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380話 息を止めて――

「――え?」


 アイネが間の抜けた顔をする。

 思考力を奪われ、人形にでもなってしまったのかと思うほどに。


「俺はアイネが好きだよ。だから支えたい。アイネだって、俺の汚い過去を知ってもそう思ってくれたんじゃないのか」


 そんなアイネの目をじっと見つめていると、アイネは、はっと身を震わせる。


「えっ……え、ちょっ――ちょっと待って」


 ごしごしと目を袖で擦り、軽く自分の頭を叩くアイネ。

 

「あ、あの……リーダー? えと……あの、こほん。え……その。好きって、どういうこと……?」

「どうって。アイネと同じ好きだよ」

「え……いや……え? え?」


 ぐるぐると視線を泳がしたと思いきや一点を見つめて固まりだすアイネ。

 そんなことを何度か繰り返すと、アイネは大げさに咳払いをしはじめた。


「えっと……えっとっすね? わ、私の……コホンコホンッ。えと、ウチの好きって……その、あの……リーダーが、その……あのあの……」


 顔を赤くさせながら慌てだす彼女の姿は、申し訳ないがコミカルで少し面白い。

 だがまぁ、笑っちゃいけない空気なのは分かるのでなんとか我慢する。

 体をもじもじとさせながらアイネが続きを言ってくる。


「その……私はリーダーのこと……えっと……異性として好きって意味で……その、言ったんすけど……?」

「だから、俺もだよ」

「っ――!?」


 ぼふっ、という効果音が聞こえてきたような気がした。

 呆けた顔で遠いところを見つめるアイネ。

 だが、すぐにアイネは、自分の頬を叩いて俺にといかけてきた。


「……嘘、だよね……? え、なんで……?」

「嘘じゃないよ」

「嘘――嘘だよ。あっ、ウチがこんな状況だから、気遣って……?」

「そんな最低なこと、俺がすると本気で思ってるのか」

「うっ……えぅ……」


 アイネが涙目になる。

 少し意地悪だったろうか。

 それはそれで――もうちょっと、押したくなる。


「アイネと会えなくなってから、アイネとずっと会いたくて。本当にそう思ったんだ。俺はアイネが好きだ」

「いっ……う、あ……違っ、うへへ……じゃなくてぇっ!? へへ……うあああああああっ!!」


 裏返った声をあげてアイネが立ち上がろうとする。

 でも足に力が入っていない。

 すぐにアイネは尻もちをついた。

 俺から逃げるように、そのまま体を後ろに滑らせる。


「ちょっ――ちょっとまって! か、感情がついていかなくて……あれ、あれれ? えへっ……えぐっ……えへへ……ひぐっ……うえぇっ……」


 笑ったり、嗚咽したり。

 ニヤニヤしたり、涙を流したり。

 アイネの顔は、今とんでもなく忙しいことになっている。


「分かってるって。待ってるよ」

「う、うん……えっと……すーっ、はーっ……」


 何度か深呼吸をするアイネ。

 三回ぐらい繰り返して沈黙を挟む。

 十秒ほど、アイネは全く動かずに、どこか一点を見続けていた。


「落ち着いたか?」

「分かんないけど……多分、大丈夫、かも……?」


 俺のといかけに、ゆっくりとアイネが視線を戻す。

 そのまま、気まずそうに苦笑い。


「ね、ねぇ……あのさ? 私……素はこんなん、だよ……?」

「こんなんって?」

「だから……その……先輩みたいに丁寧な言葉、うまく使えないし……」

「ははは、なんだそれ。スイだってそこまでかっちりしてないだろ」


 何を今更、と笑い飛ばす。

 でも、アイネの気持ちもわかる。


「それに……リーダーの言う通り。ずっと……ずっと先輩に嫉妬してた……そんな自分を見ないふりして……」

「でも、スイのことが好きなのも本当、だろ。」

「そ、そうだけど……」


 自分に向けられた好意を受け止めるのは、少し怖い。

 相手にふさわしいと心の底から思えていないと、単純には喜べない。


「でも、ほら……私、裏でこんなこと考えてて……本当は私、根暗なのかなって……」

「俺もそういうところあるぞ。お似合いだと思わないか」

「うっ――!?」


 アイネが逃げるように髪をいじりだす。


「で、でも私……先輩に憧れて……でも、どこかで差別化したくて……髪とか、こんなふうに……結んでみて……こ、こんなことしても私は……」

「可愛いしいいと思うけどな」

「うぐっ――だから、そうじゃなくて! えと、えとえと……私、じゃなくてウチ……あわわ……」

「ん?」


 痙攣でもしているのかと思うほどアイネの体は震えている。


「わ、私……嫉妬なんかして……それでも先輩と一緒にいたいし……リーダーにも嫌われたくない……こんな、強欲なのに……」

「強欲なのか? それ」

「そ、そうだよ……」

「じゃあアイネにも、スイにも好かれたい俺も強欲だな。お似合いだ」

「っ――あぁああああっ! もうっ、もうっ!! な、なにこれ! は、はずか――!! はずかしー----っ!!! やばいっす!!!」


 少し意地悪しすぎただろうか。

 アイネが顔を両手で覆って頭を床にうちつける。

 アイネには悪いが、その姿はちょっぴり面白い。


「……本気、なの……? 本当にそう思ってくれてるの……?」


 おそるおそる顔をあげるアイネ。


「あの……その……本当に好きなの? 私のこと……」

「あぁ」

「その、女の子として……?」

「いつまで疑ってるんだよ。悲しくなるぞ」


 俺がそう言うと、アイネがすねたような顔を見せる。


「……やっぱり信じられないよ」

「アイネ……?」


 少し不機嫌そうなアイネの表情。

 だが、それは――


「だって……リーダー、何もしないじゃん。言葉と行動が一致してない」

「え?」

「男の子って……好きな女の子の部屋にきても、何もしないの?」


 明らかに作ったものと分かるものだった。

 その意図を探っていると、アイネが小さくため息をつく。


「私はしたよ……リーダーに好きって伝えた、あの時……」


 ――なるほど。


 それが原因で伝わらないなら――やるしかない。



「でもリーダーは何もしな――ひえっ!?」



 アイネの肩を両手で掴む。

 そのまま、アイネの体をぐっと後ろへ。


「こうしなきゃわかってくれないんだろ」

「えっ――あの、あのあの……その……ほ、ほんとに……?」


 文字通り、アイネを押し倒す。

 抵抗はされなかった。

 アイネは、顔を真っ赤にさせてきょろきょろしているだけだ。


「嫌?」

「い……あ、う……えぇ……? うああ……」


 変に高い声しかあげないアイネ。

 胸にあった手が、だんだんと下がっていく。


「嫌だったら、逃げてくれ」

「うっ、あっ……? うっ……」


 小刻みに震え続けるアイネ。

 大きく息を吸い込んで目を閉じる。

 そのまま顎をわずかに上げて、床に突き付けている俺の腕を触る。


「わ……わかった……から……」


 震えたアイネの声で我に返る。

 とてつもなく今更だが――こんなことをしてしまっている恐怖がわく。


 ――でも、別に嫌なんかじゃない。


 むしろ――


「いいんだな?」


 問いかけるのは野暮だと分かっている。

 だからこれは、俺の甘えだ。

 でも、アイネは小さく頷いてくれた。

 ぎゅっと目を結んで――動かない。



「んっ――」


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