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378話 アイネの闇

 それは、あまりにも痛々しいものだった。

 やる気に満ちた声なんかじゃない。まるで誰かに脅されて、言わされたような声。

 荒い息と震えた肩を見るだけで、胸が痛む。


「……辛いことに耐えたって、結果が出るわけじゃないぞ」


 ふと、気づけば俺は、自然とそんなことを口走っていた。

 アイネがきょとんとした顔で俺の顔を見上げてくる。


「えっ……?」

「『努力は、適した量で、正しい方法で行わなければ意味がない』」


 頭をよぎったのはアインベルの言葉だった。

 それをそのまま口に出して、俺はアイネの肩に手をかける。


「さっき、どうしていいか分からないって言ってたな。なら、まずはそのことを認めることからはじめてみないか」

「どういうこと……?」


 すがるようなアイネの視線。

 思わず顔を反らしたくなるほど、距離が近い。

 でも、敢えて俺はアイネの目を見つめ続ける。


「辛いことに耐えることは、努力することとイコールじゃない。本当に強くなりたいなら、目先の辛いことに――努力っぽいものにすがっても無意味だ。正しい努力の仕方を探求しないと」

「正しい努力……」


 どこか呆然とした表情で言葉を反芻するアイネ。

 アインベルは、あの話しをアイネにしていなかったのだろうか。


「……アイネ。前にも話したよな。俺のもといた世界のこと。覚えてるか?」


 一息おいて、俺はアイネの肩から手を離した。

 座りなおしてゆっくりと言葉を続ける。


「前いた世界で――俺は結果を出せなくて。結局、周りの人から怒られて、呆れられて、見放された……それが俺だ。俺の正体だ」

「そんな……でも、そんなのっ――」


 アイネがピンと耳をはねさせる。

 何を言いたいかは分かる。アイネは、卑屈な俺の言葉を否定したいのだろう。

 でも、俺が言いたいのはそういうことじゃない。


「覚えてるか。その俺にアイネはこう言ったんだ。『運が悪かったんすよ』ってな」


 それは、すぐにアイネも分かってくれたようだった。

 声に込めた力を感じ取ってくれたのかもしれない。


「あの時の言葉……もう一度、向き合ってみようと思う。そう、『運が悪かった』んだ。俺は。運が悪かったから俺は逃げるしかなかった」


 本当は、そう思いきることなんてできていない。

 俺は逃げていた。人のせいにするなんて、無責任で、怠惰で、許されない。

 そんな罪悪感は俺の中で消えていない。


「……そう思うよ。だって、リーダーは……優しくて……今だって、こんなに強い……」


 もしかしたら、それをアイネは見破っていたのかもしれない。

 でも――違う。今重要なのは、そんな俺の内心なんかじゃない。


「そうだな。それを教えてくれたのはアイネだ」


 俺が今、アイネに伝えたいことは、そんなことじゃない。

 アイネから言葉を貰うんじゃなくて――俺がアイネに与えるんだ。


「アイネにもらったその言葉、今度は俺がアイネに返してやる。いいか――『運が悪かった』んだよ。今回のことは」

「は……?」


 気の抜けたアイネの声。

 でも、俺は本当にそう思ってほしかった。

 アイネに自分を責めて欲しくなかった。

 アイネにはもっと、自分を肯定してほしかった。


「アイネのせいじゃない。『運』だ。こんなことになったのは……『運』のせいなんだ」

「は……はは、なにそれ……そんなわけ……だって、先輩はちゃんと勝って……」

「スイと比較するな。意味ないよ、それ」

「そんなこと……いったって……」


 しゅん、とアイネの耳が垂れる。

 ――分かっている。人にそう言われたぐらいで簡単に割り切れるぐらいなら最初から悩むはずがない。

 でも、アインベルは言っていた。



『どんな結果であっても、最後に受けてもらえる者がいる――そんな安心感――それさえあれば、少なくとも自分で立ち上がる気は起きる』



「アイネが頑張ってること、分かるよ。こんなに辛い状況で、ここまで自分を追い込める人なんてそうそういない。俺は、スイよりアイネが頑張ってないとは思えない」


 これはアイネを気遣っているわけではない。俺の本心だ。

 その証拠に――


「それなのにアイネはスイより弱い。こんなのおかしいだろ」


 その残酷な事実も、敢えて俺は明確に告げた。

 アイネの瞳が潤みだす。


「っ……お、おかしく……ない……先輩は、私より……ど、努力して……してるからっ……」

「違う。アイネは――アイネは頑張っている。そこに優劣なんてない。少なくとも――」


 力のこもったアイネの拳に手を重ねる。

 握られた力が少しずつ弱くなっていく。

 そんなアイネの指を一本ずつ開いていった。


「俺は、アイネを認めたい。アイネは頑張ってきたんだって。その過程を認めたいんだ」

「リー……ダー……」


 アイネの手が開かれた時、今度はアイネから手を重ねてきた。


「でも……じゃあ、なんで……なんで私は先輩みたいになれないの……!?」


 すがるように俺の手を握りしめ、アイネが訴える。


「なんで私は、先輩みたいに強くなれないのっ!! 私も――私も頑張ったのにっ! なんで先輩だけがあんなに強くなれるの?? なんで私は負けちゃったの!! なんでっ!!!!」


 ……辛かった。

 アイネの――その部分を見るのは。

 でも、俺は見なければならない。

 彼女の――奥にある感情を。


「小さいころから……父ちゃんと一緒に先輩と同じ特訓してきたんだよっ!! 先輩と同じぐらい頑張ったよ!? なんでっ? なんで私だけ強くなれなかったの!? なんでこんなに差があるの!?」


 ボロボロと涙を流してアイネが訴える。

 いつも天真爛漫な笑顔を見せていたスイの後輩。


「なんでよっ! 私には分からないっ!! 頑張ったのに!! 頑張ったのに――頑張ったのに!!!! それでもなんで、先輩みたいになれないのっ!?? 先輩だったら、父ちゃんを助けられたのにっ!!! なんで私には、そんな力がないのっ!! なんで、どうして……どうしてっ!!」



 ――でも、それには裏があった。




「才能だよ」

「えっ――」


 一言、俺が言うとアイネがはっと息をのむ。


「……気づいているんだろ。アイネよりスイの方が才能に恵まれてるって」

「…………」


 目をぬぐっても。口を塞いでも。

 何をしてもアイネの頬に伝う雫は止まらない。


「強さの差を才能とか、運のせいにするのは言い訳になる。だから、アイネは絶対にそんなことを言わなかった。でも――本当は、そう思ってたんじゃないか?」

「っ――やめてっ!」


 聞いたことの無いアイネの声。

 張り裂けるような、聞いているだけで俺まで泣きたくなるような辛そうな声。


「やめてっ! やめてよっ!! 私は――私は、見られたくないっ!」

「アイネ、お前はスイに……」

「やだっ!!!」


 耳を塞いで頭を左右に振り回すアイネ。


「そんなとこ……私の汚いとこ……リーダーにはっ……リーダーにだけは見られたくないっ!」

「アイネ――」

「やだっ――やめてぇええええっ!!」


 叫び続けるアイネ。

 トーラに戻ってきて、ラーガルフリョウトルムリンを焼き尽くした時――アインベルが食われた時も、アイネはこの声をあげていた。

 耳を塞ぎたくなるような、胸を刺すような悲痛な叫び声。



 ――今度は、受け止めなければ。



「アイネ……お前は……」


 苦しむアイネの姿から目を反らさずに。

 アイネがこれ以上苦しまないように。

 俺は、覚悟を決めてその言葉を言う。



「今までずっと――スイに嫉妬してたんだな」

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