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37話 完全無詠唱

「い、いや待ってくだ……待ってくれ、いきなりそんなことできるわけないだろ……」


 待ってください、と言いかけた瞬間にアイネが軽く俺を睨んできたので言葉づかいをなおす。

 アインベルの前でタメ口になるのは物凄く気がひけたが……


「いきなりって、ウチにヒールかけた時だっていきなりだったじゃないっすか。ほら」


 アイネが力強く頼み込むおかげでそれはごまかせているようだった。

 しかし、それはそれで逆の意味で気が引ける


「……やってみてください。もう一度」


 スイが追い打ちをかけるように、こくりと頷く。

 その瞳の色から強い期待が伝わってきた。

 スイとアイネの様子からただの冗談ではないことはアインベルにも伝わっているのだろう。

 アインベルも表情をこわばらせこちらをじっと見つめている。



 ──これで出来なかったらやばい空気になりませんか?



 体中に重りを乗せられたかのような感覚を覚える。

 こういうプレッシャーに俺は慣れていない。

 しかし逃げることはこの状況が許してくれそうにない。



 ──仕方ない、もう一度だけやってみよう。



 アクアボルトが発動した時やアイネの傷を癒した時のことを思い出す。

 確か魔法のエフェクトをイメージしたら発動したはずだ。


 ……しかし、周囲には相当数の怪我人が居る。

 このような多人数にちまちまヒールをかけていくというのはどうなのだろう。

 そこで俺は別の魔法のエフェクトをイメージすることにした。


 ――ヒールウィンド。


 自分を中心とした一定の範囲にいる者の体力を回復させる修道士の魔法だ。

 ヒールより回復量は落ちるがパーティプレイの時はむしろこっちがメインの回復魔法となっていた。

 エフェクトは自分の足元から円を描くようにエメラルドグリーンの光が周囲に拡散し、その光が風とともに空中へと舞い上がるというもの。そして、その範囲内にいた者達の体の足元から同じ色の光が筒のように湧き上がり回復量を数字で示す……なんてものだった。


 それをイメージしていると、体の中で何かが動き、それが固まっていく感覚が湧く。



 ──この感覚は感じたことがある。アクアボルトを使った時と同じような……



 俺はそれ固まった何かを体外に放出するように手をすっと前に出した。


「なっ、なんだこれはっ!?」


 その直後、アインベルの声が響く。

 どうやら俺の足元を見ているらしい。

 何事かと思い、俺はアインベルの視線の先を追っていった。

 するとすぐにその原因が分かった。いつの間にか俺の足元から魔法陣が出現していたのだ。


「おぉっ! なにこれ、ヒールとはちがう魔法っすか?」

「範囲回復魔法……? しかも、やはり……」


 アイネとスイが驚きの声をあげる中、その魔法陣は俺を中心点として急激なスピードで巨大化していく。

 そしてギルドの受付広間全体の床に緑の魔法陣の紋様が刻まれた瞬間、俺の足元からエメラルドグリーンの光が拡散していく。


 後はイメージ通りだった。その光が傷を負った冒険者達に届くと、その冒険者の足元から同じ色の光が筒のように湧き出てその体を覆う。

 そして数秒間程の間、光の粒子が螺旋を描くように冒険者達の体の周囲を舞う。

 それが消えると、魔法陣も消滅。いつも通りの受付広間へと光景が戻る。


 十秒程の間、誰も動かなかった。喋らなかった。


 

「お前、何をした……?」



 その沈黙をアインベルが破る。

 目をかっと見開くその表情は恐怖に近い色をしている。


「え……あの、ヒールウィ……」

「まさかお前、完全無詠唱が使えるのか!」

「……え?」


 一気に声を荒げ俺の肩をぐっとつかむ。

 思わず、体がびくりと震えてしまった。

 と、スイがそんな俺を落ち着かせるように穏やかな声色で話し始める。


「アイネの傷を治した時もそうでしたよね。貴方は魔法を使う時、呪文どころか魔法名すら言葉にしていない。『完全無詠唱』です」

「完全? なにがど……」


 完全無詠唱、なんて単語は聞いたことがない。

 だからこそ、俺は適切な返答が思いつかずどもることしかできなかった。


 一応、無詠唱という言葉は分かる。

 ゲームでは特定のスキルを使う時、詠唱やチャージという準備時間が必要になる場合がある。

 特に魔法では詠唱と呼ばれる準備時間が発動までほぼ全て要求されていた。その分、魔法には発動した時の威力や攻撃範囲が高いのだが。

 その準備時間はゲームではゲージという形で描写されていた。スキルを使うと空欄のゲージがキャラクターの頭上に表示され、そのゲージの左端から徐々に色が塗られていき、ゲージ全体が塗りつぶされると魔法が発動するというものだ。


 俺がゲームで魔法職と呼ばれるクラスを操っていた時には無詠唱になるように装備やステータスを整えていた。

 レベルが上がり装備を整えてきた他クラスと火力で張り合うためにはそのぐらいは必要だったのだ。

 その上でどれだけスキル使用後の硬直時間をカットするか。それがレベルをカンストさせた魔法職を使う上での工夫の見せどころだった。


「おいっ、今のお前さんが使ったのか?」

「えっ、あっ……」


 と、いきなり背後から誰かに肩を抱かれ俺は我に返る。


 ──な、何が起きた!?


 唐突な刺激に俺は意識を失いかけたような感覚を覚える。


「やべぇ! やべぇよ! なんか傷が完全に治ってるんだけどっ! 薬草いらず……ていうか、ポーションいらずじゃねえかっ!」


 どうやらヒールウィンドで回復した冒険者達がこちらに駆け寄ってきていたらしい。

 十人程の屈強な男達に囲まれ俺は体が縮み上がる。


「なんだ新入り! お前、やべぇじゃんっ!」

「すげぇぞっ! なんで今まで隠してたんだよっ!!」


 歓声を上げながら俺の身体に触れてくる男達。

 あっというまに俺の身体は男達の群れの中心に流されていく。

 このまま胴上げでもされそうな勢いだ。


「さすが、スイとアイネ侍らせてるだけあんな、おいっ!」

「「ちょっ!?」」


 男達の姿の向こう側からスイとアイネが妙な声を上げているのが分かる。

 しかし、そんなことにかまっている余裕はなかった。

 視界が男達の筋肉と毛でうまっていく。


 ──なんという嬉しくないハーレムだっ!


「待てぇい!」


 そんな状況にしびれを切らしたのかアインベルの声が響く。

 まさに鶴の一声だった。スイッチを切られたかのように男達の動きが止まる。


「聞きたいことは山ほどあるが……回復魔法が使えるならば、ぜひ頼みたいことがある」


 男をかきわけアインベルが俺の前に移動してきた。

 その真摯な表情に、俺は思わず身構えてしまう。


「こっちに来てくれないか」


 言葉とは裏腹に異議を許さないと言わんばかりの威圧感を放つアインベル。

 そんな彼に対し俺は頷くことしかできなかった。


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