで居続けるのも悪くはないかもしれない。
そんなことを思いながら、俺はもう一度アイネを抱きしめた。
アイネと『最後』まで行きたい方は――
ミッドナイトノベルの更新をチェックしてくれると嬉しいです><